24 Phantom【幻】 【24-6】

【24-6】


これなら、どういう方向に進路が動いても、対応していくだろう。


「俊太」

「何?」

「得た知識は、なくならないからな。どんどんこれからも興味を持って、
積み重ねていけ」


中学受験をしなくても、これからの人生で、必ず受験は訪れる。

ここで学んだことが、無駄になることなど絶対にないのだから。


「……うん」


少し遅れ目の返事だったが、俊太はわかったと頷き、席を立つ。



『思い切り怒る』



そう相馬さんから言われていたけれど、今の俊太には、それは言わなくてもいいだろう。

僕も俊太の後ろを歩き、階段を下りていく。


「おぉ、俊太」


階段の下を通った椛島教室長が、久しぶりに顔を出した俊太に、声をかけてくれた。

俊太は僕に見せた顔と同じ、明るい表情で『こんにちは』と挨拶する。


「俊太」

「はい」

「バカヤロウ! って叫んだか」



『バカヤロウ』


「……僕は悔しくてたまらないって、ご両親に言ったのか」



教室長。



『姉の具合が悪いから、姉が悲しい顔をするから……そう言われて、
何もかも仕方がないと、そう思い続けてきました。
でも、本当はたくさん友達と遊びたかったし、もっと色々とチャレンジしたかったし……』



「ううん……」


俊太。

今まで明るい表情だったのに、急に下を向き、唇をかみ締めている。



『声に出せるときに出さないと、我慢することがどんどん当たり前になります。
私は、いつの間にかそんな生き方しか出来なくなっていて……』



「言ってないのか」

「……うん」

「僕は一生懸命頑張ってきた。それだけを考えて、毎日歯を食いしばったんだって、
言っていいんだぞ」



教室長……



「だって……だって、先生」


俊太は、そこから堰を切ったように涙を流し、声を出して泣き始めた。

遊びも我慢し、優秀な兄たちと比べられながら、必死に前だけを見ていた日々。

それが必要ではなくなったと突然告げられてしまった悔しさ。


「言えないか……」


俊太は教室長の差し出したハンカチを握ると、両目を懸命に拭いている。


「そうか、言えなかったか」

「だって……お父さんもお母さんも、悲しくなるから」



『姉の具合が悪いから、姉が悲しい顔をするから……そう言われて、
何もかも仕方がないと、そう思い続けてきました。
でも、本当はたくさん友達と遊びたかったし、もっと色々とチャレンジしたかったし……』



そう、子供は親を見ている。

自分を愛してくれている親を悲しませたくなくて。知らないうちに、我慢するのだ。



「よし、俊太。ここで思い切り泣いていけ」


俊太は、しゃくりあげるように泣きながら、何度も頷いていく。





やっぱり、僕はまだまだ未熟者だ。

人の気持ちに、寄り添えていない。

相馬さんのように、悲しみの中から、何かを得ることが出来ていない。



『娘は一生、傷を背負うのです』



彩夏の傷。

僕がもう少し彼女に寄り添い、気持ちを理解してやれば、

今と違った別れを、迎えられたのかもしれない。



自分が傷ついたことは、忘れていないのに、

人を傷つけていることに、あまりにも鈍感すぎた。



それから30分後、俊太はまた遊びに来るからねと言葉を残し、塾を去っていった。





その日の帰りも、彩夏の病院に立ち寄ったが、

朝と同じことを言われ、病室の前に立つことも出来なかった。

しばらくロビーに残り、向こうの状態を聞きだそうとしたが、

受け付けの女性は、何もお話できませんというだけで、すぐに去ってしまう。

面会時間は確かに過ぎている。

僕は、その日も、何一つ出来ないまま、部屋に戻った。





それから3日間、『ストレイジ』に出社する前、その後など、

時間を見つけては病院に行くものの、状況は変わらなかった。

すると、3日目の夜、携帯が鳴り始める。



『相馬郁美』



僕は、一度呼吸を整えるために息を吐き出し、そして受話器を開けた。




【25-1】

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