31 深い呼吸 【31-2】

【31-2】

遠ざかる足音。

待ってと言おうとしたけれど、待たせる理由はどこかにあるだろうか。


「三村さん……」


いや、理由なんてどうでもいい。


「仕事のアドバイスを断ったら、タバコをやめた理由も教えてもらえないほど、
冷やかになるのですか」


恋愛感情で、私は互いの距離を埋めたと思っていたのに、

ちょっとの行き違いで、ここまでギクシャクしてしまうと、

本当に、何か他の理由がどこかにある気がしてしまう。


「言いたくないことは、言わない主義なので……」


三村さんはポケットに手を入れたまま、エレベーターの方へ行ってしまった。


「何よ……それ」


幹人との関係が崩れたのは、思っていることをきちんと伝えなかったからだと、

そう思っていた。だからこそ、三村さんとは本音で語れるようにしようと、

考えていきたのに。本音で話して欲しいと、そう言ってくれていたから、

だから『一人で頑張りたい』と、宣言したつもりだったのに。


これじゃ……

どうしたらいいのか、わからない。



『あなたに少しでも近付きたい』

そう思っているだけなのに……

道場さんのように、自分を一歩前に押し出せるように、なりたいだけなのに。


「どうした、長峰」

「あ……」


ライターを取りに戻った伊吹さんが、また屋上へ戻ってきた。

どうしたと言われても、どう説明したらいいのか、よくわからない。


「ケンカでもしたか……三村と」

「いえ……」


ケンカとまでも行かない気がする。


「あいつ、体の具合でも悪いのか」

「三村さんですか?」

「あぁ……この1週間、いや10日くらいかな。いつも何か考え事しているようだし、
あまり元気もないしな」


私が、アドバイスをしないでくれと言ってから、ちょうどそれくらいだ。


「……俺もさ、この間、咳き込んで病院に行ったら、
少しタバコを減らせって言われたけれど、こういう仕事をしていると、
なかなかなぁ……」


色々と考え事をするとき、どうしてもタバコに手が伸びるのは、

私にもなんとなくわかる。千葉の実家でも、父がよく難しい計算をしながら、

タバコを吸っていた。



三村さんが……タバコを吸わない理由。


「今日は何本って決めてさ、これで『最後』と思うのに……」



『最後』



『俺が自信満々に見えるのは、
いつも、『これで最後』だと……そう思うからでしょう』



そう、あの日、三村さん確かにそう言った。

自信があるわけではなくて、これで最後だと思うと、頑張らざるをえないって……



最後……



「ウソ……」

「ん? どうした」

「いえ」


三村さん、何も言わないけれど、どこか悪いのかもしれない。

そう、きっとそうに違いない。

それでなければ、あれだけ吸っていたタバコを、急にやめてしまうなんて、

絶対に出来ないはず。

何が……いったい、どこが悪いのだろう。



まさか……



命の危険があるとか……



「おい、長峰」


絶対に聞かなくちゃ。何がどうなっているのか、聞かなくちゃ。

エレベーターに乗り、速くならないこともわかっているけれど、

1秒でも早く、事務所に戻りたいと思いながら、ボタンを連打した。


「うわぁ、知花ちゃん」

「ごめん、優葉ちゃん」


事務所から出ようとした優葉ちゃんをよけ、中に戻る。

こうなったら意地なんて、互いに張っている場合じゃない。

半人前だろうが、未熟者だろうが、『もたれ』があろうがなかろうが、

こだわっているときではない。


「三村さん、あの、話があります」

「話」


私は、『NORITA』から戻されたチェストのデザイン画を、

三村さんの前に置いた。




【31-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『虹の彼方に』(Over The Rainbow)は、
1939年のミュージカル映画『オズの魔法使い』の劇中歌。
その年の『アカデミー歌曲賞』を受賞している。

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