21 恋の糸 【21-3】

庄吉は、村田さんがどうかしたのかと、二人に尋ねる。


「『BEANS』が『Sビル』の借主たちに、強引な退去を迫っていると、
そう非難するようなチラシを配ったみたいで。兄さんがそれを偶然見つけて、
怒ったものですから」


敦は、自分が賃貸管理をしていたのに、うまくさばけなかったと、頭を下げる。


「そうか……」


庄吉は、そんな出来事を始めて知り、少し寂しそうな表情になる。


「いや、それは敦の責任ではない。時代が流れて、様子が変わった。
しかも大きな災害が起こり、基準がさらに厳しくなったこともある。
でも、その早過ぎる流れに、気持ちがついていかない人は、彼だけではない」


庄吉は、あの場所でなら村田が参加すると言っているのかと、あずさに聞いた。

あずさは、まだそこまで話していないので、全てがこれからだと庄吉に話す。


「これからですか」

「はい。でも……可能性が広がる気がして」


『可能性』という言葉に、敦はあずさらしいと自然と笑みが浮かぶ。


「そうですか。いやぁ……いいですね。『ミニコンサート』。
実現するのであれば、ぜひ私が見に行きたいですよ」

「本当ですか?」


あずさは、会長が来ると言えば、村田の気持ちも動く気がすると、嬉しそうな顔をする。


「宮崎さん、兄さんには話をしたの?」


敦は、そこが一番ポイントではないかと言う。


「はい。話しましたけれど、無駄なことをするって、呆れられました。
まぁ、呆れられるのは、いつものことと言えば、いつものことですし」


あずさはそれでも、『NG』とは言わなかったので大丈夫でしょうと笑顔を見せる。


「あずささん」

「はい」

「あなたは、岳のストレスだそうですよ」

「ストレス?」


庄吉は、この前、岳がここに来た時、あずさのことをそう言ったと話す。


「いや、おじいさん……ストレスって」


敦は、あずさが気を悪くするのではと、すぐに表情を確かめた。

庄吉は、悪い意味ではありませんよと、平気な顔をする。


「あの子にストレスを与えることは、非常に大切なことです。
小さい頃から、頭もよくて優秀だったがために、
周りも岳を認めることしかしてこなかった。
あの家に住み、学校を出て会社に通い、何もかもを知っているつもりだけれど、
実は知らないことが多い。それが人ですからね」


庄吉は、あずさの顔を見ながら、これからも遠慮なく岳のストレスになってほしいと、

そう話す。あずさは、『はい』と答えるわけにもいかず、笑って誤魔化した。





「笑ってますよね、敦さんも」


あずさは庄吉から『リラクションルーム』のコンサート許可をもらい、

帰りは敦の車に乗せてもらった。信号待ちで車はゆっくりと止まる。


「いや、笑っているわけではないんだ。ただ、おじいさんの言う通りかもと、
思っているだけで」


敦は、あずさが家に来てから、一番変わったのが岳ではないかとそう分析する。


「昔から、仕事には厳しくて、妥協がなかった。
まぁ、兄さんは他人だけではなくて、自分に対しても厳しくするからね。
だから周りも責められない。そんな兄さんの周りが、近頃どうもドタバタしている。
それは宮崎さんの影響があるんじゃないかと、僕もそう思っていた」


敦はドタバタという表現はおかしいかなと、そう言いながら笑う。

あずさはそうでしょうかと、軽く首を傾げた。





『エントリアビール』の会長が亡くなり、

逸美と愁矢の結婚式が、秋まで先延ばしになった。

それでも、半分は嫁として行動した方がいいと父親に言われ、

逸美は時々、大阪まで愁矢を尋ねていた。

先に籍だけでもと言われたのに、積極的になれなかった逸美に対し、

愁矢は責めたりすることもなく、気持ちを流してくれている。

あずさの事故があり、その真実を知った岳は、冷たい表情を残し目の前から消えた。

逸美が『もう一度』と願った時間は終わりを告げ、

互いに睨みあった関係が戻ることも100%ないはずなのに、

それでも処理しきれない思いだけが、心の中をさまよい続けている。

愁矢が、あまりにもいい人なだけに、自分自身が醜さだけを増している気がした。


「先生」

「はい」


その日は、社会人の女性たちに書道を教える日だった。

逸美は、自分自身が集中していなかったことに気付き、

背筋を伸ばすと、『どうしましたか』と聞き返す。


「先生……近頃、悩み事でもおありですか」


逸美にそう聞いてきたのは、父の代から書道を習い続けている、

とある企業の社長夫人だった。

逸美は、自分がそんな顔をしていたのかと思い、たいしたことはないですよと、

明るく振舞ってみせる。


「そうですか? でも、近頃の先生を拝見していると、心配ばかりが膨らんでしまって。
私、お父様の代から、お世話になっておりますでしょ。跡取りの先生が、
お辛そうな顔をされているのを、黙ってみていられませんの」


その社長夫人は、『実は……』と1枚の名刺を取り出した。

『ライラック』、そして『パワフリズムストーン』という、

今まであまり聞いたことのない言葉が、並んでいた。


「この方、『マダムライラック』というお店で、活動されている占いの先生です。
みなさんは『マダム』とお呼びしています。
元々、銀座で高級バーを経営されていた経験もおありなの。
ご自分の人生から、貴重な話や解決方法なども教えていただけます。
一度、お悩みを口に出してみたらどうですか? 主人は時々、
マダムに愚痴を吐き出すそうです。やはり社長ともなると、
社員には弱い部分を見せていられないし、色々ストレスたまりますしね」


社長夫人はそういうと、聞いてもらうだけでも気持ちが晴れますよと、

名刺を逸美の書道の紙に挟む。


「いえ、あの……」


逸美は、自分が気持ちの定まらない状態にあることを見抜かれた気がして、

すぐに否定した。名刺を紙の間から取り、返そうとするが、その時、

表の名前の上についていた、一言が目に入ってくる。



『あなたの思いの代理』



『パワフリズムストーン』は、幸せをつかみたいと思う人に、

世の中に漂い続けている力を集めてくれると、そう書いてある。



『もし……』



逸美の中で、そんな思いだけが、少しずつ膨らんだ。





「相原会長が?」

「はい。『ミドルバンド』のみなさんと、村田さんにぜひ、
『Sビル』のお別れにふさわしいコンサートを開いてほしいと、そう」


あずさは庄吉の了解を得たこと、

庄吉自身がその『コンサート』を楽しみにしていることなど、

敦の車を下りてから、すぐに村田のところへ向かい話し出した。


「会長が……」


今までは、どうでもいいという態度を見せていた村田も、

庄吉の名前が出てきてから、急に態度を変えていく。


「村田さんと『ミドルバンド』のみなさんの演奏が、
互いにけん制しあっている『BEANS』と借主さんとの、橋渡しになってくれたらと、
そう思って……」


あずさは、以前、この場所に置いた資料に書いたとおり、

これ以上、このビルを黙って使っていくのは難しいことを、あらためて村田に語る。


「あの資料の通り、『BEANS』側も、ただ追い出そうとしているわけではありません。
そのことは村田さんも、気付いていることではないですか?」


あずさは、週末、『ミドルバンド』の練習があるので、顔を出してくれないかと、

そう言った。村田はダンボールの奥に置いてある、トランペットのケースを見る。


「書類上の条件だけではないものが、歩み寄ることで見える気がします。
村田さんの音楽で、それを引き寄せて欲しいんです」


あずさは、『音楽』が人をどれほど楽しませるのか、

村田ならよく知っているはずだと、そう話す。


「ぜひ、『リラクションルーム』にきてくださいね、待っています」


あずさはあらためてそういうと、村田の店を離れた。



【21-4】



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