サイダー 13 親の理想と現実

13 親の理想と現実


突然起こったマリッジブルーも通り越し、私たちは着々と式への準備を進めていた。

出席者の一覧も作り、引き出物や衣装も決めた。


「はぁ……」

「ブンがそんな調子でどうするのよ。真美ちゃんとの約束、明日なんだからね」


そう、ブンの妹真美ちゃんが、不倫をしていた相手と明日会うことになっているのだ。

奥さんとの話がきちんと済むまで、真美ちゃんには会わないこと。まずはそれを告げるために。


「ねぇ、私がいるのっておかしくない?」

「いいんだよ、ユンは……」


次の日、待ち合わせの喫茶店に向かう私たち。ブンはいきなり私の手をつかみ、

しっかりと握りしめる。


「ユンがいなかったら、冷静に話しなんて出来そうもないよ、俺……」





時間より少し前に、その彼は座っていた。


「申し訳ありません……」


私の目に、どれくらい人を見る力があるのかはわからないけど、きちんとした身なりと言葉づかいに、

それなりの真面目さを感じ取れる。ただ、この人に奥さんがいたのは、よくないことだけど……。


「とにかく、奥さんとのことをきちんとして下さい。真美とのことはそれからでしょう。
真美は、そのことがきちんとするまで、あなたに会わないと、両親に約束したんです。
守ってやってください」

「……はい」


テーブルの下の見えないところで、ブンはずっと私の手を握っていた。時々力が入ったり、

抜けたりしながら、淡々と語り合っていく。

真美ちゃんに渡して欲しいと頼まれた手紙を置き、彼は店から出て行った。


「はぁ……」


ブンは目の前にあった、お冷やを人の分まで全部飲み干していく。

私は何も言わずにそんなブンを見る。


「なんで、妻子持ちなんかに惚れるんだよ……あいつ……」


そんな障害のある恋をするなんて……。これは兄としてのブンの本音なんだろうか。


「ブンは条件から先に入るわけ? あ、この人はお金持ちだ! とかさ……」

「……なことはないけど。親父達の気持ちも理解できなくはないからさ。親って、
なんだかんだ言っても、多少夢があるんだろ。こんなふうに生きて欲しいっていう……」


そういえば、私たちに一度も店を継げと言わなかった父だったが、姉が店に入るようになってから、

確かに気持ちが高まっているように見える。


25で嫁に行こうとしている私は……どうなんだろうか。


「ブンなんかにやって失敗したって、おじさん達思ってるかな」

「……エ?」

「仕方ないよな、これが現実だし」

「そんなことないよ、ブン。私の方こそ、ユンちゃんかって、がっかりされてるかも……」

「いや、うちは万歳三唱だったよ。ユンちゃんならブンは大丈夫だって、親父もお袋も言ってる。
お前は昔から、うちで店数高いんだから」


近ごろブンが忙しくて、デートらしきものもしていなかった私たちは、せっかくだからと、

ブンのお気に入りの小さな映画館へ向かった。


「ねぇ、何かあったのかな」

「うん……」


駅の地下街を出る階段の付近に、救急車が1台止まっている。なんだろうと思いながら、

その人だかりに入っていく私たち。




目の前で乗せられていたのは……綾だった。


「綾!」


私の声に、苦しそうにうつむいていた綾が振り返った。


「……ユン……」


救急隊員に閉められる扉。私はその動きに合わせ、救急車を追っていこうとする。


「ユン……よせ! 危ないって!」

「だってブン。綾だよ。救急車に乗せられて……ねぇ!」


会うのは喫茶店で待ち合わせて以来のことだった。誰かと一緒に暮らしているとブンから聞き、

歩み出してくれたと思っていたのに……。


「おそらくあの病院だろ……」





私たちは、以前綾が入院していた病院へ向かった。受付で事情を話し、

綾がそのまま入院したことを知る。

病室のベッドに、綾は戻っていなかったので、私とブンは廊下でそのまま待ち続けた。


「ユン……」

「綾、大丈夫?」


綾はしばらく驚いたまま私たちを見つめ、ふっと笑みを浮かべる。


「大丈夫なのか?」

「平気よ。ちょっとクラッと来ただけだって。そしたら通行人に救急車呼ばれちゃって。
で、先生にも検査で入院って言われたけど、数値はそんなにひどくないから……」


病室内で話しをするのは気が引ける……と、綾と3人で休憩室へ座る。

外はすっかり日が暮れていた。


「まさか、二人が追いかけてくるなんて思わなかったわよ」

「うん……」


綾は照れくさそうに私を見た。


「夜の仕事を辞めて、何か探して……と思っていたんだけど、大学受け直す勉強なんかもあって、
無理してたのかも」

「本当に仕事辞めたのか?」


ブンはまだ少し疑いながら、そう綾に問いかけた。綾は笑いながら、何度も頷き、

辞めたわよ……と言い返す。


「だから、逃げられちゃったんじゃないの……」

「エ?」

「一緒に暮らしている人がいるってブンに話したでしょ? 仕事やめて、お金周りが悪くなったら、
さようなら……って消えていった」

「……」

「現実は……そんなものよ……」


綾を病院に残し、私とブンは駅へ向かって歩いた。元気に一歩を踏み出してくれた綾。

こんな時こそ、誰かに側にいて欲しいだろうに……。


「ユン……、あんまり思い悩むなよ。俺たちはやれることはやってやったんだ。な……」

「……うん」





神様は意地悪だ。ひとりぼっちの綾が、また一人になっていたなんて……。

私はそれから毎日、仕事帰りに綾の病院へ行くようになった。


「ユンの会社って残業ないの?」

「うん、私は事務だからね……営業の人達は忙しいときもあるけど」

「そう……」


私はちょっと高級なチョコレートをテーブルに置き、一つだけ口に入れる。


「ねぇ、ユン……」

「何?」


綾は私の方をじっと見つめると、クスクス笑い始めた。


「何よ、笑うなんて」

「ユンは私がどこかのお姫様みたいに、幸せにならないと落ちつかないのかな」


綾も一つチョコレートを口に入れ、美味しそうに口を動かす。


「結婚近いのに、毎日ここへやってきて。ブンが寂しがるじゃない。
大事な人を放りだしておいていいの?」


そんなふうに言われると、どう答えていいのか迷っちゃうんだけど。

でも、まんざら外れでもない……気もする。


「ユンとブンが、いつかこうなるんじゃないかってことは、ずっと、昔からわかってたんだよ、私」

「……」

「高校時代にブンが私を好きだって言ってくれたけど、でも、100%私で埋めることは出来なかった。
どこか片隅にはいつもユンがいて……」


綾の気持ち……。初めて聞くことだった。私が二人を後からただ見ていることしか出来なかった時代。


「ユンが羨ましくて、羨ましくて……。そんなふうに考えていたら、いつのまにかブンを好きに
なっていた。もしかして、ユンから唯一奪えるもの……そう思ったのかもしれないけどね」

「……」

「いつも積極的なのは私の方で。ブンは受け身だった。それでもちゃんと付き合ってくれたし、
このまま側にいられればいいなってそう思ってた。だから内心、ユンが早く別の人と
付き合ってくれないかな……なんて、意地悪く思ってみたりして」

「綾……」

「二人は近すぎたのよ。兄妹以上に兄妹みたいだったから、互いにそういう感情を
しまい込んでいただけ……。ブンがこっちを向いている間に、ユン……お願いだから諦めて! って
何度祈ったことか……」


綾は少し照れくさそうに窓の方を向いた。私はどうしていたらいいのか分からず、

チョコレートの箱を意味なくいじる。


「同じよ……。ユンがずっと私の影を気にしていたってブンに言われたけど、
私もずっとユンを気にしていた。いつかブンが気持ちに気付いて、
私の前からいなくなるんじゃないかって……」


そう、いつか綾に会ったら、また気持ちを引き戻して、私の前から消えるかも知れない……。

そう思い続けていた3年。


「ブンに久し振りに再会して、ユンのことを聞いた時、すごく幸せそうに見えたの。
あぁ……やっぱり、気付いたんだって、そう思った。ほら、ユン! もう見舞いはいいから、
帰りなって」

「……」

「ブンが待ってるよ!」

「……」

「それが現実……ね!」


私は綾の言葉に小さく一度頷くと、カバンを手に取り、2、3歩進む。


「綾……」

「何?」

「退院したら、うちにおいでよ!」


綾は笑いながら頷いた。





ブンに会いにいこう……。私は駅を降り、コンビニでアイスを買う。お風呂上がりに食べるのが、

大好きなブンのために……。


アパートの部屋の前に着き、チャイムをならす。カギをいじる音がして、扉がゆっくりと開いた。


「こんばんは……入ってもいいですか?」

「……何言ってるんだよ、いつも勝手に入るくせに」


今日は、こうしてブンに出迎えて欲しかった。私は靴を脱ぎ、部屋へ入る。

テーブルに乗せてあった書類を束ね、買ってきたアイスを冷凍庫に入れた。


「ピザでも取ろうか? どうせ、綾のところから来て、食べてないんだろ?」

「うん……」


ブンが私の前を通り過ぎ、電話に手をかけた。そのブンを思い切り、後から抱きしめる。


「ん?」


ほんの何秒かそのまま立っていたブンが、いきなり腰を下げ、そして立ち上がる。


「あ!」


私は負ぶわれているような格好になり、驚きの声をあげた。


「全く、ユンはしょうがないな……。食事よりこっちってことか!」

「エ……ねぇ、ちょっと!」


和室の隅で私を降ろすブン。そのまま壁に押しつけられる。近づいてくるブンの唇を、

目を閉じ受け入れる私。


その瞬間、ブンのお腹がキュルキュルと鳴り出した。


「クスッ……」

「……」

「ねぇ、こっちが先だって怒ってるよ」


ブンのお腹を右手で軽くパンチする。


「おかしいな、頭と腹は別の人格みたいだ……」

「何言ってるの! ほら、ピザ頼もうよ」


そう言って動いた私の手を握るブン。


「あの……続きは……」

「あとで! あ、ピザ、シーフードにして」

「OK!」


二人で並んで食事して、笑いあって……そして……。


「ユン……まだ?」

「まだです!」


湯河原の時のように、お風呂上がりにアイスを食べる。ブンはあっという間に食べ終わって、

布団の上でゴロゴロしている。私はわざとじらすようにちょっぴり、ちょっぴり食べてみる。


「まだだもん……」


こんなくだらないことが、気持ちを温めてくれた。綾と話せてよかった……。

そう思いながらまたアイスを食べる。


「ねぇ、ブン……」

「何だよ……」

「朝まで……ずっと抱きしめていてね……」


私のその言葉に、ちょっぴり驚いたブン。何秒かの沈黙。


「あぁ……」


嬉しいその言葉を受け取った私は、少し急いでアイスを食べた。

大好きな人の腕の中で迎える、素敵な朝を想像しながら……。





しかし、この4時間後、私は寝相の悪いブンに押され、たんすとブンの間で、

息苦しく目覚めることになる。



……現実は、そんなものだ。





14 大事な忘れ物 へ……




頑張れユン! 頼むぞブン!

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コメント

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素晴らしい現実^^

ユンとブン・・・
真美ちゃんの不倫相手に話をつけたり、
綾ちゃんと本音で語り合えたり・・・^^
着実に前に進んでいるね。

こんなに好きな相手と二人で支え合いながら過ごす現実って
何物にも代えがたいくらい幸せだと思いますヨン ^m^

二人だってわかってるよね^^

そうだよね

eikoさん、こんばんは!


>こんなに好きな相手と二人で支え合いながら過ごす現実って
 何物にも代えがたいくらい幸せだと思いますヨン ^m^

そう、そう、過ぎてしまうと懐かしい日々ですよね。
その時は、精一杯でそんな感覚もないかもしれないけれど。

頑張る二人もあと2回。
最後までお付き合いしてもらえたら、嬉しいです!

そうそう、これが現実

yokanさん、こんばんは!


>綾ちゃんとじっくり話せて、綾ちゃんの本音も聞いて、
 やっとお互いが理解できたのかな^^

年月を越えて、やっと語り合えたユンと綾です。
なんてことないことでも、すごくうらやましいことって、あったりしますよね。

サイダーも残りあと2話です。
ユンとブンに最後までお付き合いお願いします。