【again】 恋の香り Ⅱ

【again】 恋の香り Ⅱ

     恋の香り Ⅱ



7月末になり、大地も夏休みに入った。今日は真希の子供達と花火大会に出かけ、

マンションには絵里と直斗が二人残り、花火をベランダから楽しんでいる。


「駐車場で?」


「あぁ、真弓さんが病院へ行くからって運転させて、その総合病院のフロアで
待ち合わせしたらしいんだ。でも、亘はそれに気づき、そのお見合い相手に、
全くつきあうつもりはないですって言い切って、そのまま帰ったらしい」

「あら……」

直斗はグラスに入っていたビールを飲み干し、横にある台に置く。

絵里がまだ開けていない缶に手を伸ばすと、直斗は首を少し動かし、開けなくていいと合図する。


「あいつはしっかりしているから、きっと自分で見つけますよって、
真弓さんには言ったんだけど、なかなか……」


ベランダからは、打ち上がる色とりどりの花火が見えた。

ドンという音の後に開いた花火が、少しだけ時間をずらし、またパチパチ音をさせ消えていく。


「あなたの相手が私だから……しっかりしたところのお嬢さんを、亘さんには迎えたいって、
ご両親は思うでしょうね……」


そんなつぶやきを聞いた直斗は、横で花火を見上げている絵里の腰を左手でグッと引き寄せた。


「絵里……君を選んだのは俺だ。あの二人もちゃんと認めてくれた。
大地のことだって、気にしてくれてるのに、そんなふうに思っちゃだめだ」

「……ごめんなさい」


直斗は、申し訳なさそうに謝った絵里の方へ顔を近づけ、軽く口づける。

恥ずかしそうにうつむく絵里のあごをあげ、さらにもう一度唇に触れた。


「大地の誕生日にっていただいたリモコンカー、お気に入りでよく遊ぶのよ」

「あぁ、そうみたいだね。今日もリュックに入れてきたって、車の中で話してくれたよ」


直斗は腰から左手を絵里の髪へ移し、うなじの部分に差し入れると、耳元に口づける。

花火の光で明るくなるたび、絵里は自分の表情を直斗に見られ、心の奥をのぞかれそうになり、

うつむいてしまう。


「直斗さん……ねぇ、ここ外よ」

「わかってる……」


積極的な直斗に押されるように、キスを受ける絵里は少しずつ後退し、背中が壁に当たる。

直斗の唇が、遠慮のない場所にまで届き、からみつく想いはさらに深くなる。


「ねぇ……」

「最上階の端だから、どこからも見えないよ」


互いの鼻先が触れあったまま、直斗は何度も絵里に触れ、さらに首筋に、そしてまた耳に口づける。


「ねぇ……聞いて……る?」


絵里をなぞるように上がる直斗の右手に、思わず声が漏れるが、花火の音にかき消され、

目の前の人にだけ、その想いが届く。

耳に触れる絵里の抜けるような声と、服をつかむ指が、直斗への返事になり、

さすらっていた指は、その先の想いへ絵里を誘う。


「ねぇ……」

「わかってる……でも、大地がいない君との時間は……貴重なんだ……」


そう言った直斗は、もう一度絵里に口づけ、うつむき加減の顔を自らの方へ向ける。


「たまには二人でいることも、楽しんでほしいけど……」


両手で絵里の腰に触れ、自分の方へ引き寄せる。絵里はそんな直斗の本音に、

クスッ……と声を出し笑い、想いに応えようと顔を埋めた。

直斗は白旗を挙げた絵里の首筋にキスを落とし、体を抱き上げる。


「もう、花火はいいだろ……」


見つめ合いそう問いかけた直斗の口元に、絵里は軽く指で触れる。

直斗はその指にキスをすると、絵里を抱えたまま部屋へ戻った。





週が明けた月曜日、亘は、緑が丘店で、ある提案事項を協議中だった。

画期的な亘の意見に、店長の成田は少し曇った顔をし、側近の前島は腕を組む。


「地域の方々の協力を得て、もっと開かれた経営をしていこうと思うんだ。それに……」


その時、扉を叩く音がして、店長の成田が慌てて開けると、そこには怒りの表情のまま、

乗り込んできた美希が立っていた。


「すみません、お話中でしょうが、ちょっといいですか」

「君……」


美希の態度に、前島が立ち上がるが、横にいた亘がその動きを制止する。


「いいよ前島、……何?」

「先日の件で、お話があります」


亘はその言葉を聞くと、内容はすでにわかっていると何度か頷き、書類を前島に手渡した。

扉の前に立つ美希の腕をつかみ、その場を離れる。

店長の成田は何が起こるのかが見えず、心配そうに二人の後ろ姿を見送った。


「成田さん、桜井製粉は知ってるよね」


前島は腰を下ろし、ポケットからたばこを取り出すと、火をつける。


「あ……はい。もちろんです。うちにも製品を入れていただいてますし、
業界の大手じゃないですか。それが何か……」

「彼女はそこのお嬢さんなんだよ」

「エ?」


陳列に文句を言い、何かと問題を起こす美希の正体を知り、店長の成田は大きな声をあげた。

自分が彼女にしてきた態度は、立場上まずいのではないかと顔をゆがめる。

前島は、そんな成田の態度に、笑いながら手を振った。


「大丈夫だよ、彼女はそんなことを親に告げ口するような人じゃないし、
むしろ、桜井製粉としては、彼女自体を困った存在だと思っているようだから」

「そうなんですか?」

「あぁ……」


前島は立ち上がり、外へ向かった亘と美希が歩いていくのを確認する。


「しかしまぁ、部長には、いろいろと刺激がありそうだけどね」

「エ……」

「近頃、毎日、パンだ野菜だ、丸かじりだ、何もつけずに素材を味わえだの……
つきあわされる方も大変なんだ」


成田は前島の言っていることがよくわからないまま、合わせるように軽く笑った。





「私が何を言いたくてここへ来たのか、理解しているということですね」

「お見合いのことでしょ?」

「そうです」


美希は、亘が聡美とろくに話をすることなく、帰ってしまったことに文句を言った。

亘はその言い分を黙ったまま聞く。


「妹のことを何も知らないのに、シャットアウトするようなことを言うなんて、
女性に対して失礼じゃないですか」

「そうかな」

「は?」


亘は美希の方を向き腕を組むと、そこから反論を開始する。


「聡美さんはまだ大学生活を終えたばかりだ。親の言うままに結婚する方向へ動く必要なんて
ないと思ったし、彼女にはもっと自分のやりたいことを探すべきだとそう言いました」

「やりたいこと……」

「そうです。見合いで結婚していくことを、否定するつもりはありません。
でも、僕はあまりその方法に魅力を感じないんです」


亘の話を、美希は真剣な表情で聞いた。妹との見合いを断った理由が正論で、

自分の考えと近いことに驚いた。そして堂々と意見を主張する亘の姿に、

この人が、ただの金持ち息子でないことにも気づく。


「自分の考えを持ち、まっすぐ進む女性に僕はひかれます。だから、そんな人は
自分で探さないと……。見合いをすれば目の前に現れるというものではないでしょう。
いや、そういう人が相手なら、僕はすぐにでも見合いをするつもりですけどね。
大学を卒業したばかりの聡美さんに、それを求めるのは無理なことです」


決して威圧感のある話し方ではなく、思っていることを着実に伝えてくる亘の言葉を聞きながら、

美希は自分より2つ年下であるにも関わらず、確かに数ある店舗をまとめていくだけの、

人物なのだろうと感じた。


そして、この人の目に止まるのは、どんな女性なのだろうと、

美希は亘の横顔を見ながらそう思ったが、視線が自分に向いたことに気づき、慌てて目をそらす。


「そうだ、今、成田や前島と話しをしていたんですけど、地元の業者同士で
話し合いの場を設けることにしました。スーパーの売り場の一角を解放して、
そこをみなさんで運営していただこうという案で、どうもまとまりそうです」

「自分たちで、運営?」

「はい。『ドリーム』さんだけでなく、地元の農家の方も何名か参加して下さることになりました。
地元野菜を作っているところまで僕が出向き、呼びかけに賛同してもらいました。
今回のことはチャレンジですが、成功すれば次に店を出すにも、
地域の協力が得やすくなるのではないかと、思っています」


亘は自ら農家へ出向き、それぞれの立場で提案をしてもらったこと、

どんな協力なら、互いに無理なくできるのかなどと話し合ったのだと告げた。

美希は亘の話をただ黙って聞き、頷く。


「せっかくこの場に作った店舗です。地元の方に愛されるものでないと、
僕らも経営していく張り合いがありません。ぜひ、一緒に盛り上げて下さい」

「……はい」


見合いのことを言いにきたはずなのに、美希はいつの間にか亘のペースに巻き込まれ、

最後には新しい売り場の話しに、変わっていた。





仕事を終えた亘が家に戻ると、リビングでは父、高次が新聞を読み、

母の真弓は誰かと楽しそうに、電話をしているところだった。

階段を半分くらいまで上がった時、真弓に後ろから呼び止められる。


「ねぇ、亘さん。来月の10日、空けておいてね」

「10日?」

「そう、桜井製粉の社長が業界功労賞をいただいた受賞パーティーなんですって。
お父様が亘に行かせろとおっしゃるし、先日のこともあるから、ちゃんと顔を出して欲しいのよ。
ご家族がみんな揃うのは久しぶりだって、奥様も機嫌がよかったし……」


先日のこととは、勝手に見合いを仕掛けられ、それに気付いた亘が聡美に声だけかけて、

戻ってきた日のことだった。亘は振り向き手すりに寄りかかる。


「見合いだ、見合いだって。その気はないって、何度も言ったのに、勝手にくだらない仕掛けを
作ったのはどっちなんだ。僕は、向こうに謝らないとならないことをした覚えはないし、
仕事でやりたいこともある。今、無理に結婚なんてする必要もない。それに……」



『ご家族がみんな揃うのは久しぶりだって……』



亘は真弓のセリフを思いだし、家族が揃うということは、

そこに美希も来るのだと考え言葉を止める。


聡美との見合いについて、文句を言いに来た美希だったが、結局亘の理論に押され、

いつのまにか聞き役に回っていた。

その中で亘が説明する、新しい売り場のことに対しては積極的に意見を言い、

楽しそうに語る美希の笑顔を、心地よく感じたのも事実だった。


「……わかった、行くよ、10日だね」

「本当に? 行ってくれる? よかった……ちょっと、急にキャンセルしたり、
どこかに行ったりしないでよ」

「あぁ……」


あの化粧っけのない美希が、どんな姿でその場に姿を見せるのか、亘はそう考えながら、

残り半分の階段を部屋へ向かってかけ上がった。





「美希、似合ってるって」

「そうかな……、いつも髪の毛おろしたことなんてないから、なんだか変」

「そんなことないわよ……」


桜井製粉社長の受賞パーティーの日がやってきた。

美希は朝から姉にセットを頼み、ドレスを借り、家族でホテルへ向かう。


先日、亘が提案してくれた地元生産者との話し合いは、みんなが積極的に意見交換をする場になり、

『ドリーム』としても、成果が大きかった。


「いやぁ、それにしてもさ、いきなり現れて、トマトをかじらせてくれっていうから、驚いたよ。
後から、あの人が責任者だと知って、もっと驚いたけどね」

「うちもだ、曲がったきゅうりも軽く水で洗ってかじってた」


亘は『ドリーム』意外にも、地元の農家や業者を周り、スーパーとの協力を自ら頼んで回った。

大きな売り場の中に、独立した場所を設け、責任を持った商売をしてほしいという提案は、

彼らの少し斜めになっていた心を動かし始めたのだ。


「大手のスーパーなんてものはさ、小さな業者を食いつぶすだけだと思っていたけど、
こんなふうに取り入れてもらえるのなら、やりがいもあるよな」

「そうそう……、地元生産者のパワーを見せてやろう!」


美希が話し合いに加わったのは最初の1回だけで、後は責任者である店長が参加したが、

楽しそうに成果を語る姿を見ながら、亘の力が影で大きく働いていることに、嬉しさを感じる。


「ねぇ、もう少しチーク……」

「いいわよ、これで……。なんだか自分じゃないみたいで、おかしい気がする」

「そんなことないわよ、美希」


ホテルの控え室でも、姉と妹は化粧品や宝石について楽しそうに語っていたが、

美希はマニキュアさえつけない指には似合わないと、指輪もないまま座っていた。

正面の自分を見るのは、なぜか難しく、横にあった小さな鏡に映る姿をチラッと確かめる。


「美希は素材がいいのに、いつも粉まみれなんだもの。
もう、いい加減に職人のようなことはやめて、少し女性らしくしなさいよ。行き遅れるわよ」

「エ……」


結婚し子供が生まれた姉に言われ、美希は何も言い返せずに黙ってしまう。

30を越えたことは、自分でもわかっていた。

しかし、あらためてそう言われると、まるで自分が夕方までトレイに残っている

パン達のような気がして辛くなる。


「髪型も今日みたいに、少しウェーブかけて、おしゃれすればいいのよ。
いつも三角巾でひっつめちゃってるから、ねぇ……」


妹の聡美もそう言いながら、小さな手鏡でリップを直し、開場の時を待った。





パーティーが始まり、美希は会場の隅に立った。いつもこんな場所に出向き、

場慣れしている姉や妹には語りかけてくる友達や知り合いが多いが、パンを作るようになって、

あえて避けてきた美希には、話を合わせるような知り合いも、いつの間にか少なくなっている。


そんな会場の中で少しずつ目を動かすと、女性が何人かまとまって立っている場所があり、

その奥にいる亘に気がついた。


亘は代わる代わる話しかけられ、動くたびにそばには新しい輪が出来た。

そんな状況に、美希は側に寄ることも話しかけることも出来ず、ただ取り巻きの外側で立ち尽くす。


「あ……篠沢さんよ、やだ、珍しくない?」

「あ、本当だ」


後から入ってくる人の目に、亘はとまり、囲む輪はさらに大きくなった。

その女性たちには自分を美しく見せる技があり、光がある。



『……ぜひ、一緒に盛り上げて下さい』



先日、売り場について語り合った時と同じ笑顔の亘が、目の前に見えた。

誰に対しても見せる笑顔に、美希の心がどこか穴のあいた風船のようにしぼむ。

美希は亘から視線を外し、足は自然に外へ向かった。


「お姉ちゃん、どこに行くの? パパの挨拶これからじゃない」


美希の様子に気付いた聡美が、慌てて声をかける。


「聡美、私、もう帰るわ。こんなところ場違いだってあらためて気付いた。
お父さんにはちゃんと挨拶もしたし、家族として最低限の任務は果たしたでしょ。
お店も気になるから」

「エ……でも」

「また、しばらくしたら家に帰るね」


美希は聡美の横をすり抜け、手に持っていたグラスを台の上に残し、会場を後にした。

履き慣れないヒールがふくらはぎを痛めつけていることに、なぜか今気付く。


亘にお礼を言おうと思い、出席したパーティーだったが、久しぶりに無理して

飛び込んだ場所はとても息苦しかった。


「何してるんだろ、私。全然、似合わないのに……」


亘と気軽に話しが出来たのは、自分が店に関わる職人だったからなのだと、

美希は手洗いの鏡に映る、慣れないメイク顔を見ながらため息をついた。





「聡美さん……」

「あ……篠沢さん。今日はありがとうございます」


美希が会場を出て少しした時、亘は聡美の姿を見つけ話しかけた。

一緒にいるだろうと思った美希の姿は、どこにも見あたらない。


「美希さんは、今日、来られないんですか?」

「それが、今、もう帰るって会場を……」


亘は会場の入り口へ向かおうとして、また別の女性に話しかけられる。軽く手をあげて

それをかわし、廊下へ出ると、エレベーターに乗る美希を、一瞬だけ見ることが出来た。


下へ向かうエレベーターを見て、階段で追いかけようと思ったが、

長い廊下の反対側にしか階段がなく、廊下の端にある大きな窓から下を見る。


何秒後かに会場のホテルから出て行く美希の姿が見え、軽くウエーブさせた

髪の毛のリボンを外し、取り出したゴムで素早くまとめ上げた。


客を降ろすタクシーに声をかけ、乗り込もうとしたが、履き慣れないヒールでつまずき、

慌てて扉をつかむ。


「あ……」


その様子を見ていた亘から、思わず声が漏れたが、下に届くはずもなく、

美希を乗せたタクシーは、そのままホテルを離れていった。





恋の香り Ⅲ へ……




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コメント

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ヾ(´ε`*)ゝべっベランダ

直斗ったら・・・照れちゃったよ見てたらヾ(´ε`*)ゝ
亘さんはどうやら?いい人を見つけた様子♪
それに亘自身も随分変わったなぁ~と印象を受けました。
自分のあんよでしっかり前を歩ける女性は憧れです。
>行き遅れるわよ
お姉ちゃんのお言葉!真摯に受け止めます・・・三十路か・・・(..

亘の変化

ヒカルさん、こんばんは!

この『恋の香り』は、本編からすると、おまけのようなものですからね。
遊び心いっぱいで書いたつもりです(笑)


>亘さんはどうやら?いい人を見つけた様子♪
 それに亘自身も随分変わったなぁ~と印象を受けました。

亘を中心に見ているっていうのもあるかもしれないですけど、
絵里や直斗と関わって、亘にもいい変化が起きたのだと思います。

残り1話なので、最後までよろしくね。

亘くん

nunさん、こんばんは!

絵里、直斗、亘、それぞれが関わり合いを持ちながら、
ずいぶん考え方など変化をさせてきましたが、
想いが実らなかったことで、一番大きくなれたのは亘かもしれないですね。

亘と美希の恋の行方、残り1話なので、ぜひ、おつきあいください。