【S&B】 49 視線の先

      49 視線の先


望が高校生だった頃、彼女の母親は、世話になっていたはずの家からお金を盗み男と逃げた。

そこから望の人生は崩れ落ちるように変わり、ずっと苦労をし続けてきたのだ。

しかし、三田村弥生という女性から連絡が入ったことを聞いた彼女の表情は、

明らかに嬉しそうで、正直僕は戸惑った。


「お母さん、元気だったんだ」

「うん……」


編集部の赤坂さんに、連絡先を教えていいと伝えてから、望は携帯をずっと意識するようになった。

いつ鳴りだしてもすぐに取れるよう、食事をする時も、TVを見ているときも、

手の届く場所に置いている。


彼女の中にあった母親への気持ちは、憎しみや悲しみより、愛おしさの方が何倍も強かったのだと、

今更ながらそう思った。





千鶴から連絡があったのは、それから5日後のことで、僕は大分のアンテナショップへ向かい、

彼女と喫茶店に入った。パンツスースの千鶴は、学生時代、東京に住んでいたのに、

なんだか街の混雑が息苦しいと目の前で笑う。


「ごめんね、個人的に呼び出したりして」

「いや……」


二人の前にウエイトレスが立ち、僕が口を開こうとした瞬間、千鶴が指を2本立てる。


「カフェオレ、2つ」


何も迷うことなく、千鶴はそう言うと、手に持っていたバッグを横に置いた。

昔、こんなふうに喫茶店に入ると、よく頼んだのが『カフェオレ』だったことを、

彼女は今でも覚えている。


「ねぇ、今回の『ボルダワイン』との企画、売り上げが伸びたら
ビー・アシストに広告を出してもらえるって、担当の松本さんが言っていたの。それは本当?」

「あぁ、そうだよ。ネットで企画が動いて、好評だった企業には、『ボルダワイン』との
提携が認められて、全国展開になる」

「そう……」


千鶴は両手を前で組み、何かを頭の中で整理するように小さく何度か頷くと、僕の方を見た。


「お願い、うちの担当は……祐作が引き受けて」

「……どういうこと?」

「この企画は絶対に失敗させたくないの。成功させて、納得させて、それで……」


僕らの前にカフェオレが届き、ウエイトレスが伝票を置くと、頭を下げて離れていく。

僕はカップの持ち手に指を入れ、少しだけあげると、漂う香りに鼻を近づける。


「私、家を出るから……」


瞬間、その言葉の響きに僕は動きを止めたが、意識せずにカフェオレへ口をつけた。

ミルクの香りとコーヒーの香りが交わり、心地よい熱さがノドを通る。


「もう限界。あんなところで一生を終えたくない。私は自分の力で生きていく。
主人にも義母にも納得させたいから……」


千鶴はひと言ひと言に、力を込めていた。駅へ見送ってくれてから7年の月日が経ち、

指にはめられたリングが、彼女の幸せの日々を示しているのだとそう思っていた。


「祐作がやってくれた仕事なら……私、どんな結果でも、受け入れられる」


千鶴……。そう呼びかけようとして、声を止めた。上手く行ってないのかと聞き出そうとして、

言葉が止まる。そんなことを聞くのは、先を導けない立場にある僕のやることじゃない。


「ずいぶん荒々しい言い方だな。ご主人は、僕が仕事に絡んだと知ったら、嫌がるかもしれない。
変に誤解をさせるようなことは、避けたらどうだ。それに、これは企業同士の取引だ。
完全に僕が引き受けると、ここで宣言することは出来ないよ」

「主人が嫌がるなんてことないわよ。あの人には、そんなことする資格なんてないもの……」


千鶴はどこかに視線を置いたまま、絞り出すようにそう答えた。


「祐作にやってもらうにはどうしたらいいの? 金額? それとも……」

「今回、『富田』との契約をしているのは、『ボルダワイン』だ。
僕たちの契約も、『富田』ではなくて、『ボルダワイン』になる。そのくらいの意味はわかるよね」

「……それはそうなんだけど……。だからこそ、ここへあなたを呼んだのよ」


僕はその言葉を聞きながら、千鶴が見せずに隠そうとする、ある思いに気付く。


「何を焦ってるんだ」


千鶴は軽く砂糖をすくうと、カップに入れた。回したスプーンの渦は、彼女の気持ちのように、

グルグルと回っている。


「あなたを愛したまま……結婚したのが悪かった」


僕は混ぜることのない、少し苦みのあるカフェオレを、そのままゆっくりと味わった。





「3日後?」

「うん、東京駅で待ち合わせた。今ね、箱根の『湯花園』で仲居をしているんだって。
今日、電話をくれて、会えないかって言われたの」

「そう……」


その日の仕事を終え家に戻ると、望が嬉しそうにお母さんからの連絡があったことを話してくれた。

箱根という近距離にいながら、長い間、福島へ連絡をすることも出来なかったのかと、

僕は怒りがわいてきたが、望は会えることがただ嬉しいらしく、

待ち合わせ場所を何度もネットで確認する。


「ねぇ、見て。ランデブーさんがね、東京駅に行くなら、ここのケーキがおすすめだって、
返信をくれたの」

「そう……」


自分のノートパソコンを開き、『ぺこすけ』は楽しそうにネットで会話をする。

何年も自分を放り出していた母と会うために、時間を費やしている望を見ているうち、

僕は向かい合っていることが出来なくなり、後ろへ回り彼女を抱きしめた。


「どうしたの?」

「いや……なんだろうか……」


彼女の喜びを、素直に受け取れない自分が歯がゆく、

彼女の目が、僕じゃない人を追っていることに、不安だけが増していく。


首筋に口づけ、腕を前に回し、望に自分の存在をアピールした。

助けて欲しいと言った千鶴の影を振り払い、どこかに歩き出そうとする望の影を追う。


服の上から少しずつ彼女の気持ちを揺らし、隙を見て中に入った僕の手が、下着を押し上げ

望に触れた。ピクリと動いた彼女の本能を呼び覚まそうと、僕はゆっくりと胸先に触れ続ける。

耳に触れ、鼻先で首に触れ、くすぐったいと後ろを向いた望の唇を捕らえ、腕を引いた。

少し乱暴だけれど、そのまま横たわらせスカートを上げる。

待ってほしいと言った望の声が、あきらめから受け入れに変わり、心を僕にゆだねていく。


切ない吐息を聞かせてくれる唇を、なぜか塞ぎたくなった。

恥ずかしそうに閉じようとする脚を、どうしても開きたくなった。


少し強引すぎたのか、望は気持ちを寄せきれず、首を何度も振り僕を止めた。

少しうつろな視線が部屋の方を向き、場所を移動して欲しいのだと訴える。

重ねていた体を離し、わざとそっけなく問いかけた。


「パソコン……もういい?」


望は恥ずかしそうにうつむいたまま、それでもしっかりと頷いた。

そんな答えは初めからわかっていたのに、それでも望がこっちを向いていることを確認したくて、

僕は視線だけ彼女を捕らえ、少し間を開ける。


すっかり乱れてしまった服装で僕を見る望は、恥ずかしさの中で少し小さくなる。

感情を押しつけ申し訳ないと思いつつ、そんな姿をみながら、どこか満足感を味わった。

体を起こしてやると、望は首に腕を回してきた。

その想いに応えようと僕はしっかり抱きあげ、誰にも触れさせない場所へ彼女を連れて行く。





優しくしてやりたいと思いながら、強く自分を刻み込み、望を追い込んだ。

それでも僕を受け入れ、肌を赤らめていく彼女を見ながら、幸せを感じ続ける。



君を守るのは僕なのだと……



見えない誰かに向かって、僕は叫び続けた。





50 親子か他人か へ……




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コメント

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うぅ~~ん

ももんたちゃん こんばんは。

祐作くん 何に焦りを 不安を感じてるんだろうか?
親子の愛情?
過去にしたはずの恋愛?

親子の感情と恋愛感情は別。とわかっていても自分だけを見て欲しいと言う独占欲。
でも望はちゃんと祐作を見ているから 母に対してもわだかまりを持つことなく
接することができているように思うのだけど。

過去にしたのは自分だけで 相手は実はまだ燻っていた?で
焼け・・・になるとも思えないし。

ここは一つ大きく深呼吸。とおばさんは辛口になっちゃうわ。

うぅ~~ 次 待ち遠しいよ~~!!!

う~ん

おとこ心も複雑ですねえ・・・祐作君。望ちゃんのことも、千鶴のことも・・・。
仕事の時は落ち着いている様でも、実は様々なことに動揺しているのかしら。

千鶴は、子供いないんだろうな。富田の家から認められていないのかな。
だんなさんボンボンだし。
やはり、好きな人と結婚するのが一番だなあと思いました。

望ちゃんより、祐作が子供っぽい所見いちゃった^^


二人の女

 アンニョン~^^


 自分を捨て、その上 その後の人生をしばらく壊されたのに
 恨み言の一つも言わない今カノ 望。

 >「あなたを愛したまま……結婚したのが悪かった」と
 後悔している様子の元カノ 千鶴。

 なんとなく すっきりしない感情を望にぶつけた形になった祐作。

 仕事も絡みながら、三角関係ならぬ不等辺三角形関係の
 恋模様になっちゃうような気もします…。

祐作の動揺・・・

祐作は、千鶴さんの言葉にかなり動揺してるね・・・。
彼の焦る気持ちが、読んでいるこちらにも伝染してきて…胸がなんか苦しいです;

>「あなたを愛したまま……結婚したのが悪かった」
今となっては、…祐作は応えられないと思うけれど…、
でも一生この言葉は彼の耳から消えないだろうね…。。。

千鶴さんも辛い結婚生活を送ってるんだなぁ・・・。
自分で選んでしまったのだから、仕方ないけれど…。。。
でも、今の祐作の状況も考えずに…自分の想いをぶつけすぎだと思うな・・・vv


>助けて欲しいと言った千鶴の影を振り払い、どこかに歩き出そうとする望の影を追う。
…この文章が
望ちゃんに不安な気持ちをぶつける彼の心、そのものですね。

望ちゃんは、お母さんへの怒りとか恨みとか…もう超越して、ただ会いたいのよね…。
祐作も一緒に再会についていってあげればいいのに・・・。
祐作がいてくれるからこそ、望ちゃんは安心して、お母さんに会いたいって思えるようになったんだと思うけど…。

祐作が?

千鶴も当時は苦しい決断だった。親や兄弟のことを考えれば断れない状況だったのかも。
底には祐作に思いを残したまま・・・旦那が浮気してるとか?きっと事情は色々あるだろうけど、でも今更なんだよね。

祐作の焦り何となく分かる。自分だけが望の味方だと思ってきた、自分だけが望の生き方を理解して守ってるつもりだった。
恨んでると思っていたのに、母のしたことで苦労したのに、懐かしく会いたいとせ思ってるなんて。祐作ちょっと寂しい?

でも会わないと先に進めない、ちゃんと『結婚させてください』と挨拶しなきゃ!

深呼吸

azureさん、こんばんは!


>祐作くん 何に焦りを 不安を感じてるんだろうか?
 親子の愛情?
 過去にしたはずの恋愛?

書いていてこういうのもなんなんですけど、
おそらく祐作にも何が焦りなのかが見えていない気がします。

でも、何かが近づく気がして、自分のテリトリーに勝手に飛び込んでくる気がして、落ち着かない。

……そんな感じでしょうか。


>ここは一つ大きく深呼吸。とおばさんは辛口になっちゃうわ。

はい、深呼吸、伝えておきます!
次も来てね!

もろさ

milky-tinkさん、こんばんは!


>おとこ心も複雑ですねえ・・・祐作君。
 望ちゃんのことも、千鶴のことも・・・。
 仕事の時は落ち着いている様でも、
 実は様々なことに動揺しているのかしら。

そうです、男の心も複雑なの。特に、祐作のように完璧で強気に見える人の方が、
意外にもろいところがある……そんな気がします。


>望ちゃんより、祐作が子供っぽい所見いちゃった^^

あはは……。見られちゃった。
人は完璧じゃないですからね、祐作も迷うし、悩むし、落ち込むんですよ(笑)

不等な三角

miharuruさん、こんばんは!

3人の分析を、ありがとうございます。
祐作にとってみると、まさにその二人の態度と状態が、
意味のわからないいらつきを生んだんだと思うんですよ。

『なんなんだよ……』って感じでしょうか。

さて、それが不等辺三角関係へ向かうかどうかは、続きを読んでくださいね。

揺れたのは……

eikoちゃん、こんばんは!


>祐作は、千鶴さんの言葉にかなり動揺してるね・・・。
 彼の焦る気持ちが、読んでいるこちらにも伝染してきて…
 胸がなんか苦しいです;

千鶴の出来事に、動揺するのは望ではないかと、みなさん感想を書いてくれたんですけど、
動揺したのは祐作でした。

急に気持ちをぶつける千鶴と、母を憎まずに会おうとする望
祐作にしてみたら、おそらくどっちに対しても
『なんなんだよ!』の気分なんだと思います。


>祐作がいてくれるからこそ、望ちゃんは安心して、
 お母さんに会いたいって思えるようになったんだと思うけど…。

そうなんですよね、そこに気付け! 祐作!
と、言っておきましょう。

そうそう、そうなんです。

yonyonさん、こんばんは!


>底には祐作に思いを残したまま・・・旦那が浮気してるとか?
 きっと事情は色々あるだろうけど、でも今更なんだよね。

そうそう、そうなんです。


>恨んでると思っていたのに、母のしたことで苦労したのに、
 懐かしく会いたいとせ思ってるなんて。祐作ちょっと寂しい?

そうそう、そうなんだと思います。
ようは、両方に対して『なんなんだよ!』というところだと。


>でも会わないと先に進めない、ちゃんと『結婚させてください』
 と挨拶しなきゃ!

あはは……そこまでいっちゃうんだね。さて、挨拶出来るでしょうか。
それはまた、後々(笑)


イライラなんだよね

yokanさん、こんばんは!


>今ごろ千鶴さんにそんなこと言われてもね~、
 そんな時三田村ちゃんはお母さんのことでいっぱいだし、
 お母さんへの三田村ちゃんの気持ちが、これまたイラつくし・・・

そうなんですよね。祐作にしてみたら、どっちも急に降ってわいてきたような話なので、
『なんなんだよ!』だと思います。

しっかりしないとだめですよね、祐作……
よく、伝えておきます(笑)

元彼女!!!

ももんたさん、こんにちは^^

祐作は仕事がらみだとはいえ千鶴と会うのはそれなりに過去のことは真っ白とはいかないものね。

>先を導けない立場にある僕のやることじゃない
そうそう、これ以上彼女の事を深く知るには危険よね。
たとえ、千鶴の気持ちを分かってても。


望ちゃんは本当にいい子なのよね。過去の辛いことも懐かしさには帰られない。
祐作はこんな所に惚れちゃっているんだろうね。

それだけに守ってあげなきゃって言う気持ちがつよいんだろうなぁ。
守られているって思えるから望ちゃんも、余裕が出てくるんだよね。

ももちゃん、こんばんはv-22

千鶴の結婚には同情の気持ちもあるけど、今更...!だよねぇ。
迷うことなく言う「カフェオレ、2つ」にオバサンは怒るぞぉ~
ヾ(*`Д´*)ノ"彡☆ ケシカラン!!

望ちゃんがお母さんを赦す気持ちも理解しにくいだろうし
祐作が両方に『なんなんだよ!』と思う気持ち、何だか分かる^^

>君を守るのは僕なのだと……
でも、本当に強いのは望ちゃんなんだと思うけどなぁ(*´艸`*)ε3。゚ε3

また来るね~v-222



真っ白は無理だよね

tyatyaさん、こんばんは!


>祐作は仕事がらみだとはいえ千鶴と会うのは
 それなりに過去のことは真っ白とはいかないものね。

そうですよね。全く知らない人と会うようにはいかないですよね。
嫌いになって、さようなら! だったわけではないし。


>望ちゃんは本当にいい子なのよね。
 過去の辛いことも懐かしさには帰られない。
 祐作はこんな所に惚れちゃっているんだろうね。

そうそう、惚れちゃってるんですけど、だからこそ怖い部分も
持っている……。祐作にとって望はそんな存在だと思います。

さて、お二人さんがどういう行動を取るのか、もう少しお付き合いお願いします。

midori♪さんが怒るなんて……

midori♪さん、こんばんは!


>千鶴の結婚には同情の気持ちもあるけど、今更...!だよねぇ。
 迷うことなく言う「カフェオレ、2つ」にオバサンは怒るぞぉ~

そうでしょ? あの時思い切りつれない態度をしたくせに!
……と祐作は思っているはず。


>でも、本当に強いのは望ちゃんなんだと思うけどなぁ
 (*´艸`*)ε3。゚ε3

あはは……。私もそう思うよ、midori♪さん、
私が望なら、絶対に許せないもん。でも、彼女は許しちゃうんだよ。
自分の感情を、しまい込んじゃう特技があるからね。

ブログ再会する余裕が出来たのかな?
また行くね!


さてはて……

mamanさん、こんばんは!
お返事遅れてすみません。


>いろいろ心揺れる祐作、迫る(?)千鶴。
 元カノ今更ってカンジで嫌な女、何を求めてる?
 利用しようとしてる?

mamanさんの頭の中を、あれこれ空想がめぐっているんですね。
千鶴が祐作のところに出てきた意味、それはこのあとわかります。

祐作が大丈夫なのかどうか、続きも読んでください!