サイダー 14 大事な忘れ物

14 大事な忘れ物


綾が退院する日。私は有り余っている有給を取り、病院へ向かう。

少し照れくさそうに、綾は私を待っていてくれた。


「……エ? 明日岡山へ?」

「うん……」


一人暮らしは生活も乱れがちになるから、しばらくうちにいてほしい。

そう綾に提案していた私だったが……。


「母がね、退院して、岡山で一人暮らしをしているの。だから一度、会いにいこうと思って……」

「お母さんが?」

「うん……。ユンに、優しいお母さんがいるように、私にも見栄っ張りで寂しがり屋の、
たった一人の母がいるからさ……」


家族なんて……と以前会った時に言っていた綾だったが、やっぱり思い出すのは家族なんだと、

少しだけ嬉しく思う。





「いらっしゃい、綾ちゃん。久し振りね」

「すみません、ずうずうしくおじゃまして……」

「いいのよ、そんなこと……」

「お、綾ちゃん、相変わらず綺麗だね……」


母はテーブルを拭きながら、工場から姉が顔を出して、それぞれが綾を歓迎してくれた。


「当たり前でしょ、綾はね、ナンバー1だったんだよ!」


自分のことでもないのに、自慢げに言う私。


「ユン……そんなこと威張れることじゃないよ……」


綾は照れくさそうに、私のことを軽く叩く。


「あら、いいじゃないの。何でも1番になるのは大変なことよ。うちなんて、
娘二人とも1番はおろか、3番にも入ったことないんだから」


そう、勉強も運動も平均点くらいの私たち姉妹。賞状やトロフィーなど、全く縁のないわが家。


「そんなことないですよ。私にはここにある1番が、たくさん見えます」


その日は綾と布団を並べて寝ることにした。


「ねぇ、綾。あともう少しここにいてから岡山行けば? 退院してすぐなんて、大変じゃないの?」

「……ありがとう。でも、気持ちが変わらないうちに行動したいのよ」

「……そう……」


少し寂しそうな表情をした私を、クスクス笑いながら見ている綾。


「ブンの言うとおり、ユンは本当におせっかいなんだから!」

「……エ?」

「悪く言ってるんじゃないからね。すごくありがたいんだよ。だって、あんなふうにここを逃げて、
全然連絡もしないで。久し振りに会った時には辛いことを言った私なのに……。
見捨てないで助けてくれて……」

「……」

「今回入院する時、部屋の前で二人が座っていたのを見つけて、
私、本当は涙が出るくらい嬉しかったんだ。
あぁ……この人達は、私のこれからを見てくれているんだって……」


救急車で運ばれた綾を追い掛けて、病院で待っていた私とブン。


「二人に借りたお金は、ちゃんと通帳に入れて、大事にしまってあるよ。
私がくじけそうになったら、それを見て頑張れるように……」

「……使わなくて平気なの?」


私はまた、おせっかいにもそんなことを言ってしまう。


「ユン……さっき自分で言わなかった? 綾はナンバー1だって。
ナンバー1になるくらいですからね、それなりに貯めてましたよ」

「……そうだったんだ」

「でも、あのお金は借りておく。ちゃんと少しずつ返すからね、約束通り」

「うん」


綾は手を伸ばし、ライトを消した。互いに布団に入ったまま、綾はまた話し始める。


「ユン、強くなったね……。会う度にそう思う。
きっとユンも、自分をちゃんと見てくれている人がいることを、知ってるからだよね……」


私を見てくれている人……。ここに住む家族であり……大好きなブン。


「だから私、母に会ってくるんだ。私がちゃんと見ているからねって……」


そうだったのか……。それを伝えるために、綾は行くつもりなのだ。


「お土産、また、持ってきてね……」

「わかったよ!」





そして、綾はお母さんの待つ岡山へ旅立っていった。

私は寝不足の顔をシャキッとさせるため、朝から会社で濃いお茶を入れて飲んでいる。


「西口さん、いよいよですね、結婚式!」

「……おはよう、林原さん」

「みんなで頑張ってますよ、余興の練習!」


そう、結婚式の余興を、彼女たち職場の同僚に頼んでいる私。


「何してくれるの?」

「そんなの秘密ですよ。楽しみにしてくださいね、盛り上げますから!」

「うん……」


林原さんは、話しを終えても私のそばを離れずにいる。


「何? 何か……」

「聞きたいことがあるんです。いいですか?」

「……」

「プロポーズって、どんな場所でどんなふうにされました?」


その時初めて私たちに『大事な忘れ物』があったことに気付かされた。

そうなのだ、私はブンにプロポーズをされてない。


「私も2年付き合っている彼がいるんです。参考までに、聞いてみたいな……なんて。
やっぱり結婚しよう! っていうストレートな感じですか? それとも、ムードたっぷりで……
その……どんな素敵な言葉だったんですか?」


されてません……なんて、ここでは言えない。同じ女性として、ちょっとだけ見栄を張る。


「言わないよ、秘密!」

「エーッ! かわいい後輩の頼みじゃないですか」


言えないんだよ、ないんだもん……。





その日、久し振りに一緒に帰る私たち。ブンもアパートではなくて、家に戻るため、

いつもの公園を斜めに歩く。疑問は早めに解決する! そう思った私は、ブンに軽く言ってやった。


「ねぇ、ブン……『大事な忘れ物』を発見したけど……」

「忘れ物?」


ブンはすぐに指を折りながら確認している。

引き出物、挨拶、新婚旅行、衣装、当たり前のように結婚関係の言葉が並んでいた。


「忘れてないけど……」


その前のことを忘れてるんだよ! そう思いながら、ブンを見る。


「何だよ、クイズみたいにしないで教えろよ。気持ち悪いだろ……」


私は仕方なく白状した。本当はさ、『プロポーズされてないんですけど……』なんて、

言いたくないんだぞ!


「したじゃないか……」

「エ?」


予想外の答えに、呆気にとられる私。ここでブンが『あ、そうだった! ごめん!』と

謝ってくるものだと思ってたのに。された人が気付かないプロポーズなんて、あり得るの?


「されてないよ、私……」

「しただろ。ほら、そろそろ挨拶にって……」


その瞬間、自分からふわん……と力が抜けていくのが分かった。確かにそう言われたことはある。

でも、それがプロポーズなんだろうか。


「何で? そういうことだろ? 違うの? ここで会社の帰りに言っただろうが……」

「あれがそうなの?」

「そうだよ」



『やっぱり結婚しよう! っていうストレートな感じですか? 
それとも、ムードたっぷりで……その……』



どっちでもなかった。私の一生に一度の大事なプロポーズ……。


「なんだかつまらないな……それ」

「……」

「後輩がさ、プロポーズはどんな感じでした? って聞いてきて、私、されてないんだって
思ったけど、されてたんだ。でもさ、結婚しよう……でもないし、なんかイベントとか
あったわけでもないし……」

「……つまらないかな」

「一生に一度しかないのに……つまらないよ」


結局、私たちはそのままそれぞれ家に戻っていた。たくあんをポリポリさせながら、

なんとなくふてくされている私に、姉が気付く。


「ユン……ブンとケンカでもしたの?」

「……エ?」


さすが25年間付き合ってきた姉だ。私は、今朝の職場でのこと。

そして、ブンとのやりとりを食事をしながら話し始めた。イベントもなく、

そっけないくらいのプロポーズ。きっと姉は、いつものように『全くブンは、しょうがないね……』

そんなふうに言って笑うだろう。


「ユン……あんた、それ言い過ぎだよ……」


姉のその言葉に、食事をしていた箸が止まる。


「よくそんな言い方をして、ブンが怒らなかったね。私が男なら怒っているところだ……」

「お姉ちゃん……」

「ねぇ、ユン。プロポーズって何よ。人に話してうらやましがられるもの? 違うでしょ? 
男がさ、これから色々な人と出会える可能性を全部捨てて、あなたと生きていきますって
宣言するのがプロポーズだよ……。それを伝えたブンに対して、つまらないだなんて……」

「……」

「あんたさ、結婚決まって、みんなに祝福されて……どんどん幸せになっていくことに、
浮かれちゃってるんじゃないの?」

「……」

「好きな人に選んでもらえただけで、十分幸せじゃないの。それともなに? 
ドラマみたいにホテルのスイートルームじゃないとダメなわけ? それか、街の電光掲示板に
『ユン! 愛してるぞ、結婚しよう!』なんて、出して欲しかったの?」

「違うよ……そんなんじゃ……」

「言葉なんてさ、格好良く言うことなんて、誰にだって出来るよ。
ブンが本当にユンを思ってくれているんだってわかれば、どんな言葉だって嬉しいんじゃないの?」

「……」

「ちゃんと謝りな……ユン」


姉はそれだけ言うと、リビングから出ていった。





一人で湯船につかり、じっと考える。ブンに『そろそろ……』そう言われた時、

そう言えば私はすごく嬉しかったのだ。綾の影に怯えていた頃。ブンが私を選んでくれた……

そのことに……。



思ってもらうことに慣れ、相手を思うことを忘れていた。



下を向いた私の目から、後悔の涙がポツンと湯船に落ちた。





次の日、アパートでハンバーグを作る。ブンに謝らなくちゃ……そう思いながらも

なかなかきっかけがつかめない。


「なぁ、ユン……」

「何?」


私はブンに背中を向けたまま、玉ネギをみじん切りする。


「今日、守口さんに言われたよ」

「何を?」

「プロポーズのこと……」


謝らなくちゃ……そう思うのに、ひと言が出てこない。


「女はその言葉を一生大切にするものなんだぞって。なのに、ガッカリさせちゃってごめんな」


違うよ、ブン……。謝らないといけないのは、私の方なんだから。

綾に『ユンは強くなった……』なんて言われたり、後輩に『どんな素敵な言葉だったのか……』

なんて言われて、浮かれていたんだって。


「もっと、思い出に残るような言葉、ちゃんと言うべきだったな……。
俺さ、そういうムード盛り上げる……とか、全然、考えてなかったよ。
気がきかないんだよな、昔から……」


玉ネギを刻んでいることの涙と、自分への怒りの涙と、ブンの優しさに申し訳なさの涙で、

どんどん前がぼやけていく。


ごめんね……ごめんね……そう思いながら刻む玉ネギ。


「イタッ……」

「……どうした?」


左手の人差し指から、じわっと血が滲んでいく。


「大丈夫だよ、ちょっと切っただけ……」

「……ちょっと待ってろ。救急箱、どこだっけ?」


この間、熱を出した後、多少薬を置いておこうねって、私が渡したのに。

もう、どこに行ったのかわからないの?

でも、私のために、一生懸命探してるんだね……ブン。


「平気だよ、絆創膏だけあれば……」


私は水で指を洗い、自分のカバンから絆創膏を取り出した。


「そんなに痛いのか?」


ブンが見た私の顔は、色々な思いで泣いているグシャグシャ顔だったらしく……。


「玉ネギをみじん切りしたからだよ。泣いてるのは……」

「そうなんだ。ならいいけど……」


安心したブンが、私から絆創膏を取り、人差し指に貼ろうとする。



『ブンが本当にユンを思ってくれているんだってわかれば……』



ブン……。貼り終えたらちゃんと謝るからね。

『大事な忘れ物』をしていたのは、私だって……。





15 分かち合う時 へ……




頑張れユン! 頼むぞブン!

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コメント

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大人になってくね・・・^^

ユンと綾・・・心が通じ合って良かったね・・・。

「見ていてほしい」から「見ていてあげる」への変化が
大人になるってことなのかな・・^^

プロポーズの言葉にしても・・・

「自分の気持ち」から「相手の気持ち」へ、目線を変える・・・
それも二人で暮らしていくための大切なステップだね・・・^^

ユンもブンも、そして綾も・・・成長していくんだね~(*^^*)

成長

eikoさん、こんばんは!


>「自分の気持ち」から「相手の気持ち」へ、目線を変える・・・
 それも二人で暮らしていくための大切なステップだね・・・^^

そうなんですよね。相手を思う気持ちがあれば、うまくいくはずなんですけど、
ついつい、自分、自分! と私もなっています。

成長した3人の最終回も、ぜひ、おつきあいください。

姉と妹

yokanさん、こんばんは!


>お姉ちゃん、いいこというね~。
 ユンちゃんもひとつ大人になったかな^^

気にしていた綾のことが解決して、ちょっと幸せに浮かれたユンを
しっかりとしめてくれたお姉ちゃんです。
二人をずっと側で見てきたからね、どちらにも本音で言えるのです。

めちゃいい男じゃないけれど、ハートは二重丸のブンです。
残り1話も、よろしければお付き合い下さいね。