サイダー 8 離れられない人

8 離れられない人


『綾に会った……』



あまりにもあっさりと認められ、私はそれ以上何も言えなかった。いつもの駅じゃない場所で降り、

向かったのは、二人で住むことになる部屋。


「いいの? 入って」

「いいんだよ。カギをもらったし、ちゃんと家賃だって払うんだから」


ブンはそう言うと、カギを開け部屋へ入っていく。もちろん、まだ、部屋にはなにもない。

あるのは入居者用の説明書や、備え付けされているエアコンのリモコンだけ。


「ユン……」


ブンは私の方を向くと、深々と頭を下げた。


「ごめん……」

「……何か理由があるんだよね、そうでしょ?」


私は自らそう問いかけた。

ただ、謝られたら、そのままブンがどこかへ行ってしまいそうな気がしたからだ。


「それでも、会わないって約束したんだ。それを破ったことには変わりない。さっき、
ユンに言われてそう思った。結局、ユンを傷つけてるだろ……。言われる前に言うべきだった……」

「……説明……してくれるんでしょ?」

「隠さずにちゃんと説明するよ」


ブンはそう言うと、私の手を引き、強く抱きしめた。





部屋の壁に並んで寄りかかり、ブンはゆっくりと話し始める。


「この間、守口さんの見舞いに行っただろ」

「うん……」

「そこで綾に会ったんだ」

「……エ?」

「あいつも、入院してた……」


綾が入院していただなんて、私はどうして? とすぐに問い返した。


「肝臓を悪くしているんだって……」


その時の二人の会話はこうだった。


「職業病でしょ? アルコールで、疲れさせちゃったのよ。少し入院するとすぐに数値は戻るから」

「戻るって……ずいぶん慣れているような言い方するけど、初めてじゃないのか? 入院するの……」

「ここじゃ初めてだけど」


驚いたようなブンの表情に、綾は少し伸びをして笑う。


「あんな仕事、お前に向かないって事なんだよ。やめろよ……」

「簡単に言わないでよ。じゃぁ、誰が生活させてくれるの? ブン……私を養ってくれる?」


そんな綾の言葉に、困った顔をするブン。そればかりはどうしようもない。


「いい人ぶって……余計な口を挟まないで!」


ブンの先輩守口さんは、綾がブンの同級生だと知り、電話番号の交換をしていた。

そんなことを全く知らなかったブンの携帯に、綾からメールが届く。



『ブン、おかげさまで退院しました。これ、守口さんから聞いたんだ。ねぇ、快気祝いしに、
お店に来てよ! ボトルくらい入れてくれたっていいんじゃないの?』



綾には会わない……。ブンはその約束を忘れたわけではなかった。

そんな綾からのメールに返信しない日々が何日か過ぎ……。



『守口さんが来てくれました。二人でブンの悪口で盛り上がったんだからね!』



それでも時々送られてくる綾からのメールに、ブンは初めて返信をする。



『店には行かない。そんな仕事さっさと辞めて、ちゃんと治療しろ!』



ブンはポケットから携帯電話を取り出し、私の目の前に差し出した。


「ウソじゃない……見てもいいよ……」


私はそんなことはいい……と首を横に振る。


「ユンに話しをしようと思ったんだ。でも、おじさんのケガのことがあったし、
それに……綾からこんなふうにメールが来ていて、どうしたらいいと思う……なんて
すぐに言えなかった」

「……」

「もし、ユンにこのことを話して、綾のことなんて放っておけって言われても……」

「……」

「きっと俺、放り出すことも、出来なかったから……」


入院した綾を見て、アドバイスして、それでも仕事を辞めないことを知ったブン。

確かに、切り捨てることなど出来なかっただろう。


嫌いで別れたわけではないのだから……。


「自分の中で、勝手に線引きをしてたんだ。会わない……って言ったんだから、絶対に会わない。
でも、メールや電話は許されるんじゃないか……って」


しばらくメールのやりとりをしていた二人だったが、それでも治療をしない綾に、

ブンは電話をするようになる。


「体に無理させたらどうなるのか、薬剤師を目指していたお前ならわかるだろ」

「私だけなら……すぐにでも辞めるわよ……」


綾には店に借金があった。100万くらいじゃないかとブンは言っていたが、

綾の母親が入院する時に、費用として借りた物らしい。


父親が逮捕され、逃げていった綾。もちろんそこから家族はバラバラで、大学も途中で辞めていた。


親のあたたかさに包まれ、ここまで来た私とは……あまりにも違う。


「昨日は会社の下にいるからって電話をもらって、検査をすっぽかしたって言われて……。
あまりにも腹が立って会社を飛び出していた。そのままあいつをつかまえて病院へ連れていったんだ」

「あ……」

「エ?」

「あのね、私のメールの返信が、病院に行けとか、後は知らない……とかそんな感じだった。
じゃぁ、あれ、綾に送るつもりだったんだね……」

「……あ、そうなんだ……ごめん、慌ててたんだな、俺……」

「そうだったんだ……」

「会ったのは昨日だけだ。それはウソじゃない……ユン、本当にごめん!」


ブンは私の方を向き、土下座するように謝っている。


「そんなことしないでよ、ブン……。もういいよ、わかったから……」


責めることなんて出来なかった。ごまかすこともせずに、ちゃんと向き合って話してくれただけで

十分だった……ただ……。


「ちゃんと話してくれたら、私だって放っておけなんて言わないよ。
だって、友達だったんだよ……知ってるでしょ?」

「うん……」

「ただね、昨日、道路の反対側で並んで立っている二人を見た時、あまりにも似合っていて、
ちょっぴり妬けたんだ……」

「ユン……」

「私の心って、ものすごく狭いよね……」


ブンは顔を上げて、無理に笑おうとしている私を見た。


「もう、過去だよ……」


ここには私たち以外誰もいない。そして何もない……。隠さずに全てを話そう。

私はしまい込んでいた気持ちを、思い切り吐きだした。


「もし、あの事件がなかったら、ブンの隣には今でも綾がいたんじゃないかって、
ふっと考えることがあるんだ。だから綾に会いたくなかったし、ブンにも会ってほしくなかった。
会ったら、また昔の気持ちが……」

「それは違う、違うよ、ユン」


私は気持ちを途中で止められ、ブンの方を向く。


「確かに、綾がいなくなった時、このまま立ち直れないんじゃないかっていうくらい落ち込んだ。
急に消えてしまって、連絡もなくて……。それでもユンやみんなの協力で、少しずつだけど
戻ることが出来た。大学にも通って、就職して……」

「……」

「ユンがそばにいることに……期限があるなんて思ってなかったから……」

「……」

「お袋に頼まれて豆大福買いに行ったらさ、ユンがデートに出かけたって聞いたんだ。
その時初めて、お前が隣にずっといるもんじゃないんだって気がついた。部屋から一日中
お前の部屋を見ていて、夜になっても灯りがつかなくて……。イライラしてた。
たまたまコンビニに行こうとして、化粧をしたユンを見かけた時、行くな! って
止めそうにもなった……」

「……」

「部屋で意味もなく横になっていると、ユンが別の男と一緒にいるのが想像できて、
今、この瞬間にも、誰かの胸の中にいるのかと思ったら、腹が立って仕方がなかった。
で、気がついたら、仕事中に立ち入り禁止の場所にいた……」

「それであの事故に遭ったの?」

「あぁ……」


初めて聞いたことだった。

私のことなんて、ただの幼なじみだとしか思っていないだろうと考えていたのに……。


「救急車で運ばれて、医者にキズ見せて、廊下へ出た時、
もし、ユンがここへ飛び込んできてくれたら……」

「……」

「まだ、間に合うのかもしれないって……勝手にそう思ってた」


ブンが機材の下敷きになった……という連絡を受け取った私。会社を早退して、かけつけた病院。



『さすがユン、見舞い第1号だ!』



あの言葉の裏に、そんな意味があったなんて……全然気付いていなかった。


「ユンは身代わりなんかじゃない。だからそんなふうに言うなよ」


私は何度も頷いた。幼なじみで、わかっていると思っていたのに、全然わかってなんていなかった。

憎まれ口を聞いても、その裏に隠れた想いがあることも、全然気付いていなかった。


ブンは泣きべそ顔の私の肩を、自分の方に引き寄せる。


「今、心の中にいるのは、ユンだけだ……。その自信があるから、おじさんにも挨拶したし、
結婚を許してもらって、本当によかったって思ってたのに。約束破るようなヤツの話、
信用出来ないか?」


私は無言で首を振る。信じてるよ、大丈夫……と伝えるために。


「どれだけユンが好きか、すぐにでも教えてあげたいんだけどなぁ……」

「……」

「……畳の部屋……なら……」


ブンが何かを訴えかけるように私の方を向いた。何が言いたいのかはすぐにわかる。


「イヤ! カーテンもなにもないじゃない!」

「……そうだよね……」


その瞬間、ブンのお腹がキュルキュルと鳴り出した。


「そういえば夕飯食べてないよな……」

「うん……」





私たちは部屋をあとにして、駅前のラーメン屋さんに入った。豪華な食事じゃなかったけど、

心がスッキリしていたからなのか、今までで一番美味しい気がした。

そして、また、いつもの公園を斜めに歩く。


「綾に会ってみようか……」

「……うん」

「あいつもどうにかしたいと思ってるんだよ。だから店に来いって、しつこく言うんだと思う」

「うん……」


綾がもう一度元気に歩み出してくれたら、私もブンも本当に一緒に歩めるのかもしれない。

あの事件で急に壊れた関係も、別の形でまた修復できるのではないだろうか。


「よし、日にち決めよう! ユンはいつがいい?」

「いつでもいいよ。今、そんなに仕事忙しくないし、ブンの方が大変じゃないの?」

「……うん、じゃぁ、適当に決めるから。……でさぁ……ユン……」

「何?」

「明日、布団運ぶから、そしたら……」

「……」

「……」


全くもう、別れ際に何言ってるんだろう、こいつ! そう思いながらも、

まんざらイヤな気分じゃないんだよね。


「まず、カーテン買わなきゃね!」

「うん!」





次の日、とりあえずブンが泊まれるように、荷物を入れていく私たち。カーテンを買い、

持ち込んだ鍋や食器で作れるような材料も買った。


「よし、準備出来た。ブン、これをあのレールにかけていって。私、夕飯の支度始めるから」

「これ、引っかけていけばいいのか?」

「そう……」


カーテンの設置をブンに任せ、私は材料をきざみ出す。あと半年くらいすれば、

こんな生活が待っているのだろう……そんなふうに思いながら。


「ユン、出来た!」

「……!」


後ろを振り返ると、カーテンはきちんと取り付けられていた。しかし……。


「どうして布団までひいたのよ。そんなこと頼んでないけど……」

「エ?」

「なんだか、そのためだけに呼ばれているみたいで……ちょっとイヤだな」

「……イヤ?」

「……ちょっと、イヤ」

「ダメ?」

「ダメ……じゃないけど……」


そんなふうに言い返してみたけれど、結局、食事を済ませた後、

私はブンとその布団で幸せ気分になっていた。



『どれだけユンが好きか、すぐにでも教えてあげたいんだけどなぁ……』



そう言ってくれたブン。私はそれを教えてもらうために、脚の力を抜いた。

ブンは一つにならないまま、動きを止めている。

「ユン……」

「何?」

「言わないの? 愛してる? って……」


そう、私はいつもそう確認していた。でも……


「もう言わないよ」

「……」

「だって、絶対に愛されてるもん……」


ブンは少しだけ照れながら、ゆっくりと私の中に入ってきた。





9 過去を捨てる決断 へ……




頑張れユン! 頼むぞブン!

ランキング参加中。よろしかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

心がほっこり・・^^

ブンもユンも、自分の心の中にある想いを、向かい合って伝え合うことができて、本当に良かったね^^

『今、心の中にいるのは、ユンだけだ……。』
はっきり言いきってくれたブン・・(〃▽〃)嬉しいね!

ウフフ^^
「お蒲団ブン」の名前の由来がわかったよ~~(*^-^*)

「愛してる?」って聞かれること、ブンも気にしてたんだね・・・
もう確認しなくても大丈夫^^って・・・ほんと良かったね、ユン♥
心がほっこり・・・温かくなりました。

お布団ブンくん

eikoさん、こんばんは!


>『今、心の中にいるのは、ユンだけだ……。』
 はっきり言いきってくれたブン・・(〃▽〃)嬉しいね!

ブンはね、隠し事をしないタイプなんですよ。
だから、何でも言っちゃうし、お布団も敷いちゃうの(笑)


>「お蒲団ブン」の名前の由来がわかったよ~~(*^-^*)

あはは……わかりました?

これからも、心がほっこりなるような展開があると思いますので、
最後までお付き合いしてね!

彼は彼らしく

yokanさん、こんばんは!


>やっぱり思っているだけじゃだめだよね、
 ちゃんと言葉にして話さないとダメなんだよね。

なんですよね。
ちゃんと想いは口にしないと……


>ブン君は相変わらずで・・・(笑)こんなブン君が好きだわ~^^

はい、私もこんなブンが結構好きです。