59 いつもの場所 【59-4】

【59-4】

「私には、これだけ愛してくれる人たちと場所があることが、うらやましいって……」


本当は、自分の生き方を、身近な人たちに認めて欲しいのだと、

紘生が訴えかけていた日。


「ねぇ、お母さん」

「何?」

「紘生ね、お父さんに机と椅子を作ったの。社長室に置いてもらえるような、
すごくしっかりした材料とデザインで……」

「お父さんに? あら、それじゃわかってもらったの」

「違うの。お父さんには何も話をしていないの。紘生が自分でお金を出して、
デザインも全て頑張って、で……勝手に贈るつもりなの」


そう、紘生が何ヶ月も前から計画していたこと。

その時はそれでいいとそう思ったけれど、カレンダーの丸印が近付くたび、

私はただ、見つめていればいいのか、不安になってきた。


「デザインもね、本当にいいものなの。材料だって……紘生が精一杯、
お父さんのために選んで、作ったのだけれど……もし……」



もしも……



「受け取ってもらえずに、送り返されたらと思うと、なんだか」

「知花……」

「私、今まで親の存在をあらためて考えたことなどなかったけれど、
お父さんもお母さんも、私がこうしたいと話すと、いつも賛成してくれた。
そればかりじゃないよ。幹人との結婚がダメになったときも、黙って待ってくれて……」


責めることなく、焦らせることなく、私を信じてくれた親。


「紘生を見ていると、本当に自分は恵まれているんだなって、そう思えてきて」


現実から逃げ出したいと思ったとき、私は和歌山に近づける電車に飛び乗った。

どうして来たのなんて聞かず、当たり前のように温かい食事を出してくれた伯母。


「伯母ちゃんも、本当にありがとう」

「知花……」

「私は……彼の一大決心に、何をしてあげたらいいのか、何も浮かばなくて……」



ただ、カレンダーを見つめるだけで……



柱時計が、ボーンと時刻を告げる。

女3人。時を決められていない飲み会。


「知花はそのままいればいいと思うわよ」

「……エ?」

「そう、伯母さんもそう思う」


二人の意見は、同じなのだと、互いに顔を見合わせ、そうだよねと笑顔を見せた。


「そのままって……」

「知花がいてくれるから、知花だけは変わらずにいてくれると、
折原さんが思えるようになったから、きっと、踏み込めたのだと思う」

「踏み込めた?」

「そう……昔、和歌山のおばあちゃんが亡くなったとき、お母さん悲しくてね。
まだ、知花が小学校に上がる前だったでしょ。もっともっと成長を見て欲しかったし、
悔しかった。失ったという喪失感が大きくて、
本当にどうしたらいいのだろうかと思ったけれど、
その時、お母さんのそばには、お父さんと知花と知己がいたの」


和歌山のおばあちゃん。

私が幼稚園の頃、急に亡くなってしまった。


「お母さんは亡くなってしまったけれど、私は一人じゃないんだっけって、
お母さん、知花と知己の手を引きながら、お葬式でそう思ったもの。
お父さんに肩を叩かれて、そう思ったの……」



一人ではないということ。



「そうだよ知花。それはお父さんが決めることだから、
確かに送り返してくるかもしれない。でも、そんなことで折原さんはめげないよ。
そうじゃなければ、堂々とおじいちゃんの前で、知花が好きですなんて、
語れないって」

「……伯母さん」


母は、空になった私のグラスに、また少しだけワインを注いでくれる。


「知花は、いつものようにしていればいいの。いつものようにしてくれることを、
きっと望んでいると思うわよ」

「……うん」


いつものように……食事を作って、一緒にお酒を飲んで、

笑っていれば、それで……


「これは近いね、真子さん」

「エ?」

「いやいや、知花も近いよきっと……」


伯母さんはそういうと今日は楽しいのでもう少し飲むと言いながら、

またグラスにワインを注ぎ始めた。





『そのままで……』


母と伯母の言葉は、私の心の奥深くまで届いた。

特別なことなど何もすることなく、そのままの紘生を受け入れていること。

それが彼の望むことだと……

時計を見ると、日付が変わりそうな時刻だった。

でも、思い出していたからか、声が聞きたくて電話をする。

呼び出しが3回目になるとき、『もしもし』の声がした。


「紘生?」

『うん……』


かけたけれど、何をどう言おうか、決めていなくて。

私は火は大丈夫かとか、お風呂には入ったのかとか、どうでもいいことを尋ねてしまう。


『大丈夫だよ。今日は食事も外で済ませてきたから、火は使ってません』

「うん……」


そう、一人暮らしだって長くしていた人なのだから、そんなこと心配しなくても、

大丈夫だってわかっている。


『伯母さん、お元気だった?』

「うん、とっても明るくて。賢哉君のお嫁さんがおめでたになったって、
すごく嬉しそうだった」

『へぇ……そうなんだ』


壁にかかった時計が、12時を通過していく。

もう、切らないと。


「明日、帰るからね」

『うん……』


どうでもいいような会話、でも、ここに『いつも』がある気がしてほっとする。


「おやすみ」

『おやすみ……』


優しい月明かりを背に受けながら、私は受話器を閉じた。




【59-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
タンスや棚のような『箱物家具』、椅子やテーブルのように
脚がついている『脚物家具』、さらにラックなどの『小物家具』があり、
家具はおおよそこの3つに大別出来ます。

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