サイダー 11 兄と妹の距離

11 兄と妹の距離


「ねぇ、どう?」

「うん、いいと思う……」


今日は衣装合わせの初日。会場中にかけられているドレスの中から、好きなものを選んで、

試しに写真を撮ってくれることになっていた。


「じゃぁ、こっちは? さっきのとどう?」

「あ、こっちもいい……」

「ねぇ、ブン……どれが一番よかった?」

「エ……」


ブンは周りで同じように衣装合わせをしているカップルをチラッと見ながら、私の方へ近づいてきた。

手招きされ、耳を傾けると……。



『ユン……何にも着てないのが、一番いいと思う……』



「バカ!」


私は思いきりげんこつで頭を叩いてやった。イテッ……というブンの声が会場に響き渡る。





「もう、ブンなんて連れて行くんじゃなかった。お母さんに来てもらうべきだった!」

「すみません……」


結局4着くらいを着て、試しに写真を撮ってもらった私。家に戻りそれを母と姉に見せる。


「あぁ……、こういう何にも飾りがないのも素敵よね」

「そうね、でも、やっぱりユンにはオーソドックスな方が似合うわよ。胸の飾りも……」

「あ、お母さんやっぱりそれ? 私もこれが一番自分にあっていた気がするの」


姉の珠樹はもう一枚の写真を手に取り、横でTVを見ているブンを見る。


「ねぇ、ブン……。あんた結構背が高いんだね。まさかシークレットブーツ履いたとか?」

「履かないよ、そんなもの……」


そう、意外に格好良かったのはブンだったのだ。何組かのカップルが、同じように選んでいたが、

間違いなく新郎としては、ブンが一番素敵だった。


……と、私は思っている。


「ねぇ、ユン……。佐和子さんにも見せてらっしゃい、ね?」

「あ、そうだね……うん」


佐和子さんとは、ブンの母親のことで、もうすぐ私のお姑さんになる人のこと。


「お袋のことは気にしないでいいですよ。ユンとおばさんがよければって、そう言ってますし……」

「あら、ダメよブン。ユンは谷岡家の人間になるんだもの。その辺は今からちゃんとしておかないと。
あくまで嫁に行く身なんだから……」

「そうそう、今見せてきなよ、ね!」





そんなことで、私とブンは谷岡家へ向かうことになった。

おばさんの大好きな豆大福をおみやげに……。


「母さん、俺! ユンが来たけど……」

「出ていけ!」


中からおじさんの声がして、いきなりリビングから泣いている真美ちゃんが飛び出してきた。

玄関で突っ立ったままの私たちには目もくれず、2階へ駆け上がっていく。


「真美! 真美」


その後をかけていくおばさん。


「何かあったみたいだよ、ブン……」

「あぁ……」


私たちは靴を脱ぎ、そのままリビングへと進む。頭を抱え込んでいたおじさんは、

私たちの気配に気付き、顔を上げた。


「ユンちゃん……あぁ、ブンもいたのか……」

「俺んちだろうが……。どうしたんだよ、親父。真美、何かあったのか?」


おじさんは立ち上がり、奧の和室へ消えていった。私は豆大福をテーブルに置く。


「ねぇ、取り込み中なら私帰るけど……」

「俺も帰ろうかな……」

「何言ってるのよ。ブンはこの家の長男でしょう!」

「お前だってもうじき長男の嫁だろうが……」


階段を降りる音がして、おばさんがリビングに顔を出した。


「どうしたんだよ、あいつ……」

「……ブン」


おばさんは私たちの前にお茶を入れ、真美ちゃんのことを語り出した。


「エ……不倫?」

「そうなの。お母さん全然気付かなかった。もう、奥さんとは別れるって言っているらしいけど、
子供も一人いるし、年も10歳上だって……」

「……34ってことか!」


おばさんはその通りだと何度も頷いている。私は口を挟めず、ただ湯飲みを持ち、お茶を飲んでいる。


「まさか真美がそんなことを。もう、母さんどうしたらいいんだか」

「なんでそんなこと分かったんだよ」

「電話があったのよ、今朝。奥さんから……」

「電話?」


ダンナと真美ちゃんとの関係を知った妻が、電話を聞き出し、ここへかけてきたのだと言う。

何も知らなかったブンの両親は、烈火のごとく真美ちゃんをしかったということなのだが……。


「よりにもよって、不倫、しかも子持ちなんて……。ブンの方がだいじょうぶかしらなんて
思っていた時期もあったのに、ユンちゃんが拾ってくれて……」

「ん?」


私に拾われたブンが、不満そうにおばさんを見る。


「真美はしっかりしているから、大丈夫だってそう思っていたのに……もう……」


ブンはいきなり立ち上がり、リビングを出ていこうとする。


「ブン……」


私はすぐに真美ちゃんのところに行くのだということがわかり、その手をつかむ。


「ブン、今感情的に怒っちゃダメだって! 真美ちゃんそれこそ出ていったりしたら大変だよ」

「そうよ、ブン」


二人に止められたブンは、仕方なく椅子に戻り、大きくため息をついた。

普段、言いあってばかりいても、大事な、大事な妹だもんね……。

いつも心の中を私であふれさせたいけど、真美ちゃんの部屋は、どうも別にあるらしい。

どうしようもないことだけど、ちょっぴり妬ける。


「真美ちゃん……ユンだよ……」


私は一人で真美ちゃんの部屋の前に立った。小さい頃から、本当の姉のように慕ってくれた。

もしかしたら、私には話しをしてくれるのかもしれない。


「ユンちゃん……お兄ちゃんいないの?」

「ブンは下にいる。大丈夫だから」


少しだけためらいの時間があり、カチンとカギを開ける音がした。ゆっくりとドアが開き、

中から目を真っ赤にした真美ちゃんが出てくる。

私は無言で真美ちゃんを抱きしめ、そっと背中を叩いてあげた。


「職場で知り合ったの。配送業をしているんだけど、いつも忙しそうにしているから、
どうしたんですか? なんて、始めは聞いてたんだけど……」


真美ちゃんの職場に品物を運ぶ彼は、いつも時計をにらめっこしながら仕事をしていたのだと言う。

ある時、保育園から連絡が入り、子供を引き取った彼が、助手席に小さな男の子を乗せていた。


「熱……ですか?」

「ちょっと、後、2件配って病院へ連れて行くつもりです」

「……でも」


助手席で苦しそうにしている子供を、放っておけなかった真美ちゃんは、

病院へ自分が連れて行くことを提案する。それでも彼はそれを拒否し、その日は帰った。


「奥さんがいない人だと思っていたの。だって、普通、子供の具合が悪かったら、
飛んでくるのは母親でしょ?」

「そうだね……」

「でもね、彼の奥さんは美容師で、コンテストに出るために必死だったんだって。
だから、家に帰らないことも多くて、それでだんだん気持ちが離れていったって……」

「……」

「始めは知らなかったから、ちょっと差し入れするだけ……。ちょっと子供と遊ぶだけって……
そう思いながら、彼の家に行ったりしていたんだけど。気がついたら、好きになっていた」


真美ちゃんはベッドに座り、両足を抱えて小さくなっている。子供の頃からしっかりしていて、

学校の代表なんかも務める自慢の娘だった真美ちゃん。人一倍責任感が強く、人一倍負けん気も強い。


「奥さんがいるってわかってから、もう会わないようにしようって……そう思っていたんだけど、
彼は毎日のように職場へ荷物を運んでくるし、子供の世話と仕事とで、
すごく疲れているように見えて……」

「……」

「私がやすらぎになれるのなら……それでいい。結婚できなくても、それでいいって……
そう思って……」


涙をポロポロ流しながら話している真美ちゃんに、そばにあったティッシュを手渡す。

誰のものであっても、人を好きになってしまう気持ちは、なんとなく理解できる。


それを不倫というのであれば、非難されても仕方のないことなのだけれど……。

綾を一生懸命追っていたブンを、忘れられずにいた私。

きっと、そんなものと一緒なのではないだろうか……。


「真美ちゃん、それでもやっぱり不倫はいけないことだよ。知らない人から見たら、
真美ちゃんが旦那さんを盗ったって、その奥さんに言われても仕方ないことなんだもの。
おじさんも、おばさんも心配しているし……もちろん、ブンだって……」

「お兄ちゃん心配なんてしてるかな」

「してるよ。大好きな、大好きな真美ちゃんのことだもの。もう、ここらへんがもやもやして、
今だってここに飛び込んできたいってそう思ってるって……」


私は心臓のあたりを左手でこすり、ブンの心情を代弁した。


「……」


真美ちゃんとおばさんと、ブンと私と……みんなで話し合った結果、

一度その彼にブンが会うことになった。



『真美を大事に思ってくれているなら、奥さんときちんと別れるまで、会うことをやめてほしい』



そう彼に告げるために。


私たちは谷岡家を出て、西口家に戻っていく。


「はぁ……真美の相手は34かぁ。俺より年上なのに弟になっちゃうのかなぁ」

「……」

「いや、待てよ。珠樹も猛君となんだか親しそうだし、年下なのに兄貴になるのか? ん?」

「ブン、どこまで話しを広げていくのよ。今は真美ちゃんのことだけ考えたら?」

「……そうだよな。あいつ、結婚したいのかな、そいつと……」


ブンは車のドアに手をかけたまま、心配そうな顔をする。私はそんなブンの左側から、

ちょっぴり体当たりをして脅かしてやる。


「もう、しんみりしちゃって。ブン……。その人になるかは、今はまだわからないけど。
真美ちゃんだって、いつかは誰かを好きになって、お嫁さんに行くんだよ。なによ、
自分はさっさとうちから私をもらって行くくせに。真美ちゃんは手放したくないんでしょ……」


何も言い返さないブン。本当に妹がかわいくて仕方ないんだね。


「ブンの心の中には、おばさんの部屋と、真美ちゃんの部屋と、私の部屋があるんだな、きっと……」

「……」

「全部私の部屋! なんてわがまま言わないからさ、一番大きな部屋にしてよ」

「エ……」

「ちょっとだけでも、二人より……大きくして!」


指でちょっとのポーズを作り、片目をウインクしてふざけてみる私。


ブンはちょっぴり照れながら、私の右手をつかんでいた。


「なぁ、ユン……このままアパート行こうよ」

「エ……」

「心の中のユンの部屋が、騒がしく動いてるんだ」

「……」

「また、車で送り帰すから。な?」


私はこっちを見ているブンに向かって、声を出さずに口の形で言い返す。



『スケベ!』



「……」


「……」


大好きなブン。いいよ、私がその寂しい心をなぐさめてあげよう。


その日、結局私は家に戻らず、ブンの心の中の大きな部屋で、深い眠りについた。





12 センチメンタル へ……




頑張れユン! 頼むぞブン!

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