【S&B】 48 騒がしい胸の内

      48 騒がしい胸の内


『ボルダワイン』の企画立ちあげパーティーへ向かう僕と濱尾は、

途中で思いがけない電車の事故に遭遇し、予定の時間より大幅に遅れて会場に到着した。

セレモニーはすでに始まり、挨拶をして回ろうと思っていた予定が狂う。


「参りましたね、とりあえず松本さんにだけは連絡を入れましたが」

「うん……」


駆け込むように会場へ入り、とりあえず会場の隅に立ち、様子を見守った。

『ボルダワイン』には、きちんと営業部や制作部もあるため、その担当者達が、

それぞれの協力企業名を紹介する。

日本酒部門で3社、そして目の前に焼酎部門での3社が並び始めた。


昔、怒りを込めて殴りつけたあの男が上がるであろうと思っていた壇上に、髪の毛を伸ばした

一人の女性が立つ。緊張するときに右手で拳を作り、フッと息を吐く癖は今も変わらないらしい。


「大分にあります。『富田』から参りました、富田千鶴です。このたびはこのような企画に
参加させていただくことになり、社員一同、また新しい展開が期待できると、張り切っております」


千鶴は会場の隅にいる僕になど気付くことなく、堂々と挨拶をした。

隣の濱尾が何も知らずに、僕へ肘で合図する。


「ん?」

「美人ですね、あの人」

「……そうだな」


濱尾と僕とでは性格は全く違うと思えるのに、女性の好みはどうも似ているらしい。





「いやぁ……大変でしたね。東南線で事故があったと秘書から連絡を受けまして、
巻き込まれているかどうか心配したんですよ」

「申し訳ありませんでした。本来なら僕たちが下で動かなければならないところを」

「いやいや……ビー・アシストさんには、これからも色々と助言をお願いしないとなりません。
そんな下で働くなどと言わないでください」


招待したマスコミも多数かけつけ、大きな企画は順調に船出をした。松本さんはご機嫌なまま、

挨拶回りに忙しく、僕と濱尾は軽く挨拶だけ済ませると、時計をチェックする。


「主任、ちょっといいですか」

「ん? あぁ……」


濱尾はトイレに行くようで会場を出ていった。少しすると僕の目の前に左右のヒールが並ぶ。

顔を上げて見ると、グラスを手に持った千鶴が立っていた。

大分へ追いかけ、どうにもならない運命を嘆いたあの日以来の再会に、最初の言葉が出ない。


「久しぶり……」

「あぁ……」


学生時代につけていたルージュとは色も変わり、あの頃何もなかった指には、

しっかりとシルバーのリングがついている。流れてきた時を感じ、僕は言葉を押し出した。


「あんな場所で、堂々と話が出来るのはたいしたものだ」

「そんなことないわ。緊張して足が震えたもの」


千鶴は照れくさそうに笑うと、持っていたグラスに口をつける。


「主人は企画に反対なのよ。だけど、私がどうしてもって強く押した手前、
何でもやらないとならなくて。しばらく東京と大分を行ったり来たりしないと」

「そう……」


僕はコンパニオンからグラスを受け取り、そこでやっと飲み物を口にした。


「来週、大分県のアンテナショップに顔を出すの。その時、会社に連絡を入れるから、
会ってくれない?」

「来週?」

「番号、変わらない?」


千鶴が僕の番号をまだ消していなかったことに驚いたが、真剣な彼女の表情に、

僕は軽く頷くことしか出来なかった。





『ボルダワイン』の会場で濱尾と別れ、僕は『かいづか』に顔を出した。

ワインをいただいたお礼は電話でしたものの、直接、会長の顔を見るのは久しぶりだ。


「青山ちゃんだもんね。そう、フリーな期間が長いわけがないのよ。今更ながら」

「いえ……」


仕事のことなら、何を言われても交わす自信があるが、プライベートの一番無防備な姿を見られ、

この会長に対し、どう言い返したらいいのかわからない。

意味もなく手帳を広げ、書かなくてもいいような用件をあれこれ書き足していく。


「申し訳ありませんでした。あんな高級ワインをいただいてしまって。
僕じゃ、たいしたお返しも出来ませんし……」

「何言ってるのよ。青山ちゃんにはしっかりと仕事してもらっているじゃないの。
まぁね、うちの娘の誰かと上手くいってくれないかしらって、いつも言ってきたけど、
あんな顔を見せられたら、そんなことも言えなくなったわ。あのワインは私の『完敗宣言』」

「……はぁ……」


あんな顔と言うのは、一体どんな顔だったんだろう。

出されたお茶をめずらしく、僕は一気に飲んでいく。


「あなたが条件で人を選ぶような人間じゃないってわかってたもの。内心納得しながら、
実はとっても悔しかったのよ。こうなったら、仕事だけでも縛り付けておかないと」


縛られるつもりも、縛るつもりもないのだが、会長の一言には逆らえず、

僕はただ愛想笑いだけを浮かべてしまう。


「ねぇ、京佳は知ってるの? 青山ちゃんが小柄のかわいい女性と食事をしてたのよって言ったら、
すぐにあの人だ、あの人だって騒いでいたけど」


なぜか鋭いこの親子のことだ、おそらく京佳さんの思い描いたのは、望で間違いないだろう。

僕が口を開けてそうだろうと返事しようとした瞬間、階段の上の方から、声が届く。


「青山さん! 青山さんってば!」


上を見上げると、そこには笑顔のまま手を振る京佳さんがいた。





「もしかしたらとは思ってたんだけど、そうなんだ……」


会長に電話がかかった隙を狙い、京佳さんは僕の前に腰掛けた。

こっちの表情をのぞき込むようにしながら、僕の気持ちを探ろうとする。


「あの日、ワッフルを買ってくれた人でしょ? ねぇ、そうでしょ?」

「……そうですよ」


別に隠し立てする必要もなく、僕は望のことを素直に京佳さんに告げた。あの日、

強引に車に乗り込ませ、横に座らせた時、少しずつわき上がっていた彼女への気持ちを、

確信した。あの日の約束がなければ、僕と望の恋は、違うカーブを描いたかもしれない。


「かわいい人なんだろうな……あの人って。青山さんが選ぶんだから」


あえて何も言わずに、僕は手帳を広げ、予定を書き込んだ。

京佳さんのつぶやきは、いつもまっすぐでいやらしくない。


「ねぇ、ママったら『完敗宣言』と『乾杯』をかけたつもりなのよ。わかってた?」


もし、彼女が妹なら、僕は出会う男の存在が気になるんじゃないだろうかと、

そう思いながら頷きかえした。





「来週?」

「うん、仕事のことで相談があるらしい。ビー・アシストとして関わりを持たなくてはならないし、
ちょっと話は聞いてみようと思ってるんだ」

「……そう」


千鶴が会いたいと言った事実を、僕は望に伝えた。別に後ろめたいこともないし、

隠しておかなければならないことでもない。逆に話をすることで、安心して欲しかった。


「わかった……」

「アンテナショップのさ……」


アンテナショップがある近くに、有名なタルトの店がある。

それを土産にすることを約束しようとした時、望の携帯が鳴りだした。


「はい……あ、赤坂さん、先日はお世話になりました」


赤坂さん……。望が賞をもらった『SKY』の編集部員だ。また、何かの取材が入るのだろうかと

思いながら、僕はお茶に口をつける。


「エ……三田村弥生は私の母ですが……」


望の母親の名前に、僕はすぐに彼女を見た。受話器を持ったまま返事をし、頷いているが、

どこか上の空のような、そんな気がする。


「はい……」


予想外の出来事に、頭がついていけてない表情で、望は電話を切った。

なんとなく状況の予想はついたが、確認するため、あえて問いかけてみる。


「どうしたの?」

「編集部に、三田村弥生って人から連絡が入ったんだって。私の連絡先を教えてくれって……。
で、教えていいかって……」

「お母さん?」

「うん……」


嬉しそうに笑う望を見ながら、なぜか僕は気持ちが乱れて仕方がなかった。





49 視線の先 へ……




いつもおつきあいありがとうございます……

ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

どっちがいいの?

 アンニョン~^^

 祐作は 元カノ千鶴のことを 後ろめたさのないことを
 理由に 敢えて 望に話すことで 安心させる選択をしましたが
 隠すわけではないけど 話さないほうがよかったのか・・・。

 祐作は、駆け引きができるタイプには見えないので
 彼にしてみれば 気持ちに正直な選択だったのかな~!?

 好むと好まざるではなく 仕事上、千鶴との関わりが
 増えてくる展開に なにやら波風を感じます・・・。

私も同じ~^^

ももちゃん こんにちは^^

前回は、あまりにもみんなと違う感想なので・・・とこっそり送っちゃったけど、今回はここに堂々と書くよ!(笑)

かいづかの会長さん、好きだわぁ~^^
レストランで見かけても、話しかけず高級ワインを置いていっちゃうところなんて、憎い憎い^m^
祐作の違う一面を目にするたびに、娘婿に欲しかった・・・と思うのでしょうね・・・

miharuruさん、あはは・・・私も同じことを思った~!
千鶴のことを望ちゃんに言っちゃったけど、あれって・・・・(例えが乱暴でごめんね 先に謝るわ^^;)
今の彼女に、浮気をしたことを正直に告白して、男の胸の内はスッキリしたい!
のと同じじゃないかと・・・

今は君だけだよって言いたかったんだろうけど、望ちゃんにとっては知らない方が心配の種がなかったかも・・なんて思ったのでした。
このことが、のちに波乱を招くのか!

などと、真剣に考えるお話を書いてくれちゃう ももちゃんに、今回も翻弄されております。

書き終えたのね・・・いいなぁ・・・
ホント、いつもエネルギッシュだよね!(同時連載しちゃうし)
羨ましい・・・

また香辛料?

こんちは。

会うことは予想していたけど
目の前に現れると 一瞬の気後れ。
気に掛けるものがないのなら 堂々と胸張って・・・と思うのは
女の気持ちかしら?
千鶴は企画も進めたりと結構強い面も持っているのか
声を掛けて行ったわね。
彼女が何を思っているのかは 今後だろうけど
う~~ん また ももんたちゃんたらっ!って 思いながら読んでました。

もっと事後報告のほうが良かった気もするけど
やましくないからいえること。ね。
でも会うまでの間 望は一人もんもんとするのだろうな~

ところで なでしこちゃんの秘密のコメント気になったわ。

今頃?

千鶴に会うのか・・・本当に仕事のことかな?
知らなくて良いこともあるってこと、何でも正直がいいとは限らない。↑同じ意見だな。

京佳さんもサバサバしていて気持ちがいい。会長はちゃんとわかってくれる人。祐作が選んだ人は間違いないって!

濱尾君と好きなタイプが似てる、複雑(><)

望のお母さん、今頃・・・会いたくなったって・・・

望ちゃんなら・・・

望の『ウエディングベア』は、お母さんの消息を知る伏線だったのか・・・。
そこまでは読めなかったわ。ももちゃん~・・さすが!

でも、きっと母親に再会したら・・
望ちゃんの心には、大きな変化が起きるような気がする・・・。

堂々と挨拶できるようになった千鶴さんに仕事絡みで祐作が会うことも・・
「かいづか」の会長の彼への評価にしても・・
望ちゃんは、
自分の世界と、祐作の世界の違いにギャップを感じて
気遅れを感じそうだね・・・・。

私も皆さん↑と同じく・・・
「祐作、千鶴さんのこと言わなきゃいいのに・・・」
って思いました~;;

なんか危険信号・・・点滅し始め・・? 切ない・・・

どちらかな?

miharuruさん、こんばんは!


>祐作は、駆け引きができるタイプには見えないので
 彼にしてみれば 気持ちに正直な選択だったのかな~!?

千鶴のことは、以前望に話してますからね。だからこそ、隠さないで行こうと思ったはずなんですが……


>好むと好まざるではなく 仕事上、千鶴との関わりが
 増えてくる展開に なにやら波風を感じます・・・。

物語スタートから、ずっとチラチラ出てきた千鶴が、姿を現しました。
みなさんの心配はもちろんのことです。

祐作の告白が、吉と出るのか、凶となるのかは、続きで確かめてくださいね。

在庫一掃

なでしこちゃん、こんばんは!


>前回は、あまりにもみんなと違う感想なので・・・と
 こっそり送っちゃったけど、今回はここに堂々と書くよ!(笑)

あはは……。いいんだよ、感想なんて、それぞれなんだもの。
こっそりでも、バッチリでも、どちらでもお好みで(笑)


>かいづかの会長さん、好きだわぁ~^^

でしょ? 私も好きなの。彼女で番外編書きたいくらい(って、書かないけどね)


>今は君だけだよって言いたかったんだろうけど、
 望ちゃんにとっては知らない方が心配の種がなかったかも・・
 なんて思ったのでした。

うふふ……望にとって心配の種になるのかどうか、
そこらへんは読んでもらわないとなんとも言えないのですよ。

千鶴……やっぱり出てきたんだな! と思っている人、結構いるんだろうな。


>書き終えたのね・・・いいなぁ・・・
 ホント、いつもエネルギッシュだよね!(同時連載しちゃうし)

同時連載って、あっちは蔵出しだもん。
『在庫一掃セール』みたいなものだよ(って、安売りはしないぞ)

うーん

azureさん、こんばんは!


>彼女が何を思っているのかは 今後だろうけど
 う~~ん また ももんたちゃんたらっ!って
 思いながら読んでました。

うーん、もう! ここはポイントだよね。
いつか出てくるんじゃないかと、思っていた人は多いだろうが、
そう唸ってもらえると、ウヒャヒャという気分です。

この告白がどっちに転がるのか、それはこれからのお楽しみ! ということにさせておいてください。

なでしこちゃんのコメントは、ご本人に聞いてみて!

隠しておこう派

yonyonさん、こんばんは!


>千鶴に会うのか・・・本当に仕事のことかな?
 知らなくて良いこともあるってこと、
 何でも正直がいいとは限らない。

今回は、言わなければ良かったのに……派が多いんだな。
まぁね、聞いて楽しい話じゃないだろうし、望にしてみたら。

でも、隠されていて後から知っても、複雑な気もするし。

望のお母さん、どんな色を出してくれるのか、待っていてください。

うふふ……

eikoちゃん、こんばんは!


>望の『ウエディングベア』は、
 お母さんの消息を知る伏線だったのか・・・。
 そこまでは読めなかったわ。ももちゃん~・・さすが!

いやぁ……ありがとうございます。
おぉ! と思ってもらえたら、とっても幸せ(笑)


>でも、きっと母親に再会したら・・
 望ちゃんの心には、大きな変化が起きるような気がする・・・。

うーん……ねぇ、どうなんだろう。
祐作の告白と、望の母親と、突然訪れた二つの顔、どんなふうになっていくのかは、
これからのお楽しみということで。

母ですよ

yokanさん、こんばんは!


>ここでお母さんの登場か~、
 素直に喜ぶ三田村ちゃんの顔が曇らないことを祈るわ。

はい、登場です(笑)

望の母親と、千鶴の存在は、ずっと物語上にありながらもふんわり浮かんだ状態でしたが、ついに登場です。


>千鶴さんと会うことを言ったのは正解だと思うわ

yokanさんは、話してOK派なんだね。
どっちがよかったのかは、これから続きを読んでくださいませ。

こちらこそ、最後までよろしくお願いします。

のこのこ亀

ももんたさん、こんばんは~~。

今頃のコメントでゴメンなさ~~い。

もう伏線貼りまくり~~~~。

何故か千鶴の登場に、待ってました!!!と声をかけたくなる。^^

お母さんの登場と千鶴の登場で望ちゃんの心は揺さぶられるんだろうなぁ。

そこは祐作君が支えてくれるとして・・・

波乱含みで楽しみだなぁ~~~。

揺れるのは?

tyatyaさん、こんばんは!


>もう伏線貼りまくり~~~~。
 何故か千鶴の登場に、待ってました!!!と
 声をかけたくなる。^^

あはは……そんなに伏線あるかなぁ。
でも、千鶴が出てくるんだろうなと、思っていた人は
多いみたいですよ。

さて、揺さぶられるのは望か……それとも?
最後までよろしくお願いします。

いつでも、亀じゃないからね!