【S&B】 35 見えない足音

      35 見えない足音



先日の消防車と救急車、そして今日のピザ。しかも両方に僕の名前が出されていることから、

これは単なる企業のいたずらだと片付けられないことは、営業部員達も感じ始めたようで、

重い空気の中を逃れるように、それぞれが僕から視線を外す。


「申し訳ないけど、頼んだ覚えがないんだ。それは受け取れない」


ここまで運んできてとは思うが、自分が悪いわけでもないことで、折れるわけにはいかず、

僕は営業部の入り口に立つバイト二人にそう告げる。はじめ営業スマイルを見せていた二人は、

そんな僕の言い分に瞬間表情を変えた。


「いや、でも、ビー・アシスト、第一営業部青山さんだって。なぁ……」

「はい……」

「そう言われても、頼んでいないんだ。僕が朝からずっとここにいて、そんな電話をかけていない
ことは営業部員達が一番わかってる」


僕とたまたま目があった濱尾は、自分は主任の仲間だと言いたそうに、

その通りだと何度も頷いて見せた。


「青山、ちょうど昼時だ。いいよ、値段を聞こう」

「部長……」


魚沼部長は僕の横を通り過ぎ、そのバイト達から10枚のピザを購入し、支払いをし始めた。

僕には覚えがないとはいえ、自分のトラブルを押しつけた気がして、すぐに財布を取りに席へ戻る。

全く、いつも何も考えていないくらいマイペースなのに、こんな時の行動だけはずいぶん素早い。


「君たちにも罪はないが、覚えておいた方がいいな。まず10枚という大きな注文で、
今までもこんな実績はないと思うから、せめてこっちに確認するくらいの余裕が欲しいね」

「……あ、はい……」


魚沼部長は支払いを済ませ、僕はその領収書に目をやった。『ビー・アシスト第一営業部』と

書かれている領収書に記載されている店の住所は、ここから軽く見ても車で30分以上がかかる。


「東大橋店か……。わざわざこんな遠くから注文するほど、うちの青山は抜けたことはしないよ」


自分の責任ではなかったが、部長に押しつけたようになり気持ちが重くなった僕のことを、

かばうセリフが、少し尖った心にしみた。


次々と魚沼部長から落ち度を指摘されたバイトたちは、形勢が悪くなる中、深々と頭を下げると、

営業部を後にした。部長はすぐ原田達にお茶を入れるように指示を出し、たまにはこんなことも

いいんじゃないかと、昼食会の準備を進める。大橋や鮎川も原田を手伝い、一瞬緊張した空気は、

またいつものような和みを見せ始めた。


「青山……」


部長に呼ばれ、僕は盛り上がる部員達から少し外れた場所にうつる。いつもならこの人に呼ばれても、

緊張したことなどないが、この状況は先が見通せず、少し歩みが遅くなった。


「この間は、消防車と救急車が来たらしいな。濱尾が、君の活躍をねたんだライバル会社の
いたずらじゃないかと言っていたが、心当たりはあるのか?」

「……いえ……」


仕事での心当たりはなかった。今までもライバル社と競い、勝つこともあったが、

逆に負けることもあった。ハリネズミとも相変わらずぶつかることも多いが、

彼はそんな陰湿なことを仕掛けるタイプではない。むしろ、体全体でぶつかってくる完全な体育系だ。


「個人的な心当たりは……」


その瞬間、僕の脳裏に、くわえたばこをふかす嫌な男の顔がふっと浮かんだ。

僕をかばい、その場を納めてくれた部長に対し、嘘を言うことは出来ないが、確信のない情報を

あえてここで披露するわけにもいかないため、結局答えは同じになる。


「すみません、特には……」

「そうか」


一人だけ僕の頭に浮かんだ顔を、あえて当てはめないようにしながら、

僕も部員達と、ハプニングに舞い込んだ昼食を楽しんだ。





「……主任」

「ん?」


待ち合わせをした三田村と食事をしていると、僕がどこか上の空に見えたようで、

目の前にいる彼女は心配そうな目をこっちへ向けていた。


「ごめん、ちょっと考え事してた」


三田村の目からはメガネが消え、まっすぐな瞳が向けられた。レンズがないことで、

考えていることをすぐ読まれそうな気がしてしまい、首を軽く動かすと、話をそらすように

お冷やを口にした。ふと目をやった三田村の左手の甲に、なにやら数字が書き込まれていて、

『S3-30』とは何の数字なのかわからず、素早くその手を取った。


「何、この数字」

「……あ、やだ、消し忘れです」


三田村は恥ずかしそうに手を引っ込め、自分の右親指で消そうとする。僕も学生時代、手のひらに

ちょっとしたことを書いたりしたことはあったが、手の甲に堂々と書いた人を見たのは、久しぶりだ。


「何? 仕入れとかの数字?」

「いえ、違うんです。ちょっとお客様に頼まれ物をして。それを忘れないようにって。
Sサイズのを3つ、30日までってことです。私、忘れっぽいからメモしたつもりだったんですけど、
メモしたことをすっかり忘れてました」


三田村は横に置いてあったバッグを開け、手帳と小さなくまのブローチを取り出した。

僕はそのブローチを手に取りじっと見る。どこかの商品にしてはタグがなく、手作りに見えた。


「これ、手作り?」

「はい、仕事用のエプロンの隅にちょっとつけてたんです。そしたら、売ってくれないかって
言われて、最初のはあげてしまったんですけど、その話を聞いた方が、3つ欲しいって。
値段をつけてほしいと言われても、あまりの生地で作った物だから、どう設定していいか……」

「じゃぁ、タダで?」

「いいんですその方が。商品にしてしまうと、ノルマがあるようで、作るのが嫌になるし、
気に入ってくれた方が、大切にしてくだされば……」


兄の子供に贈ったベビー服を見に行った日、彼女は手作りの店でなにやら生地を買い込んでいた。

針と糸は得意なのだと笑顔を見せてくれたことを思い出す。三田村がどんな人生を歩んできたのか、

わかりきっているわけではないが、自分を押し出せないのは、

何をするにしても自信がないのだろうと、僕はそのブローチに触れながら考えた。





カレンダーは9月に入り、大橋達の送別会が月の半ば15日に決まった。

すぐに三田村から僕に連絡が入り、自分も参加してしまっていいのだろうかと心配する。


「いいに決まってるだろ、みんな会いたがってたよ、特に原田が」

「はい……」


不器用な彼女のことだ、送別会で僕とどんな顔をしてあえばいいのかがわからないのだろう。

困った顔も好きだから、あえて見つめていようかとも思ったが、その後、別の影響が出ると

まずいので、そこは大人の対応をする。


「離れた場所に座るといいよ。僕はどうせ魚沼部長の相手をしないとならないし、
原田や大橋達と一緒に座って」

「……あ、そうします」


その提案を嬉しそうに受け取った三田村の反応を、どこか複雑な気持ちで受け取る自分がいた。

青山主任のそばがいいいですなんて、言うはずもないのだが。





「青山ちゃん」

「遅くなってすみません……」


それから3日後、とあるスタジオでは、『かいづか』の成人式用ポスター撮影会が行われた。

守口を先に挨拶に行かせ、僕は別のクライアントの会社から、スタジオに到着する。

どこかで見たようなモデルが、僕の前をわざとらしく通り過ぎた。


「おしとやかに見えますね」

「惚れちゃいませんか? 青山さん」


着物を着て前を通ったのは京佳さんで、まったくどこまでも自分に自信がある人だと思いながら、

僕は軽く笑顔を見せ首を大きく振った。


「今日の撮影は山上さんっていう、有名なカメラマンなんですよ。だから、今日は特別に
私も撮ってもらうことにしたんです。いいモデルだからこそ、いいカメラマン……」

「そうですか……」


初めて京佳さんを見た時、ふっと千鶴を思い出したが、彼女の性格を知ってしまったからなのか、

僕の心の中に別の人が入り込んだからなのか、今日の姿を見ても、特に思い出すこともなかった。


「聞きましたよ、色々と」

「何をですか?」


テーブルの上に置かれていた雑誌『SKY』を、僕は何気なく手に取った。

いろいろな女性を対象とした特集が組まれている。以前、守口とコンビで仕事を狙ったが、

ライバル会社に競い負け、その広告が裏表紙にどっしりと存在する。

モデルの微笑みまで挑戦的で、こっちをあざ笑うように見えた。


「青山さんに、魔の手が伸びているらしいですね」

「魔の手?」

「消防車を呼ばれたり、救急車を呼ばれたり、ピザが来たり……」


少し前に来ていた守口が、京佳さんにここのところの出来事を語ったのかと、

僕はスタジオの隅で、モデルに声をかけて笑っている守口を睨みつける。


「私、稔じゃないかと思っているんです。……そう思いませんか?」

「稔?」


京佳さんは表情を変え、僕の方へ近づいた。稔という名前にピンとくることが出来ず、

誌面に視線を戻し、京佳さんを見ないようにする。


「わたしが、あれからずっと言ってるんです。私は青山さんが好きになったのって。
稔とはもう戻らないからって……だから……」


その時初めて、あの車を運転してくれた先輩のことだと理解できた。まだ、ダラダラと

会っているのかと思いつつ、京佳さんが真顔でそんなことを言い出したことが妙におかしくなる。


「高橋君じゃないよ、あれはそんなんじゃないんだ……」


そう、あれは京佳さんには関係ない。大事ないとこを奪い取った憎い男への子供じみた復讐。

僕の考えついた結論の船は、誰にも発表出来ないままその港へたどり着き、

しっかりと碇を下ろしたままだ。


「青山さん……誰の仕業かわかっているんですね」

「……」

「わかってるんでしょ、本当は。だからどこか余裕がある」


僕を探ろうとする京佳さんの視線から逃れ、雑誌をめくり続ける。リズムよく動いていた僕の右手が、

あるページにさしかかり、動きを止めた。



『手作りコンテスト』



三田村の小さなくまのブローチが、僕の脳裏に浮かんだ。





36 ゆらゆら揺れて へ……




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コメント

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負けるな!祐作

ももんたさん こんにちは。

魔の手が伸びて・・・ちょっと怖いけど
祐作は冷静に対処してて、心強い!
これも・・・「あいつだ!」っていう確信があるからですね。
>僕の考えついた結論の船は、誰にも発表出来ないままその港へたどり着き、
>しっかりと碇を下ろしたままだ。
う~ん、とっても上手い表現です~。

でも・・次は何だろうって気味悪さもあるんだけど・・・
小さなくまのブローチが、心を和ませますね^^
三田村ちゃんの自信に繋がるといいなぁ~♪

流石魚沼さん、部長職をこなすだけの度量と機転。
しかし子どもじみた悪戯だなー。そんなことだからダメなんだと解らないのか?v-292

京佳さんも相変わらずだし・・・色々大変だね祐作i-195i-195

【手作りコンテスト】望の自信に繋がることになるといいのにv-354

さすが!

こんばんは^^

>「君たちにも罪はないが、覚えておいた方がいいな。まず10枚という大きな注文で、
今までもこんな実績はないと思うから、せめてこっちに確認するくらいの余裕が欲しいね」

この台詞に惚れました・・・
素晴らしい! いよっ魚沼部長 やるね!!

そして、こんな台詞を言わせる、ももちゃんに拍手。

祐作も望ちゃんも、見えない足音の人物も気になるけれど、今回は視点をかえて、コメントを^^

こんばんは^^

ももちゃん、こんばんはv-222

魚沼部長のとっさの行動、カッコいいねv-10
冷静な言葉といい、手作りブローチといい、さりげない伏線に、どんどん引き込まれちゃう。

個性的なキャラクターの言動はすべてももちゃんの中から生まれてるんだものね... すごいなぁv-20

アイツの悪巧み

eikoさん、こんばんは!
お返事、遅くなってごめんなさい。


>これも・・・「あいつだ!」っていう確信があるからですね。

こんな子供じみたことするなんてねぇ、アイツしかないよね。v-390
でも、望には言えないし、追求する方法もないし……
さて、祐作はどうするのか。

小さなくまv-525のブローチと望
自信につながっていくかどうかは、さらに続く! です。

部長の底力

yonyonさん、こんばんは!
お返事、遅くなってごめんなさい。


>流石魚沼さん、部長職をこなすだけの度量と機転。

コシヒカリ部長、今まではどこが部長の器? と言いたくなるくらいの存在感でしたが、
『お!』と思っていただけました?

今回は、魚沼部長の一面を、あえて出してみました。v-219
祐作はまだまだ若いなぁ……と思えちゃうくらいです。

祐作の大変……は、まだまだ続きます!v-291

やる時はやるよ

なでしこちゃん、こんばんは!
お返事、遅くなってごめんなさい。


>この台詞に惚れました・・・
 素晴らしい! いよっ魚沼部長 やるね!!

祐作にしてみると、この人がなぜ部長? と思えるくらいマイペースな魚沼でしたが、
素早くピンチに登場し、ちょっと見直したはず。

その点、祐作はまっすぐですが、まだまだ若いのです。

こんなふうにピンチを救ってくれると、気持ちがグッとv-162動くでしょ?

拍手v-424まで、ありがとうです。

楽しみなんです

midori♪さん、こんばんは


>魚沼部長のとっさの行動、カッコいいね
 冷静な言葉といい、手作りブローチといい、さりげない伏線に、どんどん引き込まれちゃう。

ありがとう。伏線を作るには、それ以上の内容を考えておかないとつじつまが
あわなくなるので、結構苦労してます。でも、楽しいんだけどねv-392


>個性的なキャラクターの言動はすべてももちゃんの中から
 生まれてるんだものね

登場人物が多いですねとは、よく言われるんだ。読み手にしては大変だと思うけど、
今回は1話が短く、連載も結構テンポよく進めているから、忘れられる前には
次へ行けてると思うんだけど。

すごくはないよ、楽しんでいるだけです。v-410

続きます

yokanさん、こんばんは!


>嫌がらせがまだ続くのかな~、いやだね(ーー;)

アイツだとほとんど確信していながら、追求が出来ない祐作です。
どんなふうになっていくかは、次回に続くんですけど。

手作りコンテスト、三田村ちゃんの希望になるのかどうか、こっちも続くのです。
(って、そればっかりだ)