【S&B】 36 ゆらゆら揺れて

      36 ゆらゆら揺れて



『手作りコンテスト』



それはたまたま見かけた女性誌の企画だった。部門は料理から陶芸まで12種類にわかれていて、

手芸の部門だけでも4部門あり、その中のどれかに三田村を応募させたらどうだろうかと考える。


どんな小さなものでもいいから、何かやり遂げることが出来れば、きっと彼女も気持ちをもっと前に

出せるはずだ。営業部に新人が来たとき、必ずやり遂げられる小さな仕事を任せ、自信を付けさせた

方法と一緒だったが、そのやり方で濱尾も今野も、今や第一営業部に欠かせないメンバーになった。


家に戻りすぐにネットで調べ、応募資格を確認し要項を印刷する。仕事が早く終わった日、

僕はそれを手に持ち母の店へ向かい、話があるからと5階へ三田村を呼び出した。


「これにですか?」

「うん、応募してみたらいい。別にどうなるってわけじゃないけど、せっかくお客様にも
気に入ってもらえるような作品が作れるんだ。どう? やってみれば……」

「……でも……」


応募要項を握りしめたまま、それでも視線を外さない彼女は、実は心のどこかで頑張ってみたい

気持ちが、少しずつわき上がっているように見えた。


「メガネだって外せたんだ。頑張ってみろよ」


僕のその言葉に用紙から顔をあげた三田村が、ほんの少しだけ頷いて見せた。席を立ち上がり、

部屋を出ようとするものの、それでも、自信のない表情はそのままで、まだ迷いが見える。


僕は三田村の手から書類を引き抜き、玄関の脇へ引っ張った。ここはあくまでも母の部屋だ。

急に入ってこないとも限らない。親なんてものはこういうとき、ものすごく感度のいいセンサーを

持っている。


驚いたままの三田村を抱きしめ、そのまま唇に触れた。一度目の時は驚きに緊張した唇も、

二度目には少し解放され、さらに三度目を求めた時、彼女の心が僕に応えているのを感じ取れた。

三田村は気持ちを動かすエンジンがかかるまで、どんな場面でも時間がかかるようだ。

彼女のエンジンの動きに、彷徨いたくなる腕を抑え、ここが母の部屋なのだと自分に言い聞かせる。


「青山さんが……」

「来たらすぐに離す。手でも洗って誤魔化せばいい……」


励ますつもりのキスが、遊び心と行動を共に二人の温度を上げ、それに反比例するように、

出ていたコーヒーは、僕が三田村を離すまでに何度か温度を下げた。





琴子とぎくしゃくしている悟は、しばらく魂が抜けたような生活をしていたが、夏が過ぎる頃には、

少しずつ以前のような明るさを取り戻し始めた。あまり首を突っ込むのもと思いながら、

やはり気になりつい声をかける。


「しばらく放っておいてくれよ」


そう言われてしまうと返す言葉もなく、日は確実に毎日歩み続けた。





「いえ、僕はそんな注文をしていません。申し訳ないです、はい……」


ピザ以来、しばらくおとなしくなっていたいたずらだったが、忘れた頃にまた『寿司』の

連絡が入った。おかしいと思った店側の確認で、被害は未然に防いだが、いらだつ気持ちは、

また少し膨らみ始める。





「それでは、半年間、僕ら第一営業部に貢献してくださった大橋さん、そして鮎川さんと、
新しい場所で頑張っている三田村さんに……」


濱尾が計画した送別会が予定通り行われることになった。一番端に座るようにと指示をしたが、

彼女たちが主役だったことに気付いた時にはすでに遅く、魚沼部長の隣に指定された三田村は、

僕と向かい合う形になってしまった。いくら向かい合っても、ここでキスを迫るはずもないのに、

彼女は一度も顔を上げられず、とまどいの表情を見せる。


「原田、今野、今日はこっちへ座れ。みんな女性だから話しやすいだろ」


僕は精一杯の気を使い、目の前の席を空け、営業部の女性を三田村の前に配置した。

魚沼部長も真ん中くらいまで席を移動し、女性軍を固めてやる。濱尾達が気を使うのを断り、

僕は三田村から一番離れた場所に座った。


会場となったのは気を使わなくて済むような飲み放題の居酒屋で、稼ぎ時、週末の金曜日、

店は客でいっぱいだった。コースになっている料理が次々に運ばれ、目の前に並ぶ。


「あぁ……ピザはやっぱりこの間の方が美味しかったわよね」

「そうですよね、味は確かに……」


少しお酒が入っていたからか、営業部一のおしゃべり今野と、送別会で浮かれ気味の大橋が、

先日のことを語り始めた。消防車や救急車が急に会社前に到着し、僕が具合が悪くなったと

言われたこと。車でも距離が離れているピザの店から、僕の名前で10枚ものピザが注文されたこと。

はじめは笑顔で聞いていた三田村が、被害者が僕だけだと気づき、少しずつ辛そうな顔を見せる。


「ライバル会社なのか、なんなのか、結局わからないのよ。この間もね、
お寿司が届きそうになったんだから……」


すっかり酔いの回った今野は、話にいろいろな付録をつけながら、どんどん膨らませていく。

少し年上の鮎川さんが、僕にふざけた言葉を投げかけた。


「主任、女性との別れ方が下手なんじゃないですか?」

「ん?」


笑いに盛り上がる女性陣の中で原田と三田村だけが複雑な表情を浮かべる。濱尾はそっちの仲間に

入りたいことが見えるくらい腰が浮いていて、何か用事を作りながら、席を移動する。


「三田村さん、メガネ外したんだね」

「……はい」


今更何を言っているんだと、すっかりほろ酔い気分の今野に肘でつつかれながらも、

濱尾は三田村に話しかける。以前から、濱尾の気持ちが三田村に向いているのではないかと

気付いていたが、当時は気にならなかったことが、妙に気になり余計なひと言で濱尾の歩みを止める。


「濱尾、日本酒が欲しいから、頼んできて」

「あ……はい」


もしかしたら僕は、ものすごく焼きもち焼きなのかもしれない。

店員のところに向かう濱尾の後ろ姿を見ながら、そう思った。





魚沼部長が姿を消し、若手だけでカラオケへ二次会へ向かう。たいして飲んでもいないくせに、

守口はソファーで寝てしまい、大橋は手慣れた操作で、得意の曲をおかわり分まで披露した。

ピザと消防車の件を聞いてから、どこか三田村の表情は優れず、それが気になった僕は

仕事の振りをして、彼女にメールを送る。


解散した後に、乗換駅になる場所で下り、一緒にタクシーで帰ろうと提案すると、

三田村はすぐに了承する返事を寄こした。僕の気持ちに応えてくれつつある彼女だけれど、

まだ気持ちは揺れていて、この事件を起こしたのが、アイツかもしれないという疑問を

持ったままなのは、よくない気がしたからだ。


営業部のメンバー達がそれぞれに散り始め、僕は三田村より遅れて電車に乗った。

待ち合わせに決めていた駅で降り、すでに閉まった百貨店の前に、三田村は黙って立っていた。

後ろからゆっくりと近づき、肩を軽く叩く。


「あ……」


僕は彼女の手を取り、駅から少し離れたタクシーを拾いやすい道まで歩き出す。

暑苦しい夏は終わり、夜風に吹かれると気持ちいい季節ではあったが、歩き続けるわけにも行かず、

走ってきたタクシーを捕まえた。


「岡町まで……」


後部座席に並んで座るのは、京佳さん達と車に乗った以来だった。同じように僕が先に乗り込み、

後から三田村が隣に並ぶ。


「三田村はあんまりお酒が強い方じゃないんだな。耳が赤い」

「……主任……」


来るだろうと思っていた質問は、乗車してすぐにやってきた。無理にはぐらかす必要もないので、

僕は彼女の方を向き、答える姿勢を取った。


「私が、迷惑をかけているんじゃないでしょうか」

「……どうして?」


そんなふうにしか聞けない彼女の気持ちが、心に痛かった。互いに同じ人物を思い浮かべながらも、

どこか違うと信じたい彼女の想いが理解でき、僕はしばらく何も言えなくなる。

少しどこかで心の窓を開けたいという想いはあったが、そんな時に限って車は順調に走り続ける。


「あまり考えるな……」


それから互いに黙ったまま、三田村は車窓から外の景色に目を向けた。

彼女の耳の下のほくろが、僕にはどこか哀しく見えた。





37 気持ちの方向 へ……




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コメント

非公開コメント

ももんたさん 早いupが嬉しいです♪

ピザの次はお寿司かぁ・・・ーー;

>「私が、迷惑をかけているんじゃないでしょうか」
卑劣なあいつの行動なのだろうに
自分のせいだと思ってしまう三田村ちゃんが
健気で可哀想で・・・。。。なんか辛いですね。

彼女の耳の下のほくろが、哀しく見えるなんて、、なんか祐作の気持ちが胸にぐっと来てしまいました・・。
このあと、タクシーから降りてすぐさよなら~にはならないですよね?

キスシーンもドキドキでしたが・・
>もしかしたら僕は、ものすごく焼きもち焼きなのかもしれない。
・・て言う
祐作、本音が見えて可愛かったです^^

焼きもち焼きの祐作、可愛いかも(^^)
始めは望のほうが片思いだったのに、いつの間にか
祐作のほうが夢中?
隙有らばキスしたい!みたいなところがいいわv-10

まだ何か嫌がらせしてくるかもしれない、けれど望に心配させたくないし、悩みは尽きない。v-388

男の人って

eikoさん、こんばんは!
早いUPを喜んでもらえて嬉しいです。


>彼女の耳の下のほくろが、哀しく見えるなんて、、
 なんか祐作の気持ちが胸にぐっと来てしまいました・・。

浩太が怪しいのは間違いないけれど、
望の気持ちを考えると、祐作は強く出られません。
ハッキリしてないってところが、辛いとこです。v-409


>祐作、本音が見えて可愛かったです^^

祐作の語りですからね。そんな本音はチラチラするでしょう。
男の人って、子供の気持ちを、絶対に持っていると思うから。

守ってやりたい

yonyonさん、こんばんは!


>始めは望のほうが片思いだったのに、
 いつの間にか祐作のほうが夢中?

望のことを知るたびに、男としての気持ちが芽生えてv-22いる
祐作です。『守ってやりたい』が強いんですよ。

隙あらばキスv-24……も、その想いの延長で、
じっと我慢するタイプじゃ、ないんでしょうね。

さてさて、この問題はどう片付くのか、
続きもお付き合いくださいませ。

どっちへいくか

yokanさん、こんばんは!


>やっぱり嫌がらせのことを気にするよね(ーー;)

そりゃ、なりますよね。
自分と関わりを持ったからこそ、されている嫌がらせなのは見え見えですから。v-393

この事件が、どう二人を展開させていくかは、
続きを楽しんでいただきたいなぁ……と。

いい方へいくか、悪い方へいくか……

嬉しいです

拍手コメントさん、こんばんは

>面白い、つづきが気になる作品ですね^^。

ありがとうございます。
先が……と思ってもらえるのは、一番うれしいことですよね。
長い創作ですので、目を疲れさせないようにしてください。