【S&B】 39 嵐の前の二人

      39 嵐の前の二人



季節は10月に入った。半年間頑張ってくれた大橋達が第一営業部から姿を消し、また、

新しい顔が加わった。黒縁のメガネをかけた十勝君は、コンピュターの専門家で、

今まで派遣社員が2人でこなしていた仕事を、一人で引き受けることになる。


「それは、基本から外れますね」

「ん? だから、基本は基本。なんでも当てはまらないんだよ」


基本を守ることを第一に考える十勝君と、規格からすぐに外れてしまう守口とは、

こんなやりとりが毎日行われた。


しっかりと数式に当てはまるような言動は、彼の性格そのものなのだろう。

初めは扱いにくい男かと少し警戒したが、繰り返される言葉には悪意などなにもなく、

気がつくと営業部にしっかりと馴染んでいた。


携帯にメールの知らせが届き、僕は言いあう二人を見ながら左手で開く。

そこには無事、福島へ到着したという望からの連絡が入っていた。





「高いんだなぁ……」

「だからもう少し駅を先へ延ばそうって言ってるのよ、ねぇ、祐ちゃん」

「悟はここの生活に慣れちゃったんだろう。お前、今度は1万円じゃ済まないからな」

「わかってるよ」


本音を出してぶつかった悟と琴子は、結婚という形を取らずに、しばらく同棲生活を

することになった。『一緒にいたい……』という気持ちを優先させた結果だと聞いた時、

無理に結論を迫らなかった悟に、頼もしさを感じた。


琴子が得意な『シーフードカレー』の匂いが漂い、手際よく作ったサラダとスープが並ぶ。

デザートとして、前に買ってきてくれたプリンが冷蔵庫に入っているのは、僕の楽しみだ。


「まぁ、琴子に任せるよ。だいたいお前が決めた方が、いつもうまくいくことが多いからさ」


悟は不動産屋でもらってきた物件の紙で紙飛行機を作り、右手で上へ放り投げた。

無風の中で綺麗な飛行をし、手作りサラダが入った大皿の少し手前で着陸する。


「あ、もう! 中に入ったらどうするのよ、バカ!」


そんな普通のやりとりが心地よく、僕は琴子の手伝いをするために立ち上がった。ここで、

こんな食事を3人でするのは、あと何回あるだろう。二人が離れていくことは当たり前なのに、

少し寂しい気分になる。


「祐作を残すことだけが心残りだと思ってたけどさ、実はこいつがしめしめと思っていることに
気付いたから、今じゃなんともないよ」

「ん? しめしめって、なんだそれ」


悟はソファーの上に残した携帯に触れ、僕に向かって軽く揺らす。その表情は何かを掴んだ、

ベテラン刑事のようだ。


「おばさんが言ってたよ。祐作にはセカンドハウスが出来たのよって……」

「は?」


望の心を抱きしめた日、確かに母のところへ戻ったのはとっくに日付も変わった深夜だった。

こっちに何も追求せず、悟に言ってしまうところが、本当に母らしいと実感する。


「それがさぁ……また、望ちゃんってところが笑えちゃうんだけどね」


そうだった。悟がここへ転がり込むまで、僕のそばにいた女性も確かに希美だった。

でも、それが重なったりすることはなく、気持ちは100%一人だけになっている。


「そんなこと関係ないわよ。祐ちゃんが選んだ人だもの。きっと、素敵な人に違いない」


いつもながらの琴子の優しい言葉に、落ちていたクッションを軽く悟に向かって蹴ってやると、

パフッという音をさせて悟の頬に当たり、テーブルの上に落ちると、つまみの枝豆を散乱させた。





一人になりベッドに寝転びながら、望からの連絡を受ける。久しぶりに訪れた駅はすっかり様子を

変えていたこと、大好きだった店が、店番のおばあちゃんを亡くし閉めてしまったこと。

高校時代の友人が戻ってくることを知り、家を訪ねてくれたこと。飛び越えられなかった時を

越えた彼女を待っていたのは、思っていたよりも優しい故郷の姿だったようだ。


「来なかったんです、時間に……」


待ち合わせをしていたはずのアイツは姿を見せることなく、一人旅だったことを聞き、

単純に何かがあったのかと思ったが、気まぐれに動く男らしい態度かも知れないと、

気にしないように告げた。


「今、電話するまで作品を作ってたんです。なんだか緊張しちゃって、
なかなか針が進まないんですけど」

「そんなに堅苦しく考えるな。チャレンジするだけだって、そう言っただろ」

「そうなんですけど……、どうしてもそう割り切れなくて。みんなの前に出て行くんだから、
少しでもかわいいと思って欲しいなと、ついつい……」


部屋の中でこじんまりと裁縫を続ける、望の姿が鮮明に浮かんだ。それだけでなく、

駅からキョロキョロとあたりを見回す姿や、久しぶりの友達との再会で、顔を赤らめる姿まで、

そこにいるわけでもないのに、しっかりと浮かび上がる。


「楽しんでおいで……」


余裕がありそうな、もっともらしい言葉でその日の電話を閉めたが、僕の本音はそこにはなく、

彼女への熱を封じ込めるだけで、時計の針がスローモーションのように見えた。





心配していた状況も、アイツが結局田舎に戻らないまま何も起きず、望は最初の予定通り

1週間で福島から帰京した。この後、濱尾と動くことになるメーカーとの打ち合わせを終え、

たまには一緒に飲みましょうという誘いを断り、アパートへ向かう。


玄関へ近づくと、回っている換気扇からする、味のしみた煮物の香りが廊下で僕を出迎えた。


扉を軽くノックすると、笑顔の望が顔を見せた。旅立つ前より明るくなった表情に、

ほっとして言葉をかける。


「お帰り……」

「いらっしゃい……」


部屋の中には2つダンボールが置かれ、中には野菜やお米など、生活に必要なものが

入っていた。おそらく福島の伯母さんが、彼女の生活を心配し送った物だろう。

僕は自分で上着を脱ぎ、かけられているハンガーを手に取った。あのドラムケースの横にも、

同じようなダンボールが置かれている。


「結局、浩太君は戻らなかったんだ」

「……連絡もなくて。携帯にも何度もメール入れたりしたんですけど、全然」


ダンボールには間違いなく『浩太』と書いてあるのに、望のアパートへ届けることしか

出来なかったご両親の気持ちを考えると、単純に切なくなった。





望は疲れたのか静かに眠っていた。何もなく戻ってきてくれたこと、こんな無防備な表情を

見せてくれるようになったことが、心地よく僕の右手に、重みを感じさせる。

テーブルの上には、お土産に買ってきたケーキの箱の残りと、彼女が福島で作り上げた

ウエディングベアが隙間から入り込んだ月あかりに照らされた。


僕は互いの体温に少し汗ばむ気がして、軽く上掛けに触れると、望はうっすらと目を開ける。

自分が僕の腕枕で寝ていたことに気付き、すぐに頭を外し、少し下から申し訳なさそうな

表情を浮かべた。そんな顔をして僕を見ないで欲しい。一度納めた想いがまた、

すぐに熱を持ち始める。


頭は冷静に考えていたはずなのに、唇はすぐに彼女を捕らえ、

終わるはずの夜はまた針を進め始めた。





40 嵐の中で へ……




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コメント

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ももんたさん おはヨンございます^^

望ちゃん 「旅立つ前より明るくなって」福島から帰ってきて
祐作もホッ一安心ですね。
過去に向かい合う勇気を彼からもらって、望ちゃんも吹っ切れたみたい^^
ウエディングベアを作り上げてくるなんて・・^m^ 彼女の心の充実ぶりがうかがえます。

祐作も彼女を待っている時は・・・
「時計の針がスローモーションのよう・・」で
二人で過ごす夜は・・・
「終わるはずの夜はまた針を進め始めた」・・・(〃▽〃)
ももんたさんの巧妙な表現に、うっとりしてしまいました^^

でもタイトルを見て・・・
これから嵐が起こるのね~~;;
郷里に帰れなかった浩太君、また、ひと騒動かしら・・・?


コウちゃんはどこ?

eikoさん、こんばんは!


>望ちゃん 「旅立つ前より明るくなって」
 福島から帰ってきて 祐作もホッ一安心ですね。

そうですね。望の言っていた通り、福島で
過去を吹っ切ってきました。


>でもタイトルを見て・・・
 これから嵐が起こるのね~~;;
 郷里に帰れなかった浩太君、
 また、ひと騒動かしら・・・?

浩太君、また、やらかしてくれるんですよ、
詳しくは……次へ!

コウちゃんはどこ? 2

yokanさん、こんばんは!


>三田村から望・・・いつ変わったの、
 今回初めて気づいた。
 もしや、あの夜から・・・^m^

あはは……そう、その夜かもしれないよね(笑)
男って支配欲が強いから、名前で呼びたく
なるのでしょう。


>コウちゃんが姿を現さないのが不気味だわ(ーー;)

はい、不気味なのです。次回へ続く!

熱い思い

何だか妄想爆走してしまいました。熱い思いを封じ込めた。
ヘヘヘ(^^)エロなyonは祐作君右手のお世話になっちゃったのかな~~?なんてね(爆) 

健全な男と女、愛しさが増してくれば当然のこと。
アイツが現れなかったのは嫌な感じがするけど、もう望みも構わない方がいい気がするなー。

悟と琴子も前進したようだし・・・

幸せな二人ですね(*^^*)
望の部屋に向かう祐作のニマニマしたお顔が見えるようです。足取りかるくアパートの階段の上ったんだろうな♪恋する少年の心を一緒大人にみせてるね

困難がだんだん近づくのかな。ヒタヒタと足音が聞こえるようです(+_+)
ドラムケースの鍵が何だか気になります。続きが出るまで(色々とソーゾーして)じっと待っていますね(^-^)/


妄想力

yonyonさん、こんばんは!

あはは……妄想が全開してるよ、yonyonさん。
まぁ、いいか。創作は妄想が命ですからね。


>アイツが現れなかったのは嫌な感じがするけど、
 もう望も構わない方がいい気がするなー。

なんだけどね、そうはいかないのよ
これがまた……

悟と琴子のように、前進! すればいいんだけど。

嵐が来ても……

ナイショさん、こんばんは!

このままハッピーエンド! とは、まだ言えないけれど、
ちゃんと二人は進んでおります。
嵐の前ですからね、何か起こるのは間違いなしなんですけど。

どんなふうに越えていくのかも、楽しんでもらいたいなと思っています。
これからも、よろしくね!

ヒタヒタと

mikky-tinkさん、こんばんは!


>幸せな二人ですね(*^^*)
 望の部屋に向かう祐作のニマニマした
 お顔が見えるようです。

あはは……ニマニマか、そうかもしれないな。
恋をしている時は、そんなものでしょう。
戻ってきたということへの、安堵感もあるだろうし。


>困難がだんだん近づくのかな。
 ヒタヒタと足音が聞こえるようです(+_+)

聞こえましたか。でもね、そんなことがありながら
絆は磨かれていくものですから。
これからも、よろしくお願いします。

気になるのは彼なの・・・

望ちゃんの心に触れて、祐作の気持ちに応えて、二人の関係は落ち着いているように見えるけれど、
まだいろんなことが手探りなんだよね。

悟と琴子は、ケンカしながらも落ち着いた関係に見えるからなお更そう思うのかな。

コウちゃん、来なかったんだ・・・
彼の屈折した心は、今、何に向かっているんだろう。
望と祐作の間にある信頼関係が、彼には嫉妬を超えた恨めしさに見えるような気がしてならない私です。

時計の針は、みんな同じように進んでいるのに、コウちゃんの針だけは生き急ぐように思えてねぇ・・・
いま、主人公の二人より気になる人なのよね。

嵐の前なんだ、次回は覚悟が必要?^m^

コウちゃんの心

なでしこちゃん、こんばんは!


>コウちゃん、来なかったんだ・・・
 彼の屈折した心は、今、何に向かっているんだろう。

何に向かっているのかなぁ……
確かに、祐作と望の関係が、影響していることは確かなんだけどね。


>いま、主人公の二人より気になる人なのよね。

そうか、そんなにインパクトあるのか。
では、彼の行き先を見守ってやって。
次回は嵐だと思うけど、まぁ、傘をさして立っていればいいくらいだと思うよ。

テレテレ

拍手コメントさん、こんばんは

>祐作と望の絡みには、ちょっと刺激が強いようで、

そうでしたか。
ああいったシーンを書くのは、得意ではないんですけど、
でも、流れで書いてみました。
本人、メチャクチャ照れております(笑)

アイツ……
これからさらに動きますので、どうか最後まで読んで下さいね。
慌てずに、どうぞマイペースで。