21 恋の糸 【21-5】

逸美は、梨那の顔を見ないようにしていたが、さすがに声までは遮断できず、

名前がしっかりと入ってくる。自分との付き合いの中での岳を考えると、

おそらく積極的に話を進めてはいないだろうとそう思った。

だからこそ、梨那はこうして周りを固めることで、

岳が逃げられない状況を作り、その日を早めようとしていることがわかる。


「『BEANS』の……あぁ、はい。確か、逸美と『桜北』では大学の同級生だったね」


父の言葉に、逸美は小さく頷く。


「あぁ、そうでしたか。
彼は『桜北』を出てから『慶西』の大学院を卒業していますからね」


文明は何度か会っているけれど、しっかりした息子さんだと岳を褒めた。

梨那は、逸美がどんな顔をして聞いているのかと興味を持つ。


「逸美さん、彼の桜北大学時代をご存知なんですね……。
どんな感じだったのかと聞いても、あまり話してくれないんです。何か、
エピソードでもあるかしら……」


梨那は、そういうと逸美を見る。

逸美も、これ以上顔をそらしているのは、自分が惨めになる気がして、

しっかりと梨那を見た。


「いえ……エピソードなどは別に。数ある友人の一人ですし」


自分の中にある、懐かしい思い出まで触れられたくないと、

逸美は梨那を睨むように見る。


「そうですか……」


梨那は、話しがそれてしまうからと、父親に合図する。


「あぁ、そうだね」


文明は、逸美の父に会場となる8階の見取り図を見せた。



『今年中にはと……』



逸美が、本当は立ちたかった岳の隣。

『三国屋』の娘、青木梨那は、自分と岳の付き合いも知りながら、

その場所をほぼ獲得したのだと宣言した。

確かに『広報』の仕事をしているのかもしれないが、

今日の話し合いの中で、梨那はほとんど発言をしなかった。

実際には社員が中に入り、4月からの催し物の中身を語ってくれていて、

逸美は梨那が同席した意味を、自分に対しての『勝利宣言』だとそう感じ取る。

互いに守らなければならないものがある以上、

いつかこうなることは予想していたのに、あんなふうに自分に対して、

ひけらかすような態度を梨那が取ったということに、

逸美は怒りの感情を浮かび上がらせる。

梨那の自分を『見下すような』態度と、先日の岳の『切り捨てる』態度が妙に被り、

逸美は『運命に逃げた』自分の行動を、二人に責められているような気がしてしまう。



『マダムライラック』



逸美は打ち合わせを終えた後、その名刺を取り出すと、携帯番号をチェックし、

一人ボタンを押した。





「本当に話したのか」

「はい……」


女同士のバトルなど何も知らない岳は、

その日、いつものように『リラクションルーム』でクラリネットの練習をした。

あずさが『青の家』に言ったことを聞き、ただ呆れ顔になる。

あずさは岳と視線を合わせていると、

自分が間違っているのではないかと勘違いしそうで、

新しい楽譜を取り出すと、すぐに練習を開始した。

岳は面倒なことになりそうだという顔で、クラリネットを持つと、

あずさに背を向けるようにしながら、音を出し始める。

あずさは岳が吹き始めたことがわかったので、ゆっくりと振りかえり、

背中を見ながら、庄吉に自分が岳の『ストレス』と言われたことを思い出していた。





『リラクションルームでのコンサート』

『村田さんに、もう一度トランペットを吹いて欲しい』



岳は、仕事の有給を取り、わざわざ『青の家』に出かけ、

会長になる庄吉と会い、『リラクションルーム』でのコンサート開催を頼んだ、

あずさの行動を振りかえった。

懐かしいイベントになると、昔を知る人たちはそれなりに興味を示すだろうが、

それによって『Sビル』の耐震工事費用が出るわけでもないし、

『BEANS』側が、退去を迫っている状況にも、何も変化はない。

むしろ、人に頭を下げたり、会場の準備をしたりなど、仕事が増えていくだけなのに、

なぜそれを自ら選ぶのかが全く理解できなかった。

岳はあずさのしていることは、意味のない行動だと考えているが、

周りはなぜかそこに集まりだし、知らないうちに『同じ目標に向かう』気がして、

どこか不安さえ感じてしまう。


「ねぇ……岳」


目の前にいた梨那は、明らかに岳が自分の話しを真剣に聞いていないのだとわかり、

少し大きな声を出した。岳は、下向きだった視線をあげる。


「ん?」

「ん? って何よ。私が真剣に話しをしているのに」

「あ……そうなんだ、ごめん」


岳は、『どうしても話したいことがある』と言われ、梨那と会うことになった。

梨那は、岳を見ながら、『何かが起きている』と予感する。


「大切な話しがあるって、言ったでしょ」

「あぁ……ごめん。何」


岳は、梨那が怒るのも無理はないと思い、姿勢を正した。

梨那は、仕事の中で逸美と会ったことを話し出す。


「『中村流』の催し物が、うちで行われることになったの。
それで、逸美さんにお会いした」


梨那は、岳がここのところ自分に対してどこか冷たい態度を取っているのは、

逸美が婚約したことと、どこか関わりがあるのではないかと思っていた。

手離してしまった逸美への、未練のようなものがあるのかと、考える。

岳は、互いににらみ合って別れた日のことを思い出す。


「そう……」

「逸美さん、ご婚約されたのでしょ、『エントリアビール』のご次男と」

「あぁ、以前、新商品の発表会で……」



『全てを私が話しているのに……ここまで話しているのに、
あなたはそんなことしか言えないの?』



岳は、あずさが階段から落ちて怪我をした後、その罪を認めた逸美のことを、

思い出した。自分がこれだけ追い込まれたのは、岳が悪いのだというセリフに、

ただ背を向けた。



『あなたは絶対に人を幸せには出来ない。責めることしか知らないもの』



吐き捨てるような逸美のセリフが、忘れていた感情を、岳に呼び戻した。





【ももんたのひとりごと】

『千晴とかおる』

敦のいとこであり元モデルの『川井千晴』と、梨那の友人で、
父親が有名なパティシエの『岡野かおる』。どちらも話の中では脇ですが、
『境遇からの自信家』にしようと思いながら書いています。
『私はちょっと違う』という意識が出ている彼らは、人に対しても厳しい意見が、
当たり前のように言えるようです。まわりにいませんか? 私の周りにはいますよ(笑)




【22-1】



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