サイダー 2 彼女に似た彼女

2 彼女に似た彼女


高校時代、あいつは剣道部だった。小学校の頃からやっていたというだけあって、

のんびり屋のくせに、試合だけは結構勝っていた。


「ねぇ、ブン……まだ終わらないの?」

「うるさいな、片付けだって色々あるんだよ」


面や竹刀を丁寧に片付け、きちんと道場に頭を下げる。礼に始まり、礼に終わる……その精神の元、

それは毎日続けられていた。私は手に1本のサイダーを持ち、ブンの儀式が終了するのを待っている。

一口飲んだそのサイダーは、シュワッ……という爽快感をノドに残した。


「あ……」

「ちょっとだけ……」


私が口をつけた同じ場所に、ブンも口をつける。のどぼとけが何度も動き、

ブンがサイダーを飲んでいくのを確認する。


「ブン、全部飲まないでよ!」


右手でまぁまぁ……というようなポーズを取り、サイダーは半分くらいなくなった。


「サンキュー!」

「……うそ、何この軽さ……」


私はその缶を受け取り、何事もなかったかのようにまた口をつけた。



『これでも……キスなのかな……』



ただの幼なじみじゃないブンのことを、ドキドキしながら見ていた日々。このまま、ずっと二人は

1本のサイダーを分け合うものだと思っていた。





「なぁ、ユン。湯河原行き、なんて理由をつけた?」


一緒に駅の階段を降りながら、ブンは私にそう問いかけた。


「別に、ブンと一緒だよって言っておいたけど、ダメ?」

「……すげぇ、何それ。それでOKなの? ユンのうち……」

「だって……」


だって、もうすぐ挨拶に来るんでしょ? そうは言わなかったけど、みんなわが家では

そう思ってるんだから。私は、なんだかとんでもないことをしたような気分になった。


「谷岡さん!」

「……はい?」


待っていたんですといわんばかりに、いきなり声をかけた女性。

私には目もくれず、ブンをまっすぐに見つめている。


「この間はすみませんでした。おかげ様で実家に戻れました……。よく考えたら、あのお金がなくて、
戻れたんですか?」


私は、その女性の顔をしっかりと見た。いや、本当は見たくなかったけど、

どうしても見なければならないくらい……私の心を動揺させた。


「わざわざここまで来たの? また、スタジオででも渡してくれたらよかったのに」

「でも……」


彼女はその時初めて私の方を向き、ブンと関係のある人間だと思ったらしく、

小さく頭を下げてくれた。私も合わせて会釈する。


「これ、お土産です。どうぞ」

「悪いなぁ、逆に」

「いえ……」


もういい。早くここから消えて欲しい……。私の頭が、忘れていた記憶をどんどん思いだしていく。


「それじゃ、また……」

「さよなら……」


ブンは彼女に軽く手を降り、私の方を見た。彼女が持ってきたお菓子の包みを手渡してくる。


「ユン、持って帰れよ。お前のうちみんな好きだろ、甘いもの。
うちはお前んとこの大福しか食べないからさ……」

「……」

「ユン……」


財布を無くした……と言っていたブン。私はそう信じていた。でも、違うじゃない。


「ブン……あの子にお金貸したの?」

「……あぁ、うん。撮影所でいつも世話になる花屋の店員さんなんだ。
来る途中でスリにあったんだって。で、お母さんが具合が悪いから、
実家へ戻ろうと思っていたのにって言うから……じゃぁ、また会ったときに返してって貸してあげた」

「なくしたって言ったじゃない」

「説明面倒だったからさ。どっちだっていいじゃないか、なかったことには変わりないんだから」


私は少し早足で家に向かって歩き出した。どっちだってよくなんかない。彼女を見た時、

すぐに浮かんだ顔があったからだ。


綾に似ている……。





私とブンの距離が縮まらなかったのは、綾がいたからだった。高校で一緒になった綾は、

ブンと同じ剣道部に入部した。背が高く、髪の毛はショート。性格も明るく、

誰とでも仲良くなれるタイプ。


「なぁ、ユン。三橋って結構おもしろいやつだよ」

「三橋って綾のこと?」

「あぁ……」


綾と始めに仲良くなったのは私の方だった。クラスも同じで話しも合った。しかし……。


「綾!」

「ブン……」


同じ部活だから……同じ方向だから……。二人の距離が近づいていくのを側で見ていただけの私。


1本のサイダーを二人で分けたあの日から、2ヶ月。夏休みの午後、

道場にいるブンを訪ねた私が見たのは……。



キスをする二人だった……。



「綾が好きなんだ。あいつといると、楽しいし……」

「ふーん……」


ずっと隣だった私を飛び越えて、綾はブンの隣を奪っていった。剣道部のキャプテン同士の恋。

何事もハッキリと気持ちを表すブンは、綾とのことも隠さなかった。


四年制の大学に進んだブンと綾。短大に進んだ私。それぞれ学校は違っていたけれど、

ブンと綾との交際は続き、私はいつのまにか一人になっていた。


高校3年の時にキスを覚えたように、きっとブンは綾と少しずつ『恋』をしていったのだろう。

二人でいることも、自分が男で、相手が女であることも……きっとその頃知ったのだと思う。


二人より早く就職した私が、まだ新入社員としての若葉マークをつけられていた5月、事件は起きた。


「ねぇ、どうしたの? 綾のうちの前、すごい人だったけど。なんだかカメラとか来ていたし……」

「ユン、綾ちゃんのお父さんがさぁ、会社のお金を横領して捕まったんだって……」

「エ……」


綾の父は、大手の貿易会社に勤めていた。両親と一人娘の綾。

幸せを絵に描いたような家族だったのに……。


「ねぇ、綾は? 今、どうしてるの?」

「さぁ……」


私は、すぐに家を飛び出し、綾の家へ自転車で向かった。ブンを取られたとはいえ、

綾は本当にいい子で、私にも優しい人だった。父親のことで、辛い思いをしているんじゃないか……。


そして、その綾を思っているブンは……。


家の周りを取り囲むマスコミの人達の輪……。その輪から外れ、一人立っているブンがいた。


「ブン……」

「……ユン……」


どこか呆然としているブン。手には携帯を持っている。


「ねぇ、綾は? 綾には会ったの?」


ブンは何度も首を振った。その顔がだんだんゆがみだし、やがて頬を涙がつたっていく。


「ブン……」

「あいつ、家を出て行ったんじゃないかな……」


それから10日、家を囲んでいたマスコミの人達も消え、いなくなった綾達一家のことも、

町の人が口にしなくなった日。私は頼まれたものを買いに、スーパーへ向かう途中、

綾の家の前を通り過ぎようとした。


玄関前のたった3段の場所に座り、肩を振るわせて泣いているブンがいた。綾は結局、

ブンに何も言わないまま、この町を出て行ったのだ。


ブンの心に大きなキズを残したまま……。


「お兄ちゃん、ずっとこもりっぱなし……」

「そう……」


一つ年下の真美ちゃんから、ブンのことを聞く。苦しいくらいブンが好きなのに、

何もしてあげられない自分に腹が立っていた。こんな状況でもあいつの心の中は

綾でいっぱいになっている。


それから1年。何事もなかったかのように大学へ通い、就職を決めていくブン。

私は今までと同じように『幼なじみ』として就職決定の祝いをした。


綾の名前は出さない……。決めたわけではないのに、二人の約束。

それでもそれから特定の彼女も作らないブン。私は覚悟を決めた。



『忘れよう……ブンのことは……』



頼りがいのあった職場の先輩。山瀬さんと付き合い出す私。短大の友達がよくこういっていた。



『女は愛するより愛された方が幸せなんだよ……』



そう、山瀬さんは私をちゃんと愛してくれた。イヤだと言うことは絶対にしなかったし、

常に私を見てくれていた。その優しい気持ちに答えたくて、私は彼と時を過ごした。

こんなふうに、愛されて……きっと、心の中が彼でいっぱいになっていくのだろう……

そう思いながら……。





「ユン!」

「……」


ずっと無言で歩き続けている私に、機嫌の悪そうなブン。


「何怒ってるんだよ。もう家につくんだぞ」

「……」


聞きたかった。でも、聞いてはいけないことだった。



『ブン、あの子が綾に似ているから、優しくするの?』



ブンを失いたくない私は、夢中でブンを抱きしめる。


「ユン……お前、この間言っていたことと、やっていることが違うんじゃないの?」

「うるさい! たまにはこんな日もあるんだから……」


ブンは私のおでこをつつき、顔を上げさせる。


「しょうがないなぁ……ユンは……」


そう言って、顔をゆっくり近づけた。目を閉じ唇が重なる。ブンの少し厚い唇が、

私の怒りを吸い取っていく。



『ブン、そのキスはウソじゃないよね……』



私は、目に涙を溜め、ただそのキスを受けとめた。





3 ゆっくりとした時間 へ……




頑張れユン! 頼むぞブン!

ランキング参加中。よろしかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

はぁ・・
幼馴染が、別の子と恋してるのって
ほんと見てるのが辛いよね・・・ToT

ブンの昔の恋は、不完全燃焼で終わってるみたいで
なんか心配・・・。

あ~続きが読みたい・・。
あちらで読んでこようかな・・・と思いつつ
こちらで読もうと決心したので、じっと我慢・・^^;

不完全燃焼

eikoさん、こんばんは!


>ブンの昔の恋は、不完全燃焼で終わってるみたいで なんか心配・・・。

でしょ? ユンもそう思っているのですよ。
心が残っているのではないか……と。

さて、この複雑な気持ちは、どういう方向を向くのか!


>あちらで読んでこようかな・・・と思いつつ
 こちらで読もうと決心したので、じっと我慢・・^^;

あはは……どちらでもいいですよ。eikoさんのリズムで、読んでくださいね。

いつもコメント、ありがとう。

ユンは頑張りますよ

yokanさん、こんばんは!


>ブンをずっと見ていたユンの気持が切ないね。
 ブン、ユンを裏切らないでね。

ユンはまっすぐに、幼なじみのブンを愛している女の子なんですよ。
ユンの口調なので、その辺の切なさも、感じてもらえたら
いいのですが。

ぜひ、最後までおつきあいくださいね!