【S&B】 51 寂しい横顔

      51 寂しい横顔

広い部屋じゃないのだから、少しずれたところで、届く声の大きさは変わらない。

伝わる時間でも遅らせたいのか、望は慌ててテーブルに戻り、母を自分の方へ引き始めた。


「お母さん、どうしてそんなことを言うの!」

「おかしいかい? そうかねぇ……。こうして縁が出来た人なんだ。
彼女の母親が苦しんでいるんだからさ、助けてあげようかって気になってくれたって、
いいじゃないか」

「……失礼よ」


望は消えてしまいような小さな声だったが、ハッキリと母親を否定した。


「失礼なのはこっちじゃないか。嫁入り前の娘を自分の部屋に住まわせて、
掃除、洗濯、料理ってこき使ってくれてるじゃないの。愛だの恋だのって言って、
ようはあんた、都合良く使われてるんだよ、望!」

「お母さん!」

「こんな一流企業に勤めている男が、あんたみたいな女を真剣に愛してくれていると
思っているのがバカなんだよ。……そうだろ?」


目の前の女が何を叫ぼうがどうでもよかった。気になるのは望の気持ちだけで、

期待すれば裏切られる展開に、僕の心は辛くなる。


「どうせ、いいように使っておいて。いざ、結婚となったら条件のいい女をちゃんと選ぶんだ。
男なんて、非常なものだよね」


指に挟んだたばこを吸い込んだ後、僕から視線を外し、また、長く吐き出した。

たばこを吸うことが、こんなにも人を不快にさせるのかと、漂う煙を見ながら唇を噛みしめる。


「望がさ、大事だっていうなら30……いや、20でいいよ。必ず返すからさ、ちょっと……」

「やめて! 祐作さんにそんなことを言うのはやめて!」


その言葉を聞いた母親は、たばこを皿に強くこすりつけた。

その態度だけで、彼女がどんな生活を送ってきたのかは、だいたい想像が出来る。


「望……、あんたも母さんと一緒だよ。優しそうに見える男に騙されて、捨てられないと気付けない。
バカなんだから……」


そう言い切ると、望の母親は立ち上がり、上着をつかもうとした。

今しかないと思った僕の手が、母親の手を逆につかみ、動きを止める。


「30万でいいんですか?」

「祐作さん!」


僕の出方に驚いた母親が、こっちを向いた。

そんな顔の向こうには、下を向き肩を震わせている望の横顔が見える。


まさかそんなことを僕が言うと思っていなかった望の母親は、一瞬驚いた表情を見せたが、

すぐに嬉しそうに軽く頷いた。つかんだ腕を離すと、男の人の力はやっぱり強いだのと、

呆れるようなコメントを返す。


「今、ここにお金はないんです。だから……」

「祐作さん、やめて! そんなことおかしいもの。私が……」


望は苦しそうに僕を見つめ、必死にやめて欲しいと訴えた。

顔を合わせてしまったら決意が鈍ってしまうので、わざと視線を外し、母親と向かい合う。


「渡す場所を決めてくれたら、僕がそこへ行きます」

「あ……本当かい? だったら、私が……」

「その前に、彼女に全てを謝罪して下さい。あなたが自分勝手な行動をしたことで、
望はずっとそれを引きずって生きなければならなかった。
もっと、色々なことに挑戦できた年齢に、我慢しなければならなかったのは、あなたの責任だ」


どこか自分に自信がなく、いつも下を向き、前に出ることを拒んでしまう日々に、

区切りをつけてやりたかった。少しずつつかんだ自分の生き方を、もっと貫いて欲しい。

その方法を見つけるために、僕はコンテストに応募させたのだ。

生活が苦しいからと、嘆いているだけの、母親に工面するために賞を獲ったわけじゃない。


「確かに、こんな形で住んでいることが気にいらないと思われるのかもしれませんが、
決して望さんを軽んじているわけではありません。その答えは、いずれわかるはずです」


僕のその言葉に、下を向いていた望の顔が少しだけあがった。

母親は僕らの間に立ったまま、何も言っては来ない。


「望に……彼女の人生を返してあげてください」


誰かのために引きずられるのではなく、自らのために、動ける日々を取り戻してやりたい。


「そのための謝罪を……」

「もういいよ、もう……。なんなんだよ、頭のいい男は嫌だね、理論ばっかり並べて。
私が子供に謝る理由なんてあるもんか。もう、いいよ、金なんて……。冗談だよ、冗談」


その場に居づらくなったのか、母親は上着をつかんだまま、部屋を出て行った。




扉が閉まる音の後、僕も望も顔を合わせることなく、しばらく静かな空間の中にいる。





座ったままの望は、今の僕の行動をどう感じただろう。

本人が消え、残された灰皿代わりの皿を手に取り、流しの水にあてた。


ザーッという音が、望の涙の音に聞こえ、彼女のためなのだと、勢いで言い切ったが、

僕はだんだん辛くなる。


「ごめん……せっかく来てくれたのに」

「どうして謝るの?」

「もう少し、いい言い方があったかもしれない。それに、こんなこと君は望んでいなかっただろ」


あまりにも自分勝手だった母親に、一気に気持ちをぶつけたことが、申し訳なくなった。

汚かった皿も灰が水に流れ、また綺麗な状態に戻る。

望も母親の謝罪など、初めから期待していたわけではなくて、

今までのことは、軽く洗い流すつもりだったのだろうか。


僕より小さな影が近づき、体が背中に寄り添うようになった。

僕より細い腕が、必死に包み込もうと前へ回る。


「ありがとう……、とっても嬉しかった。謝ったりなんか……しないで」

「本当に?」

「うん……」


コンテストなどにチャレンジさせなければ、こんな形で、母親と会うことなどなかった。

まさかこんなことになると、予想していなかったとはいえ、ずっと、どこかで事情を抱えながら、

本当は、母親が自分を心配してくれていると、信じていた望の気持ちを、結果的に傷つけた。


回された細い腕を僕はしっかりと包み、この力がある限り守ってやれるのだと、伝えようとする。


「望……」

「ん?」


もう一度謝罪をしようとした時、僕の携帯が鳴り出した。

望は背中からまわした腕を慌てて外し、片付けの続きを始める。


「はい、もしもし……」

「祐作? 私……ねぇ、今、出てこられない? 聞きたいことがあるのよ」


雑音が響くような場所から、電話をかけてきたのは千鶴だった。

彼女らしくない対応の仕方に、気になりながらも、僕は望を見る。


「申し訳ないけれど、今は無理です」

「……エ? ねぇ、ちょっと聞こえないの、もう一度言って!」

「今は出られません。また、明日にでも連絡をいただきたいのですが!」


少し強めの口調でそう告げると、僕は電話を切った。

表示された番号の登録はまだしていなかったため、11桁の数字だけが表示されている。


「どうしたの? 大きな声で」

「あぁ……いいんだ」

「仕事? 誰か困っているの?」


何もわからない望は、仕事ならばすぐに行ってあげた方がいいのではないかと、

ついさっきまで肩を震わせて泣いていた自分のことをすっかり忘れ、僕に忠告する。


「いいんだよ、非常識だ。プライベートの時間に……」

「でも、だからこそ、大変なのかもしれないじゃない。誰? 濱尾さん? 
それとも……あ、原田さんとか?」


僕はそうじゃないんだと望に向かって首を振る。

しかし、昔の千鶴からしたら、こんな時間に平気で人を呼び出すこと自体考えられない。

望の言うとおり、本当に大変な事態が起きたのだろうか。

それでも、今、望から離れるのは嫌だった。僕が助けたいのは、目の前の人だけだ。

彼女の寂しい横顔を置いて、ここを出て行くことなど、出来るはずがない。


「どうしてもっていうのなら、またかけてくる」

「……そう?」

「あぁ……」


わかったと頷き、流しの方へ向こうとした望の腕をつかみ、自分の方へ引き寄せると、

ただ愛しいその人の髪に触れ、言葉で伝えることがもどかしく、僕は唇を重ねた。





52 心のSOS へ……




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コメント

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愛する女性が一番、大切・・・

望ちゃんの母親は、確かに性悪なんどけど・・・
>「望……、あんたも母さんと一緒だよ。優しそうに見える男に騙されて、捨てられないと気付けない。
バカなんだから……」
…って言葉には、娘に対する憐れみというか愛情が感じられる気がする・・・。

祐作が、お金を用立てようとしてくれたことや、望への謝罪を要求してくれた事…。
彼の望への愛が本物だって感じられて
母親も内心、ホッとしていたんじゃないのかな…。
それに、何よりも望ちゃんが…、彼の想いに感激したのよね^^
私も…祐作の力強い言葉に、感動です!

それに…
千鶴さんの電話も…しっかり断った彼。偉いよ…^^
やっぱり今を大切にしないとね…!

母は母…

つらいね~、望。。。
どんな母親でも母は母だもんね.....
どこまでも常識の無い母だけど、心のどこかには
望に申し訳ないと思っている…と私は同じ子を持つ母として
思いたいなぁ

祐作の「望を守りたい」気持ちが羨ましいなぁ
今、一番大切な愛しい人だもんね

望の母の登場と千鶴の存在
祐作と望のゴールまっしぐらとは行かないようだわぁ
あんまり長く時間がかからないように願ってま~す

泣けました

望ちゃん、こんなにあなたを理解し、ただ、ただ、あなたの為に、あなたを想って行動する祐作を離なさないでね。・・・離さないだろうけど^^。。。

こんなに愛されて、うらやましい位です。
今回はこの回に登場した人みんなが、寂しい人に思えました。

お母さんは、娘をほめたこと無いんじゃないかな?
そして、望に言った言葉は、自分のことなんだろうなぁ。。。寂しい人ですね。

また、いいところで、終わっちゃいました。あ~気になる、気になる!!

いい男だね~~

きっと自分がそうだった。優しそうな人に惹かれ、そして捨てられ・・・
でも何故捨てられたかを考えないで来たのだろう。自ら反省すべきことを怠ったから
同じ過ちを繰り返す。 娘もそうだったらいいのに、と少しくらいは思ったかも。
それでは娘が可哀想とも思ったでしょう。
祐作の気持ちを確かめるために?それもあったかな?

千鶴はいったい・・・祐作の決断は正しかったか・・・

思いやって。。

お母さんの言った言葉の中にやっぱり娘を思う気持ちが、
込められているように思います。
素直に言えない事がいっぱいあるのは当然だと思います。

祐作とすれば一言謝りの言葉を望ちゃんに聞かせて
大きく前に踏み出さる力にしたげたかった。
それだけ望ちゃんの事を思っているから。。

千鶴さんからの電話はこれから何かが起こるって事の
まえぶれですか?

二人の気持ちにブレは無いけど
これから一つ二つ問題が起こるってことですね?。。
それとももっとかな??


一番、大切な人

アンニョン~^^

 望の母は、所詮、自分たちはこういう生き方しかできない
 そう思い込んでいるところがあるのではと感じました。
 自分然り、娘の望然り…

 ただ、祐作には確信をもてないまでも
 何かしら感じてくれたような気がしてなりません。
 
 祐作にとって一番、大事なのは望ですから
 千鶴を無視した形になったことはわかります。
 しかし、千鶴によってもたらされた何かが
 今後の二人を左右しかねないかも…という懸念が残ります~☆

3人のかけひき

eikoちゃん、こんばんは!


>祐作が、お金を用立てようとしてくれたことや、
 望への謝罪を要求してくれた事…。
 彼の望への愛が本物だって感じられて
 母親も内心、ホッとしていたんじゃないのかな…。

この母親の態度には、みなさん色々ご意見があると思うんですけど、それは全て正解! 
そんな気がします。自分勝手なんだけど、それでも、娘の生活は気になる。
結婚していない状況だから、どうなるのかわからない。
祐作、しっかりと『先を見てくれ!』と言わされちゃってますからね(笑)


>千鶴さんの電話も…しっかり断った彼。偉いよ…^^
 やっぱり今を大切にしないとね…!

はい、そこは褒めておきましょう!
祐作には迷いがないということが、みなさんに伝われば嬉しいです。

今、大事なもの

Arisa♪さん、こんばんは!


>どこまでも常識の無い母だけど、心のどこかには
 望に申し訳ないと思っている…と
 私は同じ子を持つ母として思いたいなぁ

こんな態度に出ていますが、ただ、言いたいことを並べているだけではない、そんな気がします。
みなさんが、あれこれ感じてくれたこと、全てが答え……ですよ。

祐作がどう感じ、望がどう感じたか……それはまた、後から出てきます。


>祐作の「望を守りたい」気持ちが羨ましいなぁ
 今、一番大切な愛しい人だもんね

はい、祐作にとって、やっかいな人たちですが、望の母も、千鶴も。
でも、そのおかげで、大事なものが何なのか、しっかり見えた気もします。

もう少しお付き合い下さいね。

母の一面

milky-tinkさん、こんばんは!


>望ちゃん、こんなにあなたを理解し、ただ、ただ、あなたの為に、
 あなたを想って行動する祐作を離なさないでね。

ねぇ、女性としては、ここまで愛されたら幸せでしょう。
ついて行きたい……と思うはずだもの。


>お母さんは、娘をほめたこと無いんじゃないかな?
 そして、望に言った言葉は、自分のことなんだろうなぁ。。。
 寂しい人ですね。

そうですね。こんな口をきく必要などないのに、素直じゃないし、子供に愛情を感じられない……
そんな一面も見えますよね。

祐作がどう感じ、望がどう感じるのかは、後から出てきます。

いいところで終わってます?(笑) よし、じゃぁ、また来て下さいね。

母と娘

yonyonさん、こんばんは!


>何故捨てられたかを考えないで来たのだろう。
 自ら反省すべきことを怠ったから、同じ過ちを繰り返す。

望のこの生活を見て、祐作の表面を見て、ふと自分の過去を思い出す、そんなところもあるでしょうね。


>祐作の気持ちを確かめるために?それもあったかな?

ねぇ、祐作、しっかり『見ていればわかる!』みたいなことを、宣言しちゃってますからね(笑)


>千鶴はいったい・・・祐作の決断は正しかったか・・・

はい、この二人は次回……

時の長さ

beayj15さん、こんばんは!


>お母さんの言った言葉の中にやっぱり娘を思う気持ちが、
 込められているように思います。
 素直に言えない事がいっぱいあるのは当然だと思います。

長い時間が流れてますからね。いきなり元通りにはなれないのも当然でしょう。
冷たいのか、素直じゃないのか、何も考えてないのか……。
この母親の行動に、色々なご意見があって当然だと思います。

祐作、望がどう感じ、どう思うのかは、この後で……


>千鶴さんからの電話はこれから何かが起こるって事の
 まえぶれですか?

二人に関しては次回を、お待ち下さいね。

問題があといくつか? それはナイショです。


それぞれの想い

miharuruさん、こんばんは!


>望の母は、所詮、自分たちはこういう生き方しかできない
 そう思い込んでいるところがあるのではと感じました。

 ただ、祐作には確信をもてないまでも
 何かしら感じてくれたような気がしてなりません。

娘を見て、自分の過去を思い出す、だからこそ生活が気になるし、祐作のことも気になった。

その興味が親としてなのか、女としてなのか、その辺が微妙になってますけどね。

祐作と望の想いは、この後になります。

千鶴と、祐作は次回……になりますので、また、お付き合いお願いします。

祐作やりました!

yokanさん、こんばんは!


>青山君、よく言った!偉い!!今回はこれに尽きるね~^^

これだけ愛されていたら、幸せだろうな……と、書きながら思ってました。
千鶴とのことは、次回、また動きがありますからね。


>三田村ちゃんの母親も、三田村ちゃんが男にだまされていないか
 どうか心配で、ちょっと母親らしい面もあったね

ぶっきらぼうに見える言葉の一つ一つ、それでも生活を見に来て、祐作を見て、
母にも何かしらの想いはあることでしょう。祐作、ちゃっかりと『これからわかります!』みたいな宣言、
しちゃってますからね(笑)。

祐作と望

mamanさん、こんばんは!


>祐作の望ちゃんへの深~い愛をを感じました。

ありがとう。これだけ愛されたら、幸せだよね、望。


>千鶴さんは一体何をどうしたいの?

はい、それは次回で明らかになります。流されて、迷っているように見えた祐作ですが、
実はちゃんと見抜いているんですよ。

心配おかけしてますが、もう少しお待ち下さいませ。

こんにちは。

母に告げた言葉は 望に自分の想いをより告げたように思い 
ちゃんと守っている姿勢を見せている。

その姿に 母は自分の存在が彼女を傷つけていると気がついてくれた。と
思うことにしましょう。

まだ 母の心がよくわからないからね。

望が少しでも救われたら 祐作は嬉しいのだから。

千鶴への毅然とした態度も 望への愛から。
そして今までと違う千鶴への警戒もあるのかな?

まだまだ山あり谷ありそうね。
次の展開 気になります。

母の気持ち

azureさん、こんばんは!


>母に告げた言葉は 望に自分の想いをより告げたように思い 
 ちゃんと守っている姿勢を見せている。
 その姿に 母は自分の存在が彼女を傷つけていると
 気がついてくれた。と思うことにしましょう。

この母親の態度については、みなさん色々とご意見があると思うし、
感じ方一つで、全然違ったものになると思います。


>まだ 母の心がよくわからないからね。

そうなんですよね。祐作と望の行動で、この後、そこら辺はわかると思います。

山と谷……、もう少しおつきあいください。