21 恋の糸 【21-2】

敦が春から正式に異動となったことで、

3階にある『豆風家』の事務所に顔を出すことが増えたため、

5階の席を外すことが多くなった。

千晴はその状況を知り、このままではまずいと動き出すことにする。


「伊豆?」

「そう……ちょっと行きたい場所があるの」

「デートかな」

「別に、どう取ってくれてもいいけれど」


千晴は泰成に伊豆に車で乗せていって欲しいと、そう言いだした。

泰成は、デート気分でOKし、仕事があるからと席を離れていく。

千晴は、ペンを持ち、部屋の一番前に座る岳を見る。

岳は、自分の方に向くことなく、書類を見ながら、何やら書き込んでいた。



『君くらいの女の子はね、僕ら見慣れているんだよ』



希望して入ったモデル事務所で、千晴が一番最初にかけられたのはその言葉だった。

同じような実力の子が、一歩前に出るためには、運もなければならないし、

努力も必要だと、先輩の仕事によく付き合わされた。

しかし、先輩とはいえ、所詮ライバルには変わりなく、

千晴のことを紹介すると言いながらも、その先輩がしていたのは、

根も葉もない噂をたてることばかりだった。

あの子は誘えばすぐに来るとか、本当は育ちがよくなくて学生時代には不良だったとか、

あまりにもお粗末と言えるくらいの内容なのに、

実力が上の人間がそれを言うと、簡単に信用される空気がそこにあった。

テレビ局の実力者に、酒の席で急にお尻をつかまれたことがあったり、

端役として出ることが決まったドラマの主役俳優に、

泊りがけの旅行へ行こうと、誘われたこともあった。

それで仕事が来るのならと、一度誘いを受けようとしたら、

それは先輩の罠で、『噂は本当だった』と、一気に広められた。



株式会社『BEANS』



人に認められる地位にたどり着きたい千晴にとって、

叔母、浩美が嫁いだ先は、予想以上の場所だった。

CMに決まるタレントがいれば、涙を流して喜ぶような一流企業。

千晴は苦労せずに、その親戚となることが出来た。

千晴を仕事に使えば、『BEANS』ともつながりが出来るのでと思った人たちに、

頭を下げられることもあり、少しずつ立場を作っていくことが出来たが、

それも、どこかから出てきた『本物のスター』にあっという間に追い抜かれる。

気付くと千晴は、売り出しというには年齢を重ねてしまっていた。

ぼんやりとした状態の耳に、カシャンカシャンとコピー機の音が入ってくる。

千晴の目の前で、岳は部下を呼び、何やら指示を出し始めた。

部下は納得するように頷くと、席に戻っていく。

千晴は岳を見ながら、ペンを指に挟みクルリと1周させる。

もしも、岳が自分を認めてくれるのなら、モデル仕事で上に立てなかった思いを、

発散することが出来ると思ったのに、そうはならなかった。

となると、その捻じ曲がった感情が、全て同じ方向に動いていく。

唯一、駆け引きなしに『従兄弟』という関係性を使うことが出来る敦を、

もっと上の地位にしたい。

千晴はそう思いながら、仕事をしている岳を見続けた。





あずさは柴田の許可を得て、久しぶりに『青の家』に向かった。

村田にただバンドに参加してと勧めても、拒絶されるだろうと思ったので、

庄吉にコンサートの許可を得ようと考えた。

儲けにもならない、成り立つかもわからない話に気持ちを傾けるあずさの行動は、

岳に理解出来ないと半分あきれ顔をされたが、この数ヶ月の間、

ほとんどがその繰り返しだったため、反対されることなくここまで来てしまう。

腕は治ったので電車も問題なく乗ることが出来、

初めてではないので迷うことなく到着する。

そして受付で名前を言うと、以前と同じようにすぐ上がってくるようにと、

指示を受けた。

あずさはエレベーターに乗り、上に向かう。

扉が開き、廊下に出ると、部屋の前に立った。

ノックをすると、『どうぞ』と言われたが、その声は庄吉ではない気がして、

あずさは、お客様がいるのだろうかと、おそるおそる扉を開けた。


「あ……」

「どうも」


庄吉のところに来ていたのは、敦だった。

自分がどこに行くべきか、迷っているようなあずさに、敦は席を譲ろうと立ち上がる。


「あ、敦さん。どうぞ座ってください」


あずさは、自分が二人の邪魔をしてはいけないと、両手で全否定する。


「いや、いいんだ。宮崎さんはおじいさんに話しがあって来たのでしょう」


敦の問いに、あずさは『そうですけれど』と、庄吉の顔を見る。


「そう……あずささんは、私に頼み事をしに来てくれたのですよね」


庄吉は、広げていた地図をテーブルの左側に寄せる。


「別に気をつかうような内容じゃないから。今、『翡翠の家』について、
色々と話をしていたところなんだ。別に急いでいるわけではないし、僕は……」


敦が自分にこの場を譲ろうとしているのがわかり、あずさはそれを止める。


「いえ、よかったら、私の話、敦さんも聞いてください」


あずさは『Sビル』のことなのでと、出て行こうとする敦に言った。

敦は、『Sビル』については、

岳に引き継いでいるような状態になっていることを思い出す。


「兄さんと、何かまた揉めた?」


あずさは違いますと首を振る。


「あの……『リラクションルーム』のことです」


あずさは、今貸しスタジオとして利用している『リラクションルーム』で、

ミニコンサートを開くことを許してもらえないだろうかと、頼みだす。


「ミニコンサート?」


敦は誰を呼ぶつもりなのかと、そうあずさに尋ねた。

あずさは誰も呼ぶつもりはないですと、敦に話す。


「『リラクションルーム』を借りてくれている『ミドルバンド』のみなさんと、
それに……」


あずさは庄吉の顔を見る。


「2階でプラモデル店をしている、村田さんにも参加して欲しくて」


あずさが村田のことを話すと、庄吉は『あぁ……』と何かを思い出したのか、

少し微笑みながら、懐かしそうな顔をする。


「村田さんか。彼は『アマデウス』のメンバーだったね」

「『アマデウス』」

「今ほどレコードやCDが普及していない頃は、店の音楽というと、
バンドの生演奏だった。彼の伴奏で一流スターになった歌手も、数人いたはずだ」


庄吉は、時代の流れでバンドが解散してから、彼だけ空いていた場所を借りて、

『プラモデル』の店を始めたのだと、そう話してくれる。


「宮崎さん、村田さんって、この間」

「はい。岳さんが拾ったチラシの」


敦は誰のことなのかがわかり、小さく数回頷いた。



【21-3】



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