28 親心と娘心 【28-1】

28 親心と娘心

【28-1】

猪田さんのこと、三村さんには話すまいと思っていたのに、

熱と、疲れと、安堵感と、目の前にいる人への思いで……

私はすべて、話してしまった。



あの夜、顔合わせだと誘われた、飲み会でのことも……



介護の仕事に興味があるかどうかと聞きながら、手で体に触れてきた男。

自分の立場があれば、女は逆らうことがないと思っている。


「雪村……」

「はい、確か、議員の秘書だと……」


議員の名前、誰って言ったかな。名刺、会社の名刺入れに忘れてきてしまった。


「あの……」


『雪村』という名前だけで、三村さんには何かわかることがあるのだろうか。

何か考えているように見えるのは、思い出すことでも……


「はぁ……次元の低いやつですね、それは」

「はい。でも、嫌みにも負けず最後まで頑張れましたから。
自分でも何かやり遂げた感があります」


そう、悔しいこともたくさんあったし、足は棒のようになったし、

こうして熱まで出しているけれど、でも、『乗り越えた』という思いが、

そう、確かにあった。負けなかったという思いがあるから、

体はとてもだるいのに、気持ちだけはどこか晴れ晴れしている。


「三村さん……」

「ん?」

「どうしました? 雪村さんを知っているの?」

「いや、『君に女を感じない』とは……失礼なと」


考えているのは、別のことで、雪村さんを知っていたわけではなかった。


「長峰さん」

「はい」

「これから後は伊吹さんが一緒になると思うので、向こうも態度を変えますよ。
まぁ、それも腹が立つけれど」


そう、ここからは別々ではないから、きっと違うだろう。

『女性』というだけで、まだまだハードルの高い場所は、あちこちにある。


「長峰さん……目」

「目?」


『目』ってなんだろう。


「熱があるからかな、いつもより二重がくっきりしてますよ。
なんだか小さなリスのように見えます」

「リス?」


思い出した。私、熱があると、二重が深くなるんだっけ。

昔から母にすぐに具合が悪いのがわかると、言われていた。


「あぁ、そうなんです。目が変になるでしょう」


ボーッとした顔を、さぞかししているに違いない。

私は両手で、自分の顔を隠す。


「大丈夫ですよ、隠さなくても」

「あ、でも……」


熱のある両手は、三村さんに動かされた。

目の前に見える、彼の顔。


「俺には、こんなにかわいく見えるんだけどな……」


三村さんはそういうと、私のおでこに自分のおでこを当てた。

また熱が上がっているのだろうか、ほてりが強くなる気がする。


「くだらない男たちに、セクハラされたことは悔しいですけどね、
今ここで、やり返そうとするのも、横並びになるのでやめましょう。
あなたに『女』を感じるのは、俺だけで十分です……」



うつるかもしれないのに……



でも、私も……



こんなふうにして欲しかったから、何も言えなくて。



鼓動が速まるような『キス』の熱で、また少し頭がボーッとした。





次の日、まだ熱はあるけれど、昨日よりは楽になった。

天気がよかったからなのか、少し食欲も出てきた気がする。


「今日は一日、おとなしく寝ていましょう。会社には俺から言っておきます」

「はい」

「いいですか、あれこれしようと思わずに、眠ること」

「はい」

「……よし!」


三村さんが色々と買ってくれてあるので、何か口に出来るものがあれば、

それを食べることにしよう。


「眠れましたか? ここで」


座布団を並べて、布団をかけただけ。

三村さんの疲れは取れただろうか。


「眠れませんでしたよ」

「眠れなかったのですか?」

「はい。何度もこのまま襲ってしまおうかと思いました。
今なら無抵抗、なすがままだぞと」

「……は?」

「あはは……冗談ですよ、寝ましたよしっかり」


朝から何を言っているのかと思ったけれど、なんだかおかしくて笑ってしまう。


「笑顔が出れば、大丈夫だ」

「エ……」

「ここ数日、長峰さん笑ってませんでしたからね。では、行ってきます」

「……あ、はい」


三村さんは、着替えるため一度部屋に戻ると言いながら、玄関を出て行った。

カーテンを少しだけ開けると、向かいのコインパーキングに歩く後姿が見える。



『ここ数日、長峰さん笑ってませんでしたからね』



そう、確かに私は、ここ数日笑う余裕もなかった。

猪田さんに強いことを言われて、長い間雨の降る外に立ち、

色々とトラブルが積み重なっていたから。



隠しているつもりだったのに、小菅さんが言わなくても、

みんな気付かれていた。



『見てくれる』という安心感が、この人にはあるから……

だから、どんどん惹かれて行く。



三村さんを乗せた車は、エンジン音をさせて、目の前から消えてしまった。




【28-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【犬井久作】
『花嶋建設』から仕事をもらう下請け会社の現場監督。
猪田に対して、間違っていると思っても、声に出せない。
仕事に対しては熱心で、口数は少ない職人肌の男。

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