【S&B】 45 思い出の写真

      45 思い出の写真



違法カジノの事件で、警察に逮捕された高添浩太が、僕のところへ来たと聞き、

なぜかほっとする自分がいた。

望に対して何かをしかけず、こちらに向かってきたのは、彼の誠意なのだろう。


いつものようなラフな格好をしていたが、アイツは僕の顔を見ると、すぐに頭を下げた。

僕らはビルを出て、『マリンサンド』を買う店へ向かう。

入り口に立っていたウエイトレスに、僕はブレンドを2つ頼むと、一番奥の席に腰掛けた。

今の時間なら、あまり店内を利用する客はいない。


「事件のことでは、迷惑をかけました。望にも、あなたにも……」

「僕はいいんだ。ただ、望はショックだったと思う。信じていた君に裏切られたと思ったし、
罪もないのに巻き込まれたんだ。そこはしっかり反省してもらいたい」

第一報を聞いた時には、ビールの缶を握りつぶした手をどう抑えたらいいのかわからないくらい

興奮していたが、こうしてまともに謝罪されると、そう言わざるをえなくなる。


「あの店が、違法なことをしていることは、薄々気付いてました。
でも、薬物の男が出入りしていたことまでは、僕も知らなくて、あのドラムケースに
薬が入っているのではないかと、相当調べられたみたいです。
荷物を持っていたくらいなら、たいした時間もかからず解放されるだろうと思っていた
僕が甘かった」


たばこをふかすことなく、態度をでかくすることなく、アイツは僕の前に座り続けた。

いつものような威圧感はなく、年齢層等の男に見える。


「わかってました。自分が道理の合わないことを望に押しつけていることも、そんなことをしても、
何も解決しないことも。でも、アイツの母親が逃げたことから、家族がおかしくなったことも事実で、
どこにぶつけていいかわからない気持ちを、無抵抗の望に向けてました。
黙って耐えているアイツを見ているうちに、自分自身の感覚が鈍くなっていて、
罪の意識も、薄れていた気がします」


人は恐ろしい。罪の意識というのは、慣れてしまうとなくなるものだ。

子供同士のいじめでも、遊びのつもりから、いつのまにかいじめに発展しているケースが多いのだと、

この間まで仕事をしていた警備会社の人が、そんな話をしてくれた覚えがある。


「あなたに望のことを言われ、初めて気付きました。アイツの人生を壊しているのは、
僕なんだな……と。それと同時に、大事な……」


アイツはそこで言葉を止め、それを飲み込むようにコーヒーを口にした。

大事な……。その先は聞かなくても、なぜかわかる気がする。


「これからどうするつもり?」

「福島に一度戻ります。今回のことは、俺も何も言い返せないし、親父とお袋に土下座して、
そこからまた始めないと」

「そう……」


『ボルダワイン』の打ち合わせをおろそかに出来ないため、時間はあまり残されていなかった。

僕は残ったコーヒーを飲み干し、カップを下に置く。


「これ、望に渡してもらえますか?」

「ん?」


アイツが出したものは、古い1枚の写真だった。運動会の時なのか、

体操服を着た小学生の望と、目の前にいる男が、肩を並べて笑っている。

望が、何を言われてもこの男をかばい続けたのは、こんな優しい眼差しの歴史を、

心に刻んでいたからだろう。


「アパートの荷物を整理していたら、アルバムに挟んであって。で、アイツが映っていたのは、
これだけだったので……」


僕はその写真を受け取ると、自分の手帳に挟んだ。幼い頃はきっと、望を本当の妹だと思い、

かわいがってきたのだろう。しかし、その想いが年齢を重ね、少しずつゆがんだ方向に、

傾いたのかもしれない。


大事な……に続く言葉は、あえて聞かないことにした。


「いつ、向こうへ?」

「来週には……」


そんな途切れそうな会話を最後に、アイツは僕の前から消えた。

望の腕に青あざを作るようなことをしたこと、彼女からお金を巻き上げ、

人生を縛り付けようとしたこと、そして、罪のない罪をかぶせようとしたこと、

全て許すことは出来ないが、営業部に戻り、もう一度写真を見つめると、

それも過ぎたことなのだと、思えるようになった。





「これ……」

「今日、僕に会いに来てくれた。それを持って」


仕事を終え家に戻り、写真を望に手渡すと、懐かしそうに見つめていた彼女の目から

自然に涙がこぼれ落ちた。

荒れた東京の生活の中で、揉まれ、飲み込まれそうになりながらも、この写真だけはなくすことなく、

彼の側にあったのだ。


「人生で唯一賞を取った日なの、これ」

「賞?」

「3等賞……」


徒競走を終えた望の胸には、3等を示す緑のリボンがついていた。

この誇らしげな顔は、その気持ちの表れなのだろう。


「望。浩太君に連絡して、一緒に福島へ帰ってやれよ。いきなり親子3人になるより、
クッションになってやれるんじゃないか? もちろん、長居しちゃまずいけど……」

「……」

「また、伯母さんに会いたくなったって……そう言ってやればいい……」


望は写真を握りしめたまま、嬉しそうに小さく何度も頷いた。





高添浩太を追いかけるように望が福島へ戻り、ちょっとした一人暮らしに戻った。

朝起きて、朝食の匂いがしないことに気持ちが落ち込み、ソファーを一人で使うことに、

寂しさを感じる。


パソコンを立ち上げ、望の順位を見ると、その日、『ウエディングベア』は、

初めて3位まであがり、写真が大きく掲載された。

すぐに報告してやろうとリビングへ向かったが、その相手は200キロ以上離れた福島にいる。


「はぁ……」


ため息が大きく部屋に反応し、どこからかこだまになって戻ってくるような、そんな気がした。





「どうですか?」

「うん……この曲線のデザインはいいね」


1回目のポスター見本が出来上がり、僕は端野さんと一緒に仕上がりのチェックをした。

今頃濱尾は『ボルダワイン』の担当者と、打ち合わせをしているはずだ。


「青山さん、室田さんも同じところを誉めてくれました」

「……あ、そうなんだ」


あの頑固そうなハリネズミが、実はこの仕事に熱心になっていることを知り、僕は嬉しくなった。

あの人は本当はいい人で、優しい人物なのかもしれないと、思い始める。


が、友達にはなりたくない。





端野さんに見本を戻した時、携帯が鳴り出し、濱尾の番号が表示された。

携帯ですぐに知らせてくるところを見ると、噂になっていた計画が、発表されたようだ。


「もしもし……」

「あ、主任。決まったみたいです。日本酒と焼酎とそれぞれ候補の業者が決定したと
松本さんから教えてもらいました。このまま話が先へ進むようですよ」

「そうか……」


ワインだけでなく、焼酎や日本酒の業者まで巻き込むとなると、規模は相当大きいものになる。

この仕事が今年1番の大物になりそうな気がして、思わず両手を握りしめ、力を込めた。





駅の改札を出ると、小雨が降り出していて、何人かの女性が折りたたみの傘を広げ始めた。

これくらいならビニール傘を買うほどでもないなと、少し走りながら家に戻る。

マンションのカギ穴にキーを差し込み回すと扉は開かず、不思議に思いながら元に戻し

ゆっくり開くと、中から料理を作る音が聞こえた。


「望? 戻ったの?」

「あ……おかえりなさい!」


その嬉しい声に、にやける気持ちを落ち着かせながら、わざとゆっくり部屋へ入る。

上着を脱ぎカバンを置き、ポケットから携帯を取りだし、いつもと変わらない仕草をする。

しかし、喜びを我慢できない心だけは、望のそばでクルクル回り出した。


「ねぇ、驚いた? 明日戻るつもりだったんだけど、思っていたより3人が
楽しそうにしているから、邪魔なような気がして」

「なんだよ、せっかく行ったのに……」

「うん……そうなんだけど……」


早く会いたかった……と素直に言えよと思いながら、

別にたいしたことじゃないように振る舞ったが、気持ちだけはコントロール出来ず、

その日の夜、くだらないTVを見ながら笑う声は、いつもの倍以上だった気がした。





46 君からのエール へ……




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コメント

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コウタ君お帰り~

いっちば~~~ん。

コウタ君、若いんだもう一度やりなすことだって出来るし。
本当はいい子なんじゃないの。^^

望ちゃんは小さいころの彼を知ってるから、今の彼が本当の彼じゃないって信じていたんだね。

仕事の順調そうだし、ハリネズミさんは一筋縄ではいかないけれど、仕事の時だけで本当はいい頑固親父なのかもしれないし。
(ハリネズミさんがいったいいくつなのか分からないけど。何だかそんな感じ)


>喜びを我慢できない心だけは、望のそばでクルクル回り出した。
なんだか、二人の微笑ましい図が見えるようです。

三等賞と三位

素直に謝りに来たアイツ、望は知っていたから、本当は素直な良い子だって・・だから振り切れなかった。

「早く会いたかった」って祐作だって言ってあげればいいのに。
ウエディングベアが三位になったことも早く教えてあげたいでしょ。
楽しそうな二人の夜は長い(///o///)ゞ テレテレ

素直じゃないね。

浩太くん、良かったね。
根っからの悪じゃなくて、優しすぎて、
気が弱いんだよね。それにしても、
望ちゃんに一緒に帰ってあげるように言うなんてよく気がつきますね祐作くんは。。。

でも自分の気持ちに対しては
素直になれないのね。
まあ仕方がないか、そこがまた良いとこでもあるから♪

素直に喜べよ~

浩太君、根は優しい良い人だったんだよね~
良かったよ、改心して戻って来てくれて…

それにしてもしょうがない祐作だねぇ
望が早く帰って来てくれた事嬉しいんだから
望のこと素直にギュって抱きしめちゃえば良いのにさぁ
ギュ~ッてさ!

tyatyaさん、こんばんは!


>望ちゃんは小さいころの彼を知ってるから、
 今の彼が本当の彼じゃないって信じていたんだね。

優しかった兄の浩太を、信じ続けた望です。
祐作にも、そんな二人の思い出が伝わったので、
今回、望を福島へ帰してあげました。


>仕事の順調そうだし、ハリネズミさんは一筋縄ではいかないけれど、
 仕事の時だけで本当はいい頑固親父なのかもしれないし。

あはは……、いいねぇtyatyaさん、その想像力!
そうそう、そんな感じでいいと思います。

そりゃそうだよ

yonyonさん、こんばんは!


>望は知っていたから、本当は素直な良い子だって・・
 だから振り切れなかった。

優しかった兄の思い出は、望の中にしっかりと残されているんですよね。
兄じゃないけど、兄……


>「早く会いたかった」って祐作だって言ってあげればいいのに。

いやいや、言わせたいんですよ、望に(笑)


>楽しそうな二人の夜は長い(///o///)ゞ テレテレ

そりゃそうに、決まってるよね!! (*/∇\*) キャ

彼の弱さ

beayj15さん、こんばんは!


>浩太くん、良かったね。根っからの悪じゃなくて、
 優しすぎて、気が弱いんだよね。

気が弱い……、確かにそうかもしれないですね。
自分の悪いところを認められずに、もっと弱い立場の望に
想いをぶつけてしまったのですから。


>でも自分の気持ちに対しては、素直になれないのね。

あはは……。男って、変なところにプライドが働くんじゃないかなと。
言わせたいんですよ、望に。
許してやって!

ギュー!

Arisa♪さん、こんばんは!


>浩太君、根は優しい良い人だったんだよね~

悪く見えても、角度が変わればいい人……なんじゃないですかね。
根っからのワルは、描きたくないもので(笑)


>望が早く帰って来てくれた事嬉しいんだから
 望のこと素直にギュって抱きしめちゃえば良いのにさぁ

変なプライドが邪魔をして、祐作は意地張ってますけど、
抱き締めちゃうに、決まってるじゃないですか!
Arisa♪さんには、見えないところで(笑)