4 最後のぬくもり 【4-5】

「最後まで腹の立つ男ね、岳は」

「悪かったな、俺は負けることが嫌なんだ」


岳はそういうと、隣にいる逸美の髪の毛に触れる。

髪は岳の指に挟まった後、するりとその手から抜けていく。


「こんな顔を俺に見せているくせに、よく他の男と『婚約』だなんて、
言えるものだと思うけれど」


岳の指先の動きを、逸美は左手で止める。


「だから最後だと言ったでしょ。時間を切り捨てていく、そんな感情……、
あなたが一番理解できるはず。遅かれ早かれ、自分もどこかで気持ちを決めて、
同じ道を歩むと思っているくせに」


逸美はそういうと、横を向く。


「恋愛と結婚は別。それくらい大人の常識よ」

「言うね……」

「言うわよ。私は自分の人生を、自分で決めるから」


逸美はそういうと、少しだけケットを自分の方に引き寄せる。


「ちなみに、その相手とやらは?」


岳の問いに、逸美が顔を向ける。


「気になるの?」

「まぁね……これから道で会うことになったら、
『よろしく』くらい言った方がいい気もするし」


岳の言葉に、『あなたらしいわ』と逸美は笑う。


「相手は『エントリアビール』の次男、上野愁矢さん。
彼のお父さんが、昔から『中村流』の理解者なの。色々とよくしてくださっていて。
だからなんとなく、そうなるのかなと思っていた」


逸美はいつ頃からなのか、覚えていないけれどと軽く目を閉じる。


「父がね……もうあまり長くないの」


逸美の告白に、岳はすぐ横を向いた。

その動きに、逸美の目も開く。


「以前から腰が痛いとか、色々とあったけれど、この間、母から言われた。
もう、何年も生きていられないだろうって」


逸美は父の余命を知り、ここが決断するべきときだと考えたことを語る。


「『決断』か……」

「そうよ」

「それがビール会社の息子との結婚?」


岳は、精一杯の疑問符を逸美に向ける。


「跡を継ぐとそう宣言している私には、それが父への恩返しだと思うから」


逸美はいずれこういう日が来るのだからと、岳と視線は合わせないままになる。


「結婚ねぇ……」


岳は逸美に向かっていた手を、自分の頭の下に置く。


「俺は結婚をしなければと思ったことはないし、
しなくてもいいのならしないつもりだけど。
亡くなるかもしれない父親を、安心させたいという理由だけなら、
俳優でも雇って、とりあえず演技でもしてもらえばいい」

「何それ」

「何って、意見」

「辞めろ、他の男とそんな必要はない……とは言わないの?」


逸美はそういうと、横にいる岳を見る。

逸美の視線に気付いた岳も、目を合わせた。


「……そんな台詞、言わせたいんだ」

「言わせることが出来たら、楽しいと思うけれど」


逸美はそう言うと、少しだけ笑みを浮かべたが、そろそろ帰らないとと体を起こす。


「逸美」

「何?」

「期待するな、俺はそんなことは言わない」


逸美は、岳の言葉を背中越しに聞く。


「そう思っていただろ、内心」


岳は『家と立場』に縛られている関係は、同じだろうとそう逸美に返す。


「そうね、今まではずっとそう思っていたの。岳も結局は、
『家』の中にいるだろうなって。でもね、近頃少し違うのかなと思ったりもする」

「どういうこと」

「私は覚悟を決めた。心のどこかに家を、父を守りたいという思いもあるから。
あなたとこのまま一緒に居続けたら、不幸になるのは私の方だもの」


逸美は、岳を目の前にして、『女を不幸にする男』だと、ハッキリ告げる。


「俺が、君を不幸にしたということなのか」

「幸せにはしないでしょ……」


『決断』をしないという点で、逸美はそう言い返す。


「勘違いしないでね。私は、自分が婚約をすることが、
犠牲になっているとは考えていない」


逸美は立ち上がると、少しずつ帰りの支度をし続けた。

岳は『不幸にする』という言葉を、頭の中で繰り返す。


「でも岳は……」


岳は、話の途中になっている逸美の思いを聞こうと、顔を上げる。


「踏み込むようなセリフは絶対に口にしないし、先に進もうとはしない。
今も言ったわよね、結婚もしなくてもいいのならって、もしかしたら……」

「もしかしたら?」

「女の子が『白馬の王子様』を探し求めているように、
自分の周りで固まった檻を、壊してくれる人。
岳はそれを本当は、待っているのかなって……」


逸美はそういうと、何も言わない岳を見る。


「今までの価値観とかを全て壊してくれる人……そんな人を探している……」


逸美は言葉を繰り返す。


「ほら、何も言えない。図星でしょ」

「ばかばかしくて答えられなかっただけだ。何が王子様だ」


岳はそういうと、ベッドから起きあがる。


「わかったよ。君を『不幸にする男』は去ることにする。
せいぜい、選んだ男と幸せになれ」


岳はそのままシャワーを浴びると言い、タオルを取ると浴室に向かう。

扉の閉まる音を聞きながら、逸美は小さく息を吐いた。





逸美を家の近くまで送り、岳は車を夜の街に走らせた。

書道家の父を持つ逸美とは、『桜北大学』の中で知り合った。

それまで、人と真剣に関わることすら面倒だと思っていた岳の心に、

隙間があることを教えてくれたのが逸美で、互いに抱えているものがあるため、

将来を約束できないことはわかっていたが、長い人生の中で、

重なり合う時を持っても、後悔はないという思いで時間を共有してきた。

プライドが高く、決して言いなりにはならない。

そんな逸美を支配し続けたい。それが岳の楽しみだった。

しかし、その関係は逸美の言葉を信じれば、今日、終わりを迎えることになる。

岳は左手で、CDのボタンに触れる。

いつも流す音楽が、あれこれ複雑に動く岳の脳を、強く刺激した。




【ももんたのひとりごと】

『高級車』

社長や会長が乗る車というと、やはり大きくて四角っぽい、
『トヨタ センチュリー』が浮かびますが、みなさんはどうですか?
ネットで有名社長の車……と調べてみると、今は結構色々なのですね。
外国の若い社長(ネット関係)は、案外、こだわらないという人も多いようです。
まぁ、今回の庄吉の車は、基本中の基本、
運転手がフロントガラスを磨いている姿が浮かぶような、そんな車を想像してください。




【5-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント