【again】 33 目覚める絆

【again】 33 目覚める絆

     【again】 33



頬に触れる風も冬の冷たさを増し、絵里は大地と一緒に、自転車に乗って川沿いのグランドに

向かった。倉庫から台を出し、ゴザを広げて荷物を置く。夏休みに入団して3ヶ月が過ぎ、

大地はますます野球にのめり込んでいた。


「池村さんおはよう、お当番、ご苦労様」

「おはよう、矢吹さん」


絵里に手を振りながら自転車を止め、現れたのは真希と娘の七菜だ。


「何? 二人で亨君の応援に来たの?」

「亨の応援なんて七菜がするはずないじゃないの、違うわよ。この子達なんか、毎日ケンカよ、
ケンカ」

「あら……」


その真希の言葉に、絵里が笑いながら七菜を見ると、少し恥ずかしそうに真希のことを叩き、

小さな花壇のある場所へ走っていく。


「大地君の応援よ……と言いたいところなんだけど、実はね……」

「何?」


真希は七菜には聞こえないようにと、少し絵里の方へ顔を近づける。


「本当はね、エースの望月君の応援に来たのよ」

「望月君?」

「そうよ、同じクラスで、バレンタインにもちゃんとチョコレート、あげたんだから」


絵里の視線の先では、大好きな七菜が現れたと、嬉しそうに手を振る大地の姿があった。


「やだ、じゃぁ、大地は失恋しちゃったってことじゃないの」

「あら……」


互いに顔を見合わせ、笑いあう絵里と真希だった。





週末になると、各店舗の売り上げ状況が、亘のところに届けられた。データを見ながら、

昨年度と比較しチェックを入れ、各支店へ戻す。


「おはようございます」

「あぁ……おはよう」


前島は軽く頭を下げると、亘の前に書類を置いた。


「今、聞いたんですが、あの倉庫跡地の工事は、今月25日から入るそうですね」

「25日から? ずいぶん早いんだな」

「社長が、相当張り切っていらしゃるようですよ」


高次が仕事に復帰し、直斗と動くようになると、また、亘が話しをする機会は減っていた。





「25日の開始には、私と霧丘で現場の監督に会ってきます。今回の北岡建設とは
初めての仕事になりますし、打ち合わせだけでは、正直わかりにくいところもありますから」

「いや、私も行こう。久しぶりに現場へ出たいんだ」


高次はそれだけを告げると、書類に目を落とし、何かを思い出したように、口元をゆるめた。


「お前が払い下げ問題に反対していたことが、こんなふうに形を変えていくとは
正直思わなかったが、うちにとっては、最高の宣伝になっている」

「今回の倉庫跡地は亘の手柄です。スーパーのサービスを気に入ったという地主の希望で、
うちが選ばれたわけですから」


直斗はそう言いながら、高次の前にあるソファーに座る。


「あと1年、お前の目指すものを見せてもらったら、私は社長を退くつもりだ」

「……」

「お前のやり方で、経営して行きなさい」


高次は書類を置くと、椅子を回し背を向ける。


「あれから楓さんと、連絡は取れないのか」


児島建設と、何かしら会うことのある高次としては、二人の仲が、完全に終わってしまったと

思いたくないように見えた。


「……どこにいるのかはわかってます。でも、話しはしていません」

「そうか……」


高次の言葉はそこで止まり、直斗の耳に、ため息だけが届く。


「お前には、一番いい相手だと思ったんだが……」


自分が社長となりこの世界で生きていくには、楓の力が必要なのだと、

以前、高次が言ったことを思い出したが、直斗は何も言わずに手帳を見続けた。





絵里と大地は野球の練習を終え、団地へ戻る。絵里が自転車を駐輪場に停め振り返ると、

大地は自転車にまたがったまま、304と書かれた駐車場の上にいた。


「大地、行くよ」

「……うん」


直斗が顔を見せなくなって半年が過ぎ、大地の心の中から、その存在が薄れていると思っていた

絵里だったが、寂しそうな顔を見せられ、辛くなり視線を外す。


「ねぇ、ママ」

「何?」


部屋に戻り、大地は洋服を着替え始め、絵里も水筒やコップを洗い出す。


「直斗、今、どうしているのかな」


ポツリとつぶやいた大地の言葉に、絵里は胸が締め付けられる想いがした。大人の事情など、

大地には理解できるはずもなく、それをどう説明したらいいのかも、正直わからないまま

時間だけが重なった。


「僕、手紙も書いたし、いつも待ってるんだけどな」


幼児期を抜け大地は少年期に入っていた。今までなら、喜んで祖父母のところに

遊びに行っていたのが、友達と過ごす時間の方が楽しくなり、ただ甘えられる母親より、

キャッチボールが出来る父親を探すようになる。


「大地、直斗さんは大きな会社の偉い人なんだって言ったよね。だから、
ここに遊びに来ることは出来なくなったの」


絵里は水道を止め手を拭くと、先日書店で買った雑誌を、大地の目の前に広げた。

大地はそこに載っている直斗の顔をじっと見る。


「前みたいに、自由にあっちこっちには行けないんだって」


大地を納得させるつもりでそう言うと、大地は雑誌を閉じ、下を向く。


「……来るよ」

「エ……」

「直斗は来るもん! 来るって言ったもん! 約束したじゃないか! ママのうそつき!」

「大地!」


大地は部屋に入り、ピシャリとふすまを閉める。絵里には、大地が子供ながらに

薄々気付いていて、そのどうしようもない怒りを、ぶつけているように見えた。





それから2週間が経ち、大地は朝から野球の練習に参加する。その日の当番は真希で、

上級生の練習を見守っていた。


「大地君、亨が終わるまでもうちょっと待っててね……」

「うん……」


その日、絵里はパートに出たため、真希は大地を家まで送ることになっていた。

大地は真希の隣に膝を抱えて座り、亨の練習を見つめる。


「亨君のママ」

「何?」

「住んでいるところを調べるのは、どうしたらいいの?」


大地は自分のリュックから、キャラクターが書いてある封筒を取り出した。


「誰かお友達の家がわからないの? 大地君」

「ううん……直斗」


大地の言葉に、真希はすぐに反応し、顔を向ける。


「直斗さんの住所を知りたいの?」

「うん、忙しいから直斗はもう来ないんだってママは言ったけど、早く教えてあげれば
いいと思ったから……」


下を向いた大地は、そう言いながら右手で雑草を引っ張り、前へ向かって投げる。


「何を教えるの?」

「ベイビーリーグのこと……」


ベイビーリーグとは、大地のような野球を始めた子供達が、集まって行う試合のことで、

小学校2、3年を対象に、ルールなどを覚えさせるため、毎年、春休みに行われた。


「お仕事忙しくても、早く教えてあげたら来てくれると思うんだ。ママもいつも言うよ。
学校のお知らせはちゃんと出してくれないと、お仕事お休み出来ないからって……」

「そうだ……ね……」


真希は大地の素直な想いに触れ、どう答えを返したらいいのか迷う。詳しいことを

知っているわけではないが、絵里と直斗の間に、特別な感情があったこともわかっていた。


大地はコーチとして参加している亨の父と、亨が一緒にキャッチボールをしている姿をじっと見る。


「いいなぁ……亨君は、パパがいて……」


そうつぶやいた大地の方を向いた真希は、封筒を大地の手から抜き取ると、

少しついた土を手で払う。


「大地君、おばちゃんちょっと聞いてみてあげる」

「何を?」

「直斗さんの住所は知らないけど、この手紙を渡してもらえるかもしれない人なら知ってるから」

「エ……本当?」


嬉しそうに笑う大地に向かって、真希は微笑みながら大きく頷いた。





それから1週間後、亘は前島と東町店にいた。駐車場の隣の土地をさらに購入し、

少なかった駐車場の台数を増やすことになったからだ。


「10台増やせるのは大きいですね」

「うん……、駐車場が広くなれば、川の向こう岸も集客範囲だ」


事務室を出た二人は軽く店内をのぞき、駐車場の車へと向かう。


「篠沢部長!」


その声に振り返ると、そこには作業服を着た真希が立っていた。


「あの、総菜売り場担当の矢吹です。お願いしたいことがありまして」


真希は作業帽を取り、しっかりと頭を下げた。


「個人的なことで申し訳ないんですが……」


そう言いながら、真希はポケットに入れてあった封筒を取り出した。


「これを、副社長に……いえ、お兄さんに渡していただけないですか?」

「兄にですか?」


突然の申し出に亘は驚き、前島は怪訝そうな顔を向ける。


「これ、大地君が書いたものなんです。直斗さんに渡したいのに、どこへ出したらいいのかも
わからなかったみたいで」


亘はその封筒を受け取り、直斗へと書かれている大地の字を見た。


「ずうずうしいとは思うんですが、部長から渡していただくことは出来ないでしょうか」


絵里と3人でドライブした時、楽しそうに歌を歌っていた大地の顔が浮かぶ。


東町住宅が見える場所に、住まいを構えている直斗のことを考え、亘はその封筒を

ポケットにしまった。


「わかりました、渡します」

「ありがとうございます。お願いします」


任務を終えた真希は、ほっとした表情になり、亘と前島にもう一度頭を下げた。


本社へ向かう車の中で、亘はポケットに入れてあった大地の封筒を取り出した。

このまま会社へ戻り、直斗に渡そうかと思った時、ある考えが浮かぶ。



『あの倉庫跡地の工事は、今月25日から入るそうですね』



亘は少し口元をゆるめ、封筒をポケットに戻した。





同じ頃、直斗は現場へ向かう準備をしていた。副社長になってから、なるべく顔を出し、

作業員の声を聞くことが仕事の一つになっていた。

上着を手に持ち、霧丘と部屋を出ようとした時、内線が入る。


「何? 今……」


それは突然の訪問客だった。『プラント』という設計事務所の責任者だと名乗る男が、

会社の受付に現れたのだ。


「『プラント』って、たしか、この間賞をもらった会社だったよな……」

「そうですね、でも、アポもない飛び込みです。とりあえずまたの機会に……」


霧丘の意見は当然のもので、いきなりトップに面会を要求するのは、正しい方法とは言えない。

しかし直斗は持っていた上着をソファーにかけ、席に戻る。


「30分でいいなら会うと、伝えてくれないか」

「副社長……」


霧丘は相手のやり方を認めた直斗に驚き、一度軽く咳払いをする。


「君の言うとおり、正しいやり方じゃないかもしれないが、堂々と向かってくるということは、
相手も相当自信があるはずだ。それをここで帰してしまって、別会社に持って行かれたら、
あとからうちが、悔しい思いをする結果になるかもしれない。現場へ行く時間を30分ずらしても、
うちに損害はないだろう」

「……」


そういいながら相手を待つ、直斗の堂々とした態度に、霧丘も軽く頷き、上着をハンガーに

掛け直した。





「ほら、大地、急いで。もうみんな階段の下に集合しちゃってるよ」

「わかってるよぉ、だって、ベルトが入らないんだもん」


25日の土曜日、大地はいつものように少年野球へ向かうため準備をする。団地の子供達は、

上級生が下級生をグランドまで連れて行ってくれるため、毎回、駐輪場の前で

集合することになっているのだ。


「おはよう!」

「あ、おはよう、池村さん」


階段の下の集合場所には、すでに真希と亨がいて、他の子供達も徐々に揃いつつあった。

そこへ1台の車が入り、道路の端へ停まる。絵里が車の方を向くと、下りてきたのは亘だった。


「あ……」


めずらしい客に、大地はすぐにかけより、亘の腕に軽くパンチをする。


「おはよう、大地君。なぁ、今日僕と出かけないかな……」

「エ……だって、僕、野球の練習があるんだよ」


そう言って困った顔をする大地の耳元で、亘は何かをつぶやいた。大地の表情がすぐに変わり、

嬉しそうに大きく頷く。


「僕行く! 亘と行く!」

「大地……」

「池村さん、昼過ぎには帰します。今日じゃないと行けない場所なんで、
連れて行ってもいいですか?」

「エ……でも……」


絵里と亘の顔を交互に見ている真希に、亘はスーツの内ポケットから、チラッと封筒をのぞかせる。

真希は亘が何をしに大地を連れて行くのかがわかり、すぐに微笑み返した。


「ほら、亨、時間だから。大地は今日はお休みしますって、コーチに言うんだよ、いい?」

「矢吹さん……」


絵里が状況について行けず困っているうちに、大地は亘の車に乗り込み、嬉しそうに手を振った。


「必ず昼過ぎに帰しますから」

「ママ、行ってきます!」

「大地……」


二人を乗せた車は、軽いエンジン音を残しながら、曲がり角に消えていった。


「矢吹さん、篠沢部長と何か話しでもしたの?」

「エ……別に」


真希は車が消えていった方向を見ながら、嬉しそうに笑っていた。





練習着を着た大地を乗せた車は、順調に走っていく。亘は助手席で嬉しそうに笑っている大地に、

声をかけた。


「なぁ、大地君。聞いてもいいかな」

「何?」

「大地君は、直斗が好き?」

「うん、大好きだよ!」


亘は、今日倉庫跡地の現場へ直斗が向かうことを知っていて、そこへ大地を連れて行こうと

考えたのだ。


「どこが好き?」

「あのね、直斗はね、僕とたくさん遊んでくれるんだ。キャッチボールもしてくれるし、
ママが入院していなかった時は、花火もしてくれた。それと、鶴の折り方も教えてくれたし……
それに、お風呂で水鉄砲もしてくれるんだ」

「そうか……」


自分の知らない直斗の顔を、大地は嬉しそうに語った。それはまるで、友達のところにいた

父親の姿で、大地にとって直斗の存在が、それだけ大きいのだと、亘はあらためて感じる。





「鉄骨の重なる音がすると、いまだに気持ちが引き締まる」


直斗は高次と一緒に、倉庫跡地の工事の始まりを確認する。完成予想図を現場監督から

手渡され、その説明を受けた。隣にはいつものように霧丘が立ち、直斗の疑問に答える。


何気なく道路の方を向くと、野球少年が自転車の鈴を鳴らしながら通り過ぎた。

直斗が大地のことを頭に浮かべた時、亘の車が現場に到着し視線を塞ぐ。

なぜ、ここに亘が姿を見せるのかと、直斗が不思議そうに車を見ると、高次から声がかかった。


「直斗、そろそろ戻ろう。午後の会議に間に合わなくなる」

「はい……」


霧丘が車のドアを開け、高次が乗り込んだあと、直斗がその扉に手をかけた。


「直斗!」


その懐かしい声に動きが止まり、直斗は視線を声の方へ向けた。桜木という名前を使い、

贈った練習着を着た大地が、亘と手をつなぎ、駐車場の端に立っている。


「大地……」


何をどうしてやればいいのだろうか。直斗は一度大地から視線を外し、下を向く。


「直斗……、ねぇ亘、直斗が行っちゃうよ!」

「待って、大地君……」

「直斗、どうした」


車の中から高次の言葉が響いた時、その扉を閉めたのは霧丘だった。直斗は理由がわからず、

霧丘の方を向く。


「副社長、アポイントがなくても、突然来ると言うことは相当な自信を持っている人物だと、
そうおっしゃいましたよね」


先日、急に訪れた設計事務所のことを、霧丘は例にあげる。


「ここできちんとしなければ、後から悔しがることになるかもしれません」

「……霧丘……」


直斗がそう言った霧丘の方を向くと、何もかもをわかっているというような、

落ち着いた表情を見せた。


直斗が軽く頷き大地の方を向くと、そこにはすぐに受け入れてもらえないことに、

不安そうな顔をしている大地がいた。


初めて出会った時も、大地は少し寂しげに、こちらの反応をうかがうような表情で、

自分を見ていたのだ。そんな大地の心を癒してやりたいと思ったことが、

すべての始まりだった。


直斗は車から離れ姿勢を低くすると、ゆっくり両手を広げる。


「大地!」

「……直斗!」


亘が手を離したのと同時に、大地は直斗に向かって走り出し、勢いよく抱きついた。

直斗は大地を抱きしめ、頭をなでる。


「どうしたんだ、こんなところまで来て」

「直斗……」


大地は手に持っていた封筒を直斗に手渡し、嬉しそうに話し始めた。

車の中にいる高次は、バックミラーに映る直斗の横顔を見たあと、そっと目を閉じ、

そばにいた霧丘は、二人の姿に笑みを浮かべた。


そして亘は、大地に優しく微笑む兄の姿を、その場から動くことなくじっと見つめ続けた。





34 重なる鼓動 へ……





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コメント

非公開コメント

。゜゜(´□`。)°゜。ワーン!!
なおとぉおおおお!!だいちぃいい!!
もう!もうっ!!涙が止まりませんー!!
うわぁぁぁぁん!!
霧丘さん かっこいいぃよぉお!
あーん!!続きが気になりますー(><)

霧丘、ナイス!

ヒカルさん、こんばんは!


>なおとぉおおおお!!だいちぃいい!!

大地にとって、自分がどれほど大きな存在になっていたかを、あらためて知った直斗
それを目の当たりに見た霧丘、高次、亘の回です。


>霧丘さん かっこいいぃよぉお!

10年、本当の意味で直斗のそばにいた人ですからね。ちゃんとわかっているんですよ。
この大地の正直な子供の想いが、どうお話を動かすのかは次回に続きます。