28 親心と娘心 【28-4】

【28-4】

『お母さんから、事務所に連絡が入ったらしいよ。
もしかしたらもう、部屋に着いているの?』



三村さんが悪い人ではないことは、認めてくれているけれど、

正直、母も困惑しているのかもしれない。



『うん』



話さなければよかったのだろうか……

いずれ、話すことになるとはいえ、今ではなかったのだろうか。



『わかった。それじゃ今日は安心して帰るよ』



三村さんのメールに、私は『ありがとう』と返信をする。

携帯を閉じ、枕のそばに置いた。



私は、『折原紘生』ではなく、『三村紘生』を好きになった。

でも、それは切り離すことなど出来ないものがあって……

今さら、予想外のことがあったからといって、

気持ちはなかったことに出来ないところまで、動いている。


「あ、そうそう。夏に和歌山で結婚式があるそうよ」

「結婚式?」

「そう……賢哉君」


和歌山に住む従兄弟。

大学から付き合ってきた彼女と、ついにこの夏、結婚すると言う。


「知花や知己にも出席して欲しいって、義姉さんから」

「うん……」


私は母の話を聞きながら、ただ三村さんのことだけを考えた。





その日の夜、母は千葉の家には戻らず、部屋に泊まることになった。

見えないことをいいことに、私の容態を、少しオーバー気味に父に告げている。


「あぁ、うん。熱はまだあるみたい。息も荒いし辛そうなの。
もう大人だからとは思うけれど、一応心配だしね。目の前で寝込んでいるのに……
でしょ? そうなのよ。はい、明日帰りますから」


『息が荒い』だなんんて。私の熱は、もうそれほどないのに。

そう思いながら母を見ると、こちらに向かって軽く舌を出した。


「それじゃ、火の元だけは気をつけてくださいね。はいはい」


母は携帯を閉じ、テーブルの上に乗せる。

何かをやり遂げたという満足そうな顔が、目の前にあった。


「お父さんにあんな言い方して。ずいぶんオーバーじゃないの」

「いいのよ。たまには知己と二人、男だけでやってみればいいの」


母は、父も知己も自分ばかりに仕事をさせて、

休みになると家では何も動かないと愚痴をこぼした。


「でも確かお母さんって、お父さんにキッチンに入られるのはイヤだって、
昔からそう言ってなかった?」

「まぁそうだけれど……」


片付けだけでも手伝って欲しいと言いながら、

母は、冷蔵庫を開けて、三村さんが買い込んでくれたアイスクリームを取った。

食べてもいいかと聞いてくる。

私はいいよと頷き、また布団を被った。


「バニラ、抹茶? それにストロベリーにって……
ずいぶんたくさんあるのね、アイス」

「うん、冷たいから食べやすいと思ってくれたんじゃないかな」


三村さん、アイス好きなのだろうか。


「あら、これも彼からの差し入れ? だったら悪いかしら、おばさんが口にしたら」


母はそう言いながらも蓋を開ける。


「そう言いながら、開けてるじゃないの」

「いいわねぇ、付き合っている頃って、男も優しくて……」


母はそういうと、嬉しそうにアイスを口に入れる。

食べるのを見ていると、自分も食べたくなり、

私は母にバニラを取って欲しいとお願いした。

母は、スプーンと一緒に、アイスを出してくれる。


「ねぇ、お父さんもこういうことしてくれた? 昔」

「昔? うーん……どうだったかな。記憶にないもの。
あるのは、『めし』、『風呂』、『寝る』って言葉くらい?」


母はそういうと、楽しそうに笑い、そして次の日朝早く、千葉へ帰っていった。





「36.5度、うん、平熱」


平熱になったので、朝、最初に診察してもらった病院に立ち寄った。

気分の悪さや、だるさが取れているのなら大丈夫だと言われ、

ラッシュ時間とずれた電車に乗り、仕事に向かう。

たった1日お休みしただけなのに、なんだか扉を開けるときは、緊張する。


「遅くなりました。ご迷惑をおかけしました」

「あ、知花ちゃん」

「もういいの? ねぇ、大丈夫なの?」


小菅さんや塩野さんに声をかけられ、迷惑をかけたと頭を下げた。

体が一番大切だから無理をするなと言われ、素直に頷き返す。



三村さんは……

そう思い、視線を向けたが、私の隣の席には何もない。

その後も伊吹さんに、大丈夫なのかと声をかけられる。


「伊吹さん、すみませんでした。担当を任されておきながら、私」

「大丈夫だ、第一段階は終了したし、これから少しゆっくり出来る」

「はい」


時計を見ると、11時になろうとしている。

三村さんは、どこかの現場に直行なのだろうか。


「どうですか? 知花ちゃん、復帰のコーヒー飲みます?」

「あ……ありがとう、自分で入れるからいいよ」

「三村さんなら、お嫁入り道具の鈴木さんの仕事で、工場に行きましたよ」


優葉ちゃんは、何やらもっと言いたそうに、にやついた顔をこちらに向けた。




【28-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【犬井久作】
『花嶋建設』から仕事をもらう下請け会社の現場監督。
猪田に対して、間違っていると思っても、声に出せない。
仕事に対しては熱心で、口数は少ない職人肌の男。

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コメント

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そうでしたか

拍手コメントさん、こんばんは

1番を取れると言うことは、いつも気にしていただけている証拠ですよね。
こちらこそ、とっても嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします。