【S&B】 43 空間共有

      43 空間共有



キッチンに女性二人が立つと、一気に賑やかさを増す。新しくここの住人になる望と、

今まで僕と悟の栄養士を引き受けてくれていた琴子が並んで笑い、食卓を彩る香りが、

部屋にあふれだす。


僕は悟に手伝わせて、望の家具を少し動かし、すぐにでも生活出来るように整えていく。


「ここ、俺の部屋だったっけ? なんだか別の部屋みたいだな」

「いや、同じ部屋だけど……」


洗面台で手を洗い、笑い声の響くリビングへ向かう。悟は冷蔵庫から大好きなビールを2缶取り出し、

僕に向かって1缶を放り投げた。


「おっと……お前なぁ、普通投げるか? ビール」

「望ちゃん、君はラッキーだよ。壁紙を変えるだけで部屋ってこれだけ綺麗になるものなんだな」


悟は僕の言葉を全く無視したまま、わざとらしいくらいのタイミングで、望に話しかける。

揚げ物を皿に乗せていた望は、一瞬だけ、僕の方を向いた。


「俺なんかさ、蜘蛛の巣だらけの部屋に押し込まれて、今日まで頑張ってきたのに……」

「ウソを言うな、ウソを!」

「そうよ、悟。駐車場みたいな家賃で暮らしていたくせに」


こういった時、琴子は必ず僕の味方だ。悟はそれが気に入らないらしく、わざと不機嫌な顔をし、

ビールを片手に、望が入れた唐揚げを一つ勝手につまむ。


「うまい! いいなぁ、望ちゃんは。家賃はおいくらで住むの? 5000円?」

「エ……。あ、ちゃんと出し合います」


悟の冗談にも、まだ慣れていない望はしっかり受け答えし、さらにあいつの罠にはまる。


「うそだぁ……本当は愛で支払っちゃうんでしょ? 違う?」

「エ……」


そんな問いかけを軽くかわす技もまだ、持ち合わせてはいないので、

望は悟の思い通りに下を向き、黙ってしまった。


「コラ! 悟! いい加減にしなさい!」

「イテッ……」


調子に乗った悟は、琴子のお玉攻撃に、あえなく撃沈し、ソファーで頭を抱えうずくまる。

さすが琴子。僕より反応が早いと感謝しながら、うずくまる悟に近づき、膝で軽く蹴飛ばしてやる。


「なんだよ、祐作」

「いい加減にしろってことだよ、全く」


琴子は後ろを向き、鍋を軽くかきまぜながら大きく頷いた。望はレタスをちぎりながら、

また笑顔を見せる。


「ごめんね、望ちゃん。悟に品がなくて。これでも、人はいいやつなのよ。
大好きな祐ちゃんが幸せに見えるのが嬉しくて、はしゃいでいるだけだから許してやって」

「いえ、そんな……」


琴子の言うとおりだった。悟のテンションが高いのは、僕が幸せに見えるからで、

抱えていた重い荷物を、降ろしたつもりにでもなっているのだろう。


その日は悟と琴子に心から感謝した。望は初めて中に入るのに、自然になじめるように

琴子は気をつかい、悟は冗談を交えながら気持ちを軽くさせる。

冬の寒い風が吹いている外とは違い、心地よいあたたかい気持ちの風が、

僕らの頬をかすめて流れた。


大いに笑い、飲み、食べた1日は、二人が部屋を出てから、静かな時間に変わる。

僕はリビングで書類を広げ、望はその横に座りお茶を飲んでいた。

電卓があった方が便利だと思い立ち上がると、望が真剣な顔でこっちを見る。


「どうした?」

「何? 何か取る?」

「エ……」

「お茶じゃない方がよかった? コーヒー? それとも……」


そんな望の態度に僕は首を振ると、部屋から電卓を取りすぐに戻る。


「何、気をつかってるんだよ、君はお手伝いさんじゃないし、取りたいものがあれば自分で取るから。
望はやりたいことをすればいいし、眠たければ先に風呂に入って寝ていいんだ」


望は僕の言うことを頷きながら聞いた。福島を出てからずっと一人で暮らしてきたから、

人と空間を共有することに、慣れていないのかもしれない。


「そうか、望は一人の方が楽だったのかな。そんなに堅苦しそうにされちゃうと、
ここへ連れてきてしまったことが、逆に申し訳なく思えるんだけど」

「そうじゃないの……私……」


僕の意見を慌てて否定するように、望は手を振った。テーブルの下に落ちていたピーナツの袋を取り、

ゴミ箱に入れる。


「こうして一緒に暮らせてよかった……って、そう思って欲しくて……」

「僕が?」

「うん。私はあなたが隣にいてくれるのが、とても心強いから……」


そんな言葉を聞かせてもらえることが、僕の幸せなのだと、

横に置いてくれた湯飲みのお茶を飲み干した。


「望がそう思う気持ちと僕も同じだ。隣にいてくれるだけで、ただそれだけでほっとする」

「本当?」

「うん……」


その言葉を嬉しそうに受けながらも、まだ、望はどこか落ち着かなく見えた。

僕は空になった湯飲みを、彼女の目の前に押し出す。


「じゃぁ、もう1杯、お茶入れてくれる?」

「うん……」


僕たちのぎこちなくも優しい夜は、こうして更けていった。どこからか借りてきたような望の生活も、

だんだんと馴染みだし、1ヶ月を過ぎた頃には、すっかりリズムもつかんだようだ。


「雷おこしさんって、すごい知識よね。『すいーつらんち』見ながら、いつもそう思ってた」

「あぁ、全国のお取り寄せで気になるものは、すぐ試してみるんだって前に聞いたことあったけど、
こっちがこれはどうだって、情報を提供しても、すぐに返信が来るしな」


僕のブログだった『すいーつらんち』は、二人のブログになった。

相変わらずそこから情報を得たものを購入し、食後の楽しみにする。


「明日、銀座まで足を伸ばしてみようかな。これ、食べてみたくない?」

「銀座かぁ……。いいよ、僕が行く。『ボルダワイン』の部長のところへ、
ちょっと様子伺いに行ってみたいのもあるしさ」


違法カジノの摘発以来、頓挫していた『ボルダワイン』の企画だったが、

風評被害は思っていたよりも小さく、キャンペーン時期はずれたものの、計画はまた動き始める。

「じゃぁ……」

「少し足を伸ばして、季節のケーキも買ってきて! じゃないの?」

「……うん」


僕らが初めて会った、あの赤い屋根の小さなケーキ屋は、冬になると季節のケーキを売り出す。

特に宣伝をうつわけでもなく、以前から知っている客だけが、そのケーキを味わうことが出来るのだ。

名前も顔も知らなかった望と、あの店で出会ったのは、奇跡といえるくらいの確率かもしれない。


「だったら、明日はパスタにするね。軽めに食べて、こっちの空間を残しておかないと」

「3種類全て買ってこいってこと?」

「エ……選べるの?」

「いや、無理だと思う」


望は楽しそうに僕の横でブログをのぞき込んだ。こんな何気ない時間が、

これからも続いていけばいいと思いながら、僕は雷おこしに情報提供を感謝する返信をした。





44 駆け引き へ……




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コメント

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ふむふむ・・なかなかいい感じで始まった同棲。
少しづつ望の心はほぐれていく様子が微笑ましい。

“雨降って地固まる”ってとこですね。
悟も琴子もちゃんと分かってくれてるから、友達って有りがたい。

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友達

yonyonさん、こんばんは!


>少しづつ望の心はほぐれていく様子が微笑ましい。

初めは緊張するんだよね、それでも嬉しくて仕方ないんだけど、
そんな望の心を、感じてくれて、ありがとう。


>悟も琴子もちゃんと分かってくれてるから、友達って有りがたい。

そうそう、本当にありがたい……
こうしてコメントをくれる、yonyonさんも、とってもありがたい! 感謝です。

拍手コメントさんへ!

拍手コメントさん、こんばんは!

拍手コメントからコメントをしていただき、
なおかつ、秘密の方には、このようにお返事をしていますので、よろしくお願いします。


二人の甘い雰囲気に、思い切ってコメントをしてくれたとのこと。

非常に、とっても、嬉しいです!
みなさんのちょっとした感想が、私に何倍ものパワーをくれちゃうんですよ。

サイダーも読んでくださっているんですね。

これからも、マイペースに続けて行きたいので、どうか、お時間のある時に、遊びに来て下さい。

勇気のコメント、ありがとう!

拍手コメントさんへ!

拍手コメントさん、こんばんは!

私も洋菓子大好きです。我慢するんですか……偉いなぁ。
根性なしのため、ついつい食べてます(笑)

二人の甘い雰囲気も、感じ取ってもらえて、嬉しいです。
これから、どんどん望は変わっていくと思いますので、
見てやって下さい。

甘いままで行けるのか?
……さて

ナイショさんへ

ナイショさん、こんばんは!


>悟と琴子も望ちゃんを温かく迎えてくれて・・・
 持つべきものは良い友達だね~
 このまま穏やかな時間が続けばいいけど・・・^^;

……このまま行けばいいということは、行かないと思っているって
ことですよね。

……さて、どうだろうか。

それでも、ずっと辛かった望ですから、少しは祐作と楽しく過ごしてもらわないと。

ねぇ……