26 嫌みの渦 【26-2】

【26-2】

外は、どうも雨模様になっている気がする。

カーテンの向こうから、雨音だけが耳に届くから……



『三村栄吾』



その日、仕事を終えて部屋へ戻っても、この名前が何度も頭の中に出てきた。

でも、名前と和歌山という土地名だけで、本人の活動や作品を探し出すのは無理だろう。


何か、賞でも取ってくれていれば、探し出すことも出来るのに……


「ん? どうしたの」

「ちょっと……」


まどろんでいたベッドから抜け出し、私はノートパソコンを立ち上げた。

絶対という自信はないけれど、確か以前、伯父から聞いたことがある。

路線バスの停留所、それからお年寄りが集う集会所のベンチなど、

それを数名の地元デザイナーが、地元の林業の宣伝を兼ねて作り、

あちこちに設置したという話。


そう、『ベンチャーベンチ』を思い出した。


「どうしたの急に。何か仕事?」

「ううん、違うの。ちょっと思い出したことがあって」


何も着ないままでは妙なので、脱ぎ捨てた洋服を身につけ、

立ち上がったパソコンの前に座る。

三村さんは、ベッドの中から、うつぶせのままこちらを見た。


「以前、伯父に聞いたことがあるの。地元にゆかりのある人たちが、
和歌山の林業をアピールしようって、役所とか、駅とか、バス停とか、
人が集まるところに、デザインベンチを設置した話」

「デザインベンチ」

「そう。三村さんの先生、三村栄吾さんが、
そのイベントに参加していないかなと思って」

「先生が?」

「そう。林業をしていると、必ず伐採される木があるでしょ。
そういった限られた資源を生かして、地元のアピールにって……」


和歌山に育って、山や海や空が大好きな人なら、

地元を盛り上げようとするこういったイベントに、参加していないだろうか。

伯母は、私にも参加しないかと持ちかけてくれたっけ。


「へぇ……長峰さん、参加すればよかったのに」

「出来るわけないです。『DOデザイン』に入社して2年目でしたから。
勢いで仕事をしていた時期を過ぎて、そう……だんだん自信がなくなっていた頃だし」


自分には才能もないし、デザインをするだけのアイデアもないと、

少しずついじけ始めていた頃だったので、どんな人が参加したのかなど、

その後も、具体的な話を聞くことを避けていた。


「あ……」


『和歌山 ベンチ 三村栄吾』

こんなキーワードで検索すると、『ベンチャーベンチ』のイベント名にヒットした。


「ねぇ、三村さん、この人、この人のプロフィールで間違いない?」

「エ……」


それまで寝転んでいた三村さんが、まさかと思いながらも、画面の前に出る。


「三村……」


私は、三村さんに脱ぎ捨てた服を渡した。

三村さんはそれを足下に置いたまま、画面を読み進める。

すぐに反応がないのは、同姓同名ということだろうか。


「……間違いない。これ、三村先生だ」

「本当?」

「あぁ、絶対に間違いない。プロフィールは細かくないけれど、誕生日があっているし、
『僕に自然の素晴らしさを教えてくれた故郷へ』という言葉……」

「うん」

「よく先生が言っていたから」


『三村栄吾』さんの参加した『ベンチャーベンチ』。

3台作ったものは、和歌山市内に設置されている。


「私、知っている、ここ」

「どこ?」

「ここ。おじいちゃんとよく出かけたの。商工会議所。
あぁ、でも、もうずっと昔だからベンチはなかったけれど、今でもあるのかな」

「こうして出ているくらいだから、あるんじゃないかな」


亡くなってしまった『三村栄吾』さんに出会うことは無理でも、

その雰囲気を感じ取れる作品が、今もまだ、和歌山市内にあった。

ここにもベンチは写真で掲載されているけれど、

やはり触れて、見て、感じたい。

私たちの視線は、壁にかかるカレンダーに向かう。


「休みが取れたら、一緒に行こうか、和歌山」

「……うん」


三村さんの原点を知る旅。

日帰りだと慌しいから、互いに仕事に余裕を持てる日。


「夏までには、見てみたいな」

「うん……」


紗枝さんと千葉さんの雑誌記事に、辛い思いをさせられた三村さんが、

とても嬉しそうに笑ってくれる。



よかった……



楽しみが出来たことは、私の気持ちにもプラスなはず。


「『ベンチャーベンチ』かぁ……」


共通の宝物が出来た気がして、私も自然と笑顔になれた。




【26-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【三村栄吾】
紘生がデザイン学校で知り合った先生。
自らの病を知りながらも、亡くなる直前まで、全力でデザインにぶつかった人。
紘生が三村を名乗ったのは、憧れの人の名字だったから。

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