22 力の集まる石 【22-2】

ジャスミンの香りがするお茶をゆっくり飲みながら、

マダムはただその場に座っていた。

逸美は、こういうところでは、根掘り葉掘り聞かれるのかと思っていたのに、

急かされないことで、不安感が消えていく。

入店してから5分ほどが経過した頃、逸美はしっかりと顔をあげた。


「自分のしたことを、今、後悔しています。おろかだったと思いながら、
毎日暮らしているのが現状です」


この店では、本名も名乗る必要がなければ、具体的な名前なども出す必要がなかった。

ただ、自分の心を素直に吐き出すことで、マダムはパワーを集め、

それがどういう複雑な状態になっているのかを、自分で判断してくれるという。

逸美は、思っていた人をきちんと諦めたいこと、自分の選んだ道を受け入れたいこと、

そして、そのきっかけを探していると表現する。


「乱れた気持ちを、しっかりと取りまとめたいと……」


マダムはレースのカバーを取ると、両手で覆うと隠れるくらいの石を、

テーブルの前に押し出した。どんな種類のものなのかわからないが、

黒やグレーの色の中に、青みがかった部分がキラリと光っている。


「……まだまだですね」


マダムはそういうと、まだ何も具体的なことが映らないと首を横に振る。


「お悩みがあるのはわかります。でも、あなたの気持ちが、
本当の意味でオープンにならなければ、力を与えてあげることは出来ません。
あまりにも心を覆いすぎている」

「覆っている?」

「はい……」


マダムは、その石を自分の両手でゆっくりとなでていく。


「本当は違うでしょう。後悔しているからこそ、このまま引き下がりたくない。
出来たら男の気持ちを自分に向けたい。それが無理ならば……」


マダムはそういうと、目の前の逸美を見る。


「その男ごと、不幸の渦に突き落としたい……」


マダムはそういうと、口角をあげる。

逸美は心の奥を見抜かれた気がしてしまい、言葉が出なくなった。


「そうだね。でも、それは今の段階で、難しいね」


マダムは、逸美の気持ちが入り混じってよどんでいると、そう表現する。


「とりあえず、男の本音を捜してみましょう。あなたを選ばなかった理由が、
他の女と生きていくための選択ならば、その男の心を捉えている女を、
追い込んでみて……」


マダムはそう言いながら、目の前の石に両手をかざした。

逸美は、見慣れない光景と、どこか異次元を感じる行動に何も言えないままになる。


「男と女は……複雑なようで単純なものです。
だけれど、一度絡んだ糸をほどくということは、そう簡単なことではない」


マダムは前に座る逸美をじっと見る。


「からめてしまったのは、あなた自身。
だとすると、まずは余分なものを排除することから始めなければね……」

「排除……」

「そう。あなたの気持ちが1つにまとまるように、
そして、その道が、最善の方法になるように……」


マダムは横にある棚の中から、片手に乗るくらいの石を出してくれた。

淡いクリーム色に見える楕円形の石が、逸美の前に現れる。


「今言ったとおり、最初に行うのは排除です。つまり、男の気持ちを探ること、
まずはそこに集中しましょう。これをいつもそばに置いてください。
キッチンに立つのなら、レンジのそばとか、寝室でもいいですし、
車に乗ることが多いのならそこでも結構です」


マダムは大きな石に右手を、小さな石に自分の左手をそっとおく。


「あなたの望むことを叶えていくための一歩を、今、パワーを集めながら願っています」


逸美はマダムが何を願っているのかがわからないため、

何を願っているのかと、そう尋ねた。


「あなたではなく、彼の心を捉えている女性がいるのなら、
その人にはだんだんと困難が訪れます。あまりにも大きなことでは、逆効果になる。
じわりと不幸が続くことで、彼女から……パワーを奪いましょう。
その奪い取ったパワーを、あなた自身が吸収していけば、
男の思いが動く……かもしれない」


逸美の脳裏に、勝ち誇ったように見えた梨那の顔が浮かんだ。


「不幸って……」


逸美は、人の人生の中に入り込むような気がして、思わずそう聞いてしまう。


「あくまでも『パワフリズムストーン』の導くままに……です」

「導くまま……」

「人には上昇期と下降期、両方の時期が存在します。
普通ならその波はゆるやかだったり、時には激しかったり、
人生の中で色々と変化していくのです。この『パワフリズムストーン』は、
その波を集め、力に変えていく。その女性から奪ったパワーをあなたが得ることで、
風が変わるのか、男の気持ちが動くところまで行くのかどうか、それはまだわかりません」


逸美は、マダムの言葉を、半信半疑の状態で聞いていた。

こんな石一つで、何もならないだろうという思いと、

本当にそうなるのだとしたら、

岳はどういう態度を示すだろうという興味も生まれてくる。


「しばらくすると、その相手が背負う不幸は、
自分が絡むからではないかと、男が気付くでしょう。さて、その時にどうするか……」


逸美は、あまりにも簡単に進むように話すマダムに対し、

『少し待って欲しい』と声をかける。


「待つ?」

「はい。それはあまりにも……」


そんなふうに他人の人生を操っていいのかと、逸美は考え始める。


「それならば、全てを諦めますか? 操るも操られるも、その人の『運の強さ』です。
お客様、人の幸せと不幸せは、背中合わせなのですよ。
誰かが試験に落ちたら、合格する人もいる。
離婚する男がいるから、その相手と結婚する女がいる……というようにね」


マダムはそういうと、ジャスミンのお茶に口をつける。


「確かに言われるとおり、人の人生を絡めるのですから、
広範囲には効果がありません。あくまでもターゲットの女性は一人。
それ以上の相手が、あなたの思い人にいるのだとしたら、
彼にはそもそも誠意がない。それはもう普通の世界では図れません。
こんな方法では無理ですからね」


マダムはそういうと、クリーム色の石を、小さな箱に収めてくれる。


「さぁ……あなた自身の運を信じなさい」


逸美はその石を受け取ると、誰かに背中を押されるように『はい』と返事をした。





『ミドルバンド』の練習日。

あずさは庄吉から『ミニコンサート』の許可を得た話をした。

メンバーたちは、それは嬉しいと口々に話し出す。

リーダーの佐藤は、来月に開くコンサートと同じ曲でもいいのかなと、

あずさに聞いてくる。


「大丈夫ですよ。場所が違いますし。
みなさんお仕事もあって、新しい曲の練習までしたら大変ですから」


あずさは鍵をいつもの場所にかけると、それではと部屋を出ようとする。

すると、扉の向こうに立っている村田に気付いた。あずさはすぐに扉を開ける。


「村田さん」


村田はあずさと顔を合わせようとはしないまま、『リラクションルーム』の中に入る。


「今回、ここで行うコンサートは、会長が聴きたいとそう言っているのだろう」

「はい」


あずさはすぐに扉を閉めた。

思いがけない村田の登場に、練習を開始しようとしたメンバーの音が止まる。


「すみませんみなさん。
このビルの2階で『プラモデル』のお店を経営している村田さんです。
村田さんは……」


あずさの紹介に、村田はトランペットを持ったままの状態で、軽く頭を下げる。

あずさは村田の紹介をしなければと一瞬考えたが、

その横で村田はいきなり、トランペットを吹き始める。

力強い音と、その音色の美しさに、『リラクションルーム』内は釘付けになった。

全く吹かなくなったと言っていたトランペットだが、

本当は村田がどれだけ大事にしてきたか、

あずさは、輝きを保っているトランペットを見ながら、

その思いを音で受け取っていく。

挨拶代わりの短い曲が終わり、『ミドルバンド』のメンバーからは、拍手が起きる。


「いやぁ……すごいわ」

「村田さん……こんな才能があったんだね」


メンバーたちの拍手に、村田は少しだけほっとした顔を見せる。

終わることが決まっている『Sビル』の中で、小さな輪が出来つつあることを知り、

あずさは大きく息を吐いた。



【22-3】



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