30 理想と現実 【30-2】

【30-2】

いただきますと言った後、互いに箸を動かしていく。

三村さんと食事をするようになってわかったことがいくつかある。

一つは、食べるのが速いこと。

そしてもう一つは、この人には好き嫌いがないこと。



人の好き嫌いはハッキリしているのに……



「……何?」


いきなり三村さんが立ち上がったので、私は思わず声を出してしまった。


「何って、何か飲み物が欲しくて」

「あ、ごめん」


冷蔵庫にあるお茶を出して、コップを食器戸棚から出した。

言ってくれたら取るのに、いきなり立ち上がるから驚いてしまう。

それからまた、互いに箸を進めていたが、終わりごろになって、

また三村さんが立ち上がった。


「今度は何?」

「何、何って、いちいち、立つ前に事情なんて説明します?」

「それは……でも、急に立ち上がるから」


いつもなら、何も感じないのかもしれない。

今日だから、『エバハウス』のことがあった後だから、

動きがいちいち気になってしまう。


「俺の動きに何を慌てているんですか。表情もどこかひきつって見えますよ」

「ひきつっている? そんなことないです」


別に、こちらにはこちらの意見があるのだから……


「後ろめたいと思っているからではないですか、
あぁ、失敗したなと思っているからではないですか?」


やはりこの話題。

『エバハウス』


「何をですか?」

「言わなくてもわかるでしょう。それとも、あの話以外にも失敗したんですか?」


嫌み……

時々、思い切りグサッとくる。

それは、その通りだからだけれど。


「別に失敗したとは思っていません。あの仕事を実際に仕切ったのは三村さんですし、
道場さんは、実力のある人ですから」


見透かされたように言われると、どうも素直に語れない。


「彼女に実力があるのかどうか、どうしてわかるんですか」

「どうしてって、『インテリアラウンド』の賞を取った人ですよ」

「だからなんですか。それが『エバハウス』の求めるものですか?」


たたみかけるように言われると、それをはじき返すほどの理論がないことに、

自分で気づかされる。



『怖い』



そう、私の本音はそこだった。

大きな企業、賞を取った人がやりたいということを奪うだけの実力が、

自分にあると思えないこと。


ため息をどこかでつかれそうで、だから『怖い』。


「長峰さんのデザインに無理がなく、素材をいかしたアイデアがあるから、
だからこの話が動き出した。もっと自分の仕事を自分で評価していかないと」


自分で自分を評価するなんて……


「でも、三村さんがいなければ、形にはならなかったんです。
そう、『エアリアルリゾート』も、パン屋さんの開店準備も、
ほら、この間のお嫁入り家具も、私の仕事にはいつも……」


そう、いつも、あなたの意見が加わっている。


「三村さんの言葉が……」


全てを組み立ててやりきったという経験が、私にはない。


「意見を出し合うことの、どこに問題がありますか。
俺は絶対にそれを使えといった覚えはありません。
そのアイデアを認めるという判断をしたのは、長峰さんが決めたことでしょう。
何人もの人が関わるから、形が自由になるのに」


今日、道場さんがいきなり、あれだけ積極的に出てこなかったら、

ランチの時に、色々と言われなかったら、

こんなふうに思うこともなかったかもしれない。


「私もそう思います。みなさんの意見を聞くことが間違っているとは言ってないです。
でも……」



でも……三村さんと関わらないで、仕事をしなければ……



「一人で仕上げてみて初めて、
本当の意味で仕事をしているという感覚が持てると思います。
やっと、『NORITA』に入れたジュエリーボックスが、
シリーズものになりそうなんです。しばらく、そういう仕事がしてみたいから」


アイデアを出し、クライアントとの意見を製品にしっかりといかし、

最後まで自分で責任を取る。

訂正も苦情も、自分が引き受けるくらいのこと、それが『一人前』だと思う。


「そういうというのは、100%を求めるということですか」

「そうかもしれません。三村さんが、関わってくれたものは、
私のものではなくて、三村さんのものだと思えるから。
あなたがいなければ、形にならなかった。
そう思うと、私は自分のものだと胸を張れなくて。だから……」


少し違う。

合わさったから出来たのだけれど、一人でやりきれるところも見て欲しい。

いつも、いつも、あなたに見守られているのは、申し訳なくて……


「それなら、今回の仕事をそうしてみたらいい」

「今回?」

「そうです。『エバハウス』です」

「本気で言っているんですか」

「当たり前です」

「出来るわけがないでしょう」

「なぜですか」

「なぜって、それはご近所で走ることを覚えた素人に、
いきなりフルマラソンしろと言っているようなものですよ」

「素人?」

「はい」

「甘えないでください。あなたは素人じゃない。プロでしょう」



『プロ』



確かに、私は『デザイナー』としての名刺も持っているけれど。

『実績』という勲章のようなものが、ほとんどない。


「長峰さん。あなたはこの仕事を、一生のものにしようとしているのでしょう」


三村さんの言いたいこと、頭では十分わかっている。

もっと、もっと、自分を前に押し出していかなければならないけれど、

でも……


「なぜそんなに下ばかり向くんです」

「なぜって……」

「……ほら、また下を向く」


そうだけれど、それはわかっているけれど……


「私は、三村さんのように、いつも自信満々には出来ません」


今、出せる声と力を振り絞り、私は精一杯の叫びを、三村さんにぶつけた。




【30-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『COLOR』の人気メニューの一つは『エビスパ』。
日本でパスタをよく食べるのは、群馬県で、
特に高崎市には、『キング・オブ・パスタ』というイベントもある。

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