52 心の隅 【52-2】

【52-2】

カレンダーは4月に入り、最初の日曜日がやってきた。

桜はまだ、力を振り絞って、精一杯の花を咲かせてくれている。

いよいよ、私の引越しの日が来た。

荷物は全てダンボールに入れたし、掃除もそれなりに済ませた。

不動産の方が立ち会ってくれて、OKのサインをもらう。


「お世話になりました」

「いえ……」


前の部屋に比べたら、住んでいた時間は短いけれど、

この場所を得られたことで、また生活が前進出来た。

折原さんとのことも、仕事のことも、



一歩前に……



「もしもし、これから向かいます」


新居に電話をかけると、折原さんが了解の返事をくれたので、

私は小さなリュックを背負って、駅に向かって歩き出した。





業者は折原さんと同じ『かたつむり運送』にお願いした。

もちろん、スタッフさんは違うけれど、先週と同じようにてきぱきとこなしてくれる。

その動きに、自分も追いつこうと、動いているうちに、

あっという間に荷物を入れる作業は終了した。


「ふぅ……」

「知花……」

「あ、何?」

「引越しをしたばかりだから、無理しない方がいいよ。
とりあえず必要なものだけ出せば」

「うん……」


今必要なものだけと思うのに、あとひとつ、あとひとつとダンボールを開けてしまう。

どこか居候のような雰囲気が嫌で、ここに早く馴染みたいと思うからかもしれない。


「そういえば、今朝、愛梨さんに会った」

「愛梨さん……あぁ、うん」

「講師の先生から電話が入りましたかって言うから、ないですよって答えたら、
すごく申し訳なさそうにされてしまったけど」

「あぁ……」


そう、折原さんが引越した先週、大学の講師の先生に、注文家具が作れるからと、

『DOデザイン』を紹介してくれる話が上がっていた。


「だからね、先生はきっと、探しているのが楽しんだよって、答えておきましたよ」


折原さんは、最初からかかってくるとは思っていなかったからと、

ソファーを背もたれにして、新聞を広げだす。

探していることだけが楽しい人など、いるだろうか。


「本当に探しているだけですかね」

「違いますかね」

「形にならないと、つまらないでしょう」


子供の夢物語なら、浮いている上体でも楽しめるだろうが、

大人なのだから、形が欲しいはず。


「いくつになっても、理想の男を捜している女性もいるじゃないですか。
そういうのと一緒でしょう」

「……一緒……かなぁ……」


『理想の男性』と、『趣味のタンス』


「ねぇ、夕飯、何食べます」

「ん?」

「何か作りますけど」

「何でも……。あ、でも、たぶん冷蔵庫あまり入っていないから、買い物行きます?」


どこにでもあるような、何気ない会話。

それでも、一緒にいることが当たり前だという雰囲気があることで、

さらに嬉しさが増していく。


「……行く!」


折原さんの背中を見ながら、自然と口元から笑みがこぼれた。





今日からはどんなに時間が過ぎても、時計を見る必要などなくて、

最後に交わしていた別れのキスは、さらに互いを求め合うものに変わった。


私の部屋にもベッドはあるけれど、

その日から目覚めるのは……同じ場所のことが多くて……


「おはよう」

「おはよう……」


挨拶だけはしたけれど、まだ、起きられない人を残し、

先にぬくもりの中から外に出る。

カーテンを開けて、今日が始まるのだと思える朝日を見るのが、とても心地いい。


「うーん……」


今日はいよいよ、工藤美貴に会う日。

私にとっては、大変な仕事だけれど、でも、自信を持って……


「よし、朝ごはん作ろう」


タイマーにしてあった洗濯機から中身を取り出し、その間にお湯を沸かす。

そんな生活の音をさせていると、部屋の扉が開く音がした。


「はぁ……」

「まだ寝ていてもいいのに」

「いや、起きるよ」


家事は得意ではないけれど、出来る限り手伝うと宣言してくれた通り、

洗濯を干すのは、ほとんど折原さんがしてくれる。

私は、だらりと干さないでねと一言付け加えて、食事の支度に専念した。




【52-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【大島愛梨】
吉太郎の孫娘。紘生の出た『青峰大学』に在学中。
英語が大好きなので、将来は通訳の仕事がしたいと張り切っている。
今は祖父母と5階に生活。

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