【again】 31 愛すること

【again】 31 愛すること

     【again】 31



亘は前島と二人で、幹線道路沿いに建っている、ある工場の倉庫に向かう。

さくら公園店に出入りする業者が、軽い立ち話で言ったことから、少しずつことが動き始めた。


「工場の倉庫を?」


「はい。来月いっぱいで、この土地を利用していた会社が、東京の支社をたたむそうなんです。
なので、倉庫も必要なくなるし、土地も契約が終了して、戻ってくるとか……」


総合病院に向かう時、入り口になるその場所は、以前にも一度売買契約が出来ないかと、

交渉した土地なのだが、地主が首を振らず、結局断ち切れになっていた。


亘は倉庫前の歩道に立ち、目の前を走る車の状況を見る。大きな駐車場を構える店舗が

いくつか続いていたが、専門店が多く、食料品を扱っている店は、意外に少ない。

ここに賃貸マンションを建て、下にスーパーを構えるには、なかなか魅力的な場所だった。


「しかし、契約切れだからといって、あの地主はOKを出さないだろう」

「いや、それが状況が変わったらしいのです」


前島が業者から聞いた話によると、その当時、首を振らなかった父親はすでに他界し、

土地の権利は娘が譲り受けていた。しかし、その娘は別の場所に住み、こちらの土地をこの先、

管理していくつもりがないのだという。


「新しい賃貸契約をするよりは、処分したいので、それならばプログレスさんに話を
持って行きたいと娘さんが……」

「どうしてうちなんだ。これだけの土地なら、他にもあれこれ、話を持ってくる業者があるだろう」


亘は急にあげられた自分の会社の名前に、驚きを隠せない。


「ほっとサービスが、とても役に立っていると、娘さんがそう言っているそうで」

「ほっとサービスが?」


『ほっとサービス』とは、昨年、絵里が考案した『お年寄り配送サービス』のことで、

一定の買い物をしてくれたお年寄りにカードを渡し、そのポイント活用で、

購入したものを自宅まで運ぶというものだ。


年明けからスタートしたこのサービスは、パート達がそれぞれ勤務時間中や、帰宅途中に

お客様の家へ寄る手段を取っていて、荷物を渡すちょっとした時間の立ち話に、

心が癒されると言うお年寄りが、増えていることも事実だった。


「姑さんが、訪れるパートさんとの立ち話を、楽しみにしているらしくて。そうしたら、
以前土地を売って欲しいと言ってきた会社と、スーパーの会社が同じだと知ったって」

「じゃぁ、そのサービスを気に入って、うちに土地を売りたいと言うのか」

「はい、そうらしいです」


信じられないような話だったが、ビジネスとしては非常にチャンスだと思った亘は、

本社に戻りこの話を直斗の耳に入れようと考え、すぐに副社長室へ向かう。


「外へ?」

「はい、夕方には戻られるようですが……」


こんな時間に行き先も明らかにせずに、この部屋を留守にすることを、亘は不思議に思う。


「そう、じゃぁ、戻ったら連絡をくれないか」


そう秘書に言い残し、亘はまた別の場所へと向かっていった。その時、直斗が何をするために

外出しているのかなど、亘は知るよしもなかった。





「これを……」

「何?」


直斗が電話をかけた相手は楓で、先日瑠美から渡された書類を書類袋に入れたまま手渡していく。

楓はよくわからないまま、書類袋を開き、中身を見た。


「これ……」


業務のことに詳しくない楓でさえ、この書類の持つ大きな意味は理解できるようで、

一瞬にして顔色が変わる。


「こんな書類、どうして直斗が持っているの?」

「花岡瑠美さんが、預けてくれた」


花岡瑠美……。その名前を聞いた瞬間、楓に不機嫌な色が現れる。

「そうなんだ……。二人で協力して、父を陥れようということなのね。わかってた、
ずっと直斗が彼女と会って、あれこれ相談していることも、私より彼女の方を信頼して……」

「楓……」

「最初から、こうするつもりだったんでしょ。彼女は父親の、あなたはあの人の……敵だって」


どこか寂しそうに、楓は書類を握りしめたまま、そうつぶやいた。

直斗はその言葉を受けながらも何も言わず、重たい空気が二人の間を流れる。


「もし、彼女が父親の敵を取ろうと思うのなら、この書類はここにないよ」

「……どうしてそんなことが言えるの?」

「花岡家の次男は、全国紙の新聞記者だ」


以前、瑠美のことを聞いたとき、確かに直斗がそう言っていたことを思い出した楓は、

少しだけ顔をあげる。


「もう、そんなふうに人を疑ったり、ねたんだりするのはやめよう」

「直斗……」

「この書類は、楓から社長に渡してくれ」

「父に?」


直斗は不安そうに問い返す楓の顔を、しっかりと見ながら一度だけ頷いた。


「児島社長は優れた経営者だ。篠沢家に入って、仕事を覚えていく中で、社長の手がけた仕事に、
数多く触れることになった。建築家としても斬新な目を持っているし、設備投資などにも
力を入れる。本当に、業界のトップに立つことがふさわしい人だと思っている」


初めて聞く、父に対する直斗の言葉に集中しようと、楓は書類をテーブルに置いた。


「でも、近頃の児島建設は、どこか別の方向を向いている気がしてならない。誰かを騙したり、
陥れるために力を使うなんて……。今回の払い下げの件も、冷静に考えてもらえば、
児島社長ならわかってくれるんじゃないかって……」


楓は、真剣に語る直斗の言葉を、素直に受け取ろうと、まっすぐに視線を向けた。


「人を恨んだり、ねたんだりしても、そこから何も生み出されることはない。
この書類を世に出して、業界の勢力図が変わったとしても、また逆の立場の人間が
裏切りを繰り返す。そんなことになったら最後は互いに倒れるだけだ。今、児島建設に
何かがあったら、この業界は混乱して、結局、建てられるはずの家を待つ人たちや、
その場所を守りたいと思う人が犠牲になる」


歩みたいと思った人生を、児島建設に邪魔されたことは間違いないが、

直斗は、それを恨みで返すことはしないと決める。


「この書類が表に出て、父の力が弱まれば、あなたは自由になるじゃない」


楓は、心に詰まった想いを、そう小さくつぶやいた。


「あの人のところへ、帰れるわよ……」


直斗に届く楓の声が、寂しく、切なく響く。


「彼女は……この立場を利用するような俺を、受け入れはしない」


直斗はそう言いながら、テーブルに置かれた書類を袋にしまう。


「仕事を投げ出すようなことを、望む人じゃないんだ」


直斗のその言葉を、うつむいたまま受け取る楓の脳裏に、キャベツ売り場で、

任された仕事に取り組んでいた絵里の横顔が浮かぶ。


「たしかに、そんな感じの人だった」

「ん?」

「私、彼女に会いに行ったの。ただ、買い物をして帰ってきただけだけど、
どうしても会いたくて……」


直斗は初めて聞く話に驚き、楓がずっと絵里を意識し、気にしていたのだとあらためて感じる。

申し訳なさそうに下を向いたままの楓に、直斗はもう一度書類袋を押し出した。


「社長に渡してくれ。これさえここにあれば、表に出ることはないはずだ。ただし、
誰が渡したとか、どこから出たとか、一切詮索をしないように……。それだけは守って欲しい」

「……直斗」

「何?」

「……ありがとう」


楓は書類をバッグにしまいながら、小さく頭を下げる。


「楓の父親は、俺の父親になる人だろう……」

「……」


その言葉に楓が顔をあげると、優しい目で自分を見つめる直斗の顔があった。





直斗が楓と別れ会社に戻ると、亘がすぐに現れた。倉庫跡地の話を、聞いたとおり

そのまま直斗に伝える。


「あの倉庫の土地を? 本当に売却する気があるのか?」

「今がチャンスだと思うんだ。すぐに動いて、話を進めた方がいい」

「そうか、そうだな……」


直斗はすぐに霧丘に電話を入れ、話に加わるようにと指示をする。


「ありがとう、亘」


亘はその直斗の言葉を背に受けながら、黙って部屋を出て行った。





5月も末になった頃、ある朗報が団地の掲示板に貼り出された。



『払い下げ候補地、白紙に戻すことが決定!』



「本当に白紙に戻るのね」

「そうね……」


ゴミ置き場に集まる団地の主婦達が、それぞれに嬉しそうに語り、絵里達のスーパーでも、

この話題で持ちきりになった。


「昨日、ニュースで流れたでしょ。思わず拍手しちゃったわよ」

「あ、私も!」


作業服から着替えながら、絵里もその話を嬉しそうに聞く。



『篠沢さんにも参加していただいています……』



絵里はロッカーの中にある鏡を見ながら、どこか遠い場所からであっても、

自分たちは直斗に守られているのだと、そう思えるようになる。


「ねぇ、おぼっちゃまがポスターを許してくれたじゃない。あれって、本社の考えが
払い下げに反対だからだって、店長が言ってたわよ」

「どういうこと?」

「おぼっちゃまのお兄さんは、この計画に反対してたらしいの」

「へぇ……」


直斗と亘のことを話すベテランのパートは、ポケットからあめ玉を取り出すと、口に入れる。


「お先に失礼します」

「あ、お疲れさま」


絵里が更衣室の扉を閉め、自転車置き場に向かうと、5月の柔らかな風が、緑の香りを

鼻に優しく届けてくれた。





「お疲れ様でした」

「いえ……」


直斗は瑠美と会い、払い下げ物件に関する、最後の報告を受ける。

楓にあの書類を渡してからしばらくして、児島建設がこの計画から撤退したいと発表し、

それに続く企業が出始めたことで、結局、計画自体が流れた。


「あの書類が生きたようで、よかったです」

「すみません、あんなふうに使ってしまって……」


直斗は、申し訳なさそうに、そう瑠美に告げる。少なくとも、あの書類を持ち込んだ人からすれば、

この使い方が正しかったとは言えない。


「いえ、どう使うかは、篠沢さんにお任せしたんですから」


瑠美はそう言いながら微笑むと、いつものように紅茶に口をつけた。


「……決めたんですね」


何をどう決めたのかなど聞かずに、瑠美はそう言った。


「はい……」


直斗も多くを語らず、ひと言だけ返事をした。





児島建設との最終打ち合わせが終了した日、直斗は楓に呼び出された。

食事なら外でしようと言っても、ゆっくり話がしたいからと、楓が譲らないため、

結局、部屋へ向かう。


「ごめんね、直斗。どうしてもここに来て欲しかったの」


楓は近頃で一番嬉しそうに笑い、届いたばかりだというウエディングドレスを、直斗に見せた。


「今日届いたの。どう?」


ハンガーにかかったままのドレスを自分にあて、楓は視線を向ける。


「ここで着てみるつもり?」

「着ないわよ、そんなことはしません」


そう言うと、ソファーにふわりとドレスを乗せた。


「ねぇ、コーヒーがいい? それとも紅茶がいい?」

「どっちでもいいけど……」

「じゃぁ、紅茶にする。イギリスのお友達が送ってくれたの。すぐに入れるから待っていて!」


楓はクリーム色のかわいらしい缶を手に持ち、直斗を部屋に残したまま出て行く。





『ありがとう、亘』



仕事を終えた亘は部屋に戻り、打ち合わせで受け取った書類をテーブルの上に置いた。

倉庫の跡地を売ってもらう計画は順調に進み、霧丘をはじめとした面々が、

地主に顔を出していたのだが、亘もその計画に、いつの間にか入るようになる。


ほっとサービスを気に入った、地主の娘さんは、そのシステムを動かしている亘達、

スーパーのメンバーと話し合いをすることを望み、交渉の席に、亘がつくことが増えた。


兄の仕事である分野を手伝うことに、はじめは少し抵抗があったが、絵里の一言が

亘の心の中にあった氷を溶かし、少しずつ状況を変える。



『あなたは弟なのだから、側にいて、助けてあげて欲しい』



絵里に何もしてやることが出来ない分、直斗と仕事をすることで、彼女の気持ちに

答えているような気がした亘は、少しずつ充実感を持ち始めた。





楓の入れてくれた紅茶を飲みながら、直斗は窓の外を見つめる。少し高台にある児島家からは、

街の夜景がきれいに見えた。


「ねぇ、直斗……」

「ん?」

「人を好きになるって、なんてことない仕草とか、表情が気になることじゃないかって、
前にそう言ってたわよね」

「……あ……うん」


絵里と別れた後、直斗は楓にそう言ったことを思い出す。


「私はね、直斗の目が好きなの。今に満足することなく、常に何かを探しているような……
あなたのそんな目を、見ているのが好きだった」


どこか思い出を語るような楓が気になり、直斗は探るような視線を向ける。


「きっと、目ばかり見ていて、あなたの手の動きとか、口の動きとか、見ている余裕が
なかったのね」

「……どういうこと?」

「もっと、もっと、あなたを見て、理解してあげないといけなかった……。いつも、
自分のわがままを押しつけて、言いたいことを言って……」

「楓……」


楓はゆっくり直斗に近づくと、少し恥ずかしそうに手をのばし、直斗を抱きしめる。

鼓動を感じられるように、頬を胸に当てた。


「でもね、私、あなたを愛してるの。私なりの考えだから、また、一方的かもしれないけど、
間違いなくあなたを愛してる」

「……」

「これが、私の愛し方だから……」


楓にも楓の辛さがあったのだと、直斗は気づき、涙声の背中に、そっと右手をあてる。


「ありがとう……」


楓は小さい声でそう答え、二人はしばらくその場に立っていた。





それから3日後、直斗は机の上に置かれていた書類に目を通し、スケジュールのチェックをする。

扉をノックする音がして、亘が入ってきた。


「兄さん、これを」

「あぁ……」


手渡された書類には、倉庫跡地の具体的な交渉の経過が書かれていて、

直斗はそれを嬉しそうに確認する。


「今度一緒に、地主に会いに行ってくれないか?」


亘のその言葉に、直斗が顔をあげると、再び扉がノックされ、直斗宛の荷物が届く。

差出人は楓で、直斗は何が入っているのか、想像することも出来ないまま、

目の前のテーブルでその箱を開けた。


「……」


直斗と亘、二人の目の前に現れたのは、出来たばかりのウエディングドレスと、

封筒に入れられた1通の手紙だった。





32 7年の涙 へ……





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コメント

非公開コメント

Σ(゚□゚(゚□゚*)ナニーッ!!

しっ心臓に…穴が開きそうです。
もうぉ…心臓がバクバクしてるんですが…
もしかして、まさか?
いやでも、それじゃ… いやいや、まさかそんなことになる?
でもそれってなんか微妙?
あうあうぅうう(T-T)

これが私の愛し方… まさかね…

ねぇ?

なんて、意味のわからないコメントなんでしょうね(汗)
動揺しまくりですよ(笑)

ごめん、寝ちゃってた

ヒカルさん、おはよう!
昨日は、少年野球応援疲れで、子供のように早く寝てしまいました。


>もしかして、まさか?
 いやでも、それじゃ… いやいや、まさかそんなことになる?
 でもそれってなんか微妙?
 あうあうぅうう(T-T)

……どうお返事をしていいのかがわからないぞ(笑)

楓が動いたことには違いなく、どう動くのかは、次回を見てね!
ヒカルさんの反応が、毎回楽しい私です(笑)