4 最後のぬくもり 【4-2】

小野の運転する車は、『青の家』の近くから高速に乗った。

特に渋滞にはまることなく、車は順調に『西日暮里』方向へ走る。


「あずささん、『東京』へはいつ」

「はい。昨日着きました」

「あぁ、そうですか。あずささんも『BEANS』に入社されるのですか」


小野は、そういうとバックミラーであずさのことを見た。

あずさは、違いますと手を振って否定する。


「違うのですか」

「はい。私は『アカデミックスポーツ』が運営するジムで、
受付をしていたのですが、ちょっと理由があって、急に本部勤務になりまして」

「『アカデミックスポーツ』……あぁ、あの会社に」

「はい。小野さんもご存知ですか」

「『BEANS』の反対側に立つ、『Sビル』の中にありましたよね、たしか」

「そうらしいですね、今朝、敦さんと岳さんがそう言っていました」


小野の言葉を聞き、あずさはすぐにスマートフォンを取り出した。

『アカデミックスポーツ』のホームページを開く。

そこには、社長の挨拶や、

取り扱っているスポーツウェア、タオル、バッグなどの紹介があった。

『アクセス』の箇所を開き、地図をみるが、最寄り駅からの距離しか書かれていない。

しかも、会社はビルの3階にあるのに、3階の文字はとっても小さくて。

まるで、ビル全部が『アカデミックスポーツ』だと勘違いしそうなものだった。

『アカデミックスポーツ』のホームページでは、他のものがあまり記されていないので、

あずさは、別の地図を呼び出して、広げてみる。



『株式会社 BEANS』



確かに小野の言うとおり、本当に大通りを挟んで向かい側に、

『BEANS』の本社ビルがあった。向こうは間借りではなく、

建物全てがもちろん『BEANS』のもので、規模はあまりにも違う。


「あの……」

「はい」

「岳さんが、『アカデミックスポーツ』本部のことを
『倉庫』だって言いましたけれど、本当に倉庫なのでしょうか」


あずさは、小野なら装飾なしに語るだろうと思い、そう尋ねる。


「いえ、倉庫ではないですよ。働いている方も……確かいらっしゃいますし」


あずさは小野の『確か』という返しに、また複雑な気持ちになる。


「うちの社員食堂には、よく『アカデミックスポーツ』の方もお見えになります。
食堂は最上階……11階にありますから、見晴らしがいいですしね」

「11階……そうなのですか」


あずさは、『青の家』で食べた食事を思い出しながら、

『BEANS』の社員食堂も美味しそうだと、勝手な想像をする。


「『アカデミックスポーツ』の入っているビルも、『BEANS』のものですから」

「エ?」

「うちは分譲のみではなく、自社で管理するビルもいくつかあるのです。
ちなみに、『Sビル』は敦さんが管理されています」

「そうなのですか」


小野から、『BEANS』の大きさについて話してもらっているうちに、

退屈する暇もなく、西日暮里に近付くことが出来た。



「あ……」

「それでは、確かにあずささんを送り届けましたので、私はこれで失礼いたします」

「ありがとうございました」


あずさを迎えに出てくれた杏奈の口は、ポカンとあいたままで、

小野は庄吉が使用する高級車のエンジンをかけ、任務を終えると、

あっという間に曲がり角に消えてしまった。

いかし、驚いているのは杏奈だけではなく、あれだけの高級車から降りたのが、

どうでもいいような小娘一人だということに、通行人も商店街の人もみんな、

口をあけていた。


「驚いた……あずさ何よこの登場の仕方。こんな方法があるのなら、
先に言ってくれないと。私、赤い絨毯でも引くべきだったわ」

「何言っているのよ杏奈。私だって断ったのよ。友達の家に行きますからって。
でも、こうなっちゃって」


杏奈は両手を広げ、今までで一番高そうな車だった気がすると、何度も頷いた。

あずさは、杏奈の腕を引っ張り、部屋へ行こうと歩き出す。


「すごいね、本当にあずさ、『お金持ち』の家に居候することになったんだ」

「うん」

「ねぇ、どんな感じ? 家は大きい? やだ、私バカみたいな質問しちゃった。
大きいよね、社長だもの。庭は? ねぇ、それに食事も」

「話しは部屋に入ってからゆっくりするよ」

「ねぇ……息子さんが2人いるって言っていたよね、かっこいい?」

「うん、そうだね」

「うそぉ……2人いて、どっちもかっこいいって、何それ、漫画?」


杏奈は素晴らしい条件だと、笑いながら階段を上がる。


「笑いすぎだよ、杏奈」


二人は部屋に到着し、杏奈が扉を開け、後に入ったあずさも靴を脱いだ。

杏奈の部屋は、小さなキッチンがついているワンルームになる。

隣にも細長いマンションがあるため、日当たりが最高とは言えないが、

最寄り駅から数分でつけるのは、通勤に便利だと聞いている。


「ねぇ、杏奈」

「何?」

「これ……何?」

「ん?」


あずさが、去年遊びに来たときにはなかったものが、目の前にあったので、

そのダンベルを持ち上げようとする。


「誰かいるの?」

「えっと……」

「いるんでしょう」


あずさは、2キロのダンベルを杏奈が使うわけがないと思い、

少し斜めに向いたまま、視線だけを向けた。


「男の人?」

「……えへっ」


杏奈は、ちょっとだけ恥ずかしそうに、

この春からお付き合いを始めた人がいるのだと、そう言って笑う。

相手は、杏奈の2つ年上の同僚『山下広夢(ひろむ)』で、

同棲をしているわけではないけれど、休みだの、帰り道だの、

しょっちゅうこの部屋に顔を出していると、楽しそうに語った。


「そうなんだ」

「どうしてそんなにガッカリするのよ」

「だって」


あずさは、相原家に居づらくなったときには、

杏奈の部屋が避難所だとそう勝手に思っていたため、

『確保』出来なかったという思いが、テンションの低さにつながってしまう。

同棲ではないと言っても、半分同居人がいるのかと思うと、遠慮せざるをえない。


「何言っているのよ、いいじゃないの、イケメン2人と家賃3食付なんて、
そんな好条件他にないわよ。ここに転がり込もうだなんて、
そんな消極的なことは考えないように。
あ、そうそう、そういえば前にあずさメールくれたじゃない。どうなった?
ほら、インストラクターの……『清水』って人と、今いい感じだって……」



『どういうことだよ、これ』

『ごめんなさい、ちょっと体調が』

『ふざけるな!』



「あぁ……」


杏奈の言葉に、あずさは、同じジムに勤める『清水雅臣(まさおみ)』と、

『お付き合いをする』という決断を、

自分の勢い付けのために、杏奈にメールしていたことを思い出した。



【4-3】



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