22 力の集まる石 【22-4】

「古賀さん、お客様」

「はい……私ですか?」


何も知らない涼子のところに、千晴が到着したのは、昼少し前のことだった。

一緒に修行をしている先輩が、外に車が止まっているのだと、説明する。


「本当に私ですか」

「そうよ。古賀涼子さんをお願いしますって」


先輩は、そういうと早く行った方がいいと、涼子の肩を叩く。

一瞬、敦が訪ねてきたのかと考えたが、連絡もなしに来ることはありえないと、

その思いを打ち消した。作業服のまま、とりあえず外に出る。

すると先輩の話したとおり、1台の車が止まっていた。

助手席から、一人の女性が姿を見せる。


「こんにちは、突然でごめんなさい」


涼子は状況のつかめないまま、とりあえず頭を下げた。


「あの……どちら様ですか」

「川井千晴と申します。東京の『BEANS』という会社に勤めていまして。
そう……相原敦とは、従兄弟になります」

「……エ?」


涼子は千晴の説明を聞いたものの、それでもどうして千晴がここにいるのか、

その意味がわからなかった。千晴は驚いたままの涼子を見ながら、名刺を出す。

涼子はとりあえずそれを受け取った。確かに名刺は本物に見える。


「敦の母と、私の父が兄妹で、私にとっては叔母でも、
どこか姉のようにいつも慕っていたものですから。今回、こうしてここへ」


千晴は、ここへ来たのは、敦の母親の意思が入っているのだと、そう説明する。


「確か古賀さんは、敦の幼い頃を知っていると」

「はい」

「『野口敦』だった頃のことでしょ」


千晴の問いかけに、涼子は黙って頷く。


「まぁ、懐かしくて、なんとなく意気投合してというのは、私にもわかります。
学生時代の友人と久しぶりに会うと、今まで忘れていたような時間が蘇りますし」


二人の会話を聞いているのは悪いと思ったのか、泰成は運転席から出ると、

タバコを口にくわえながら、ふらりと歩き始める。


「でもね……敦はそこら辺の男とは違うんです」


千晴はそういうと、涼子に近付いた。


「『野口敦』なら、恋愛も自由でしょうし、どんなふうに生きていこうと、
あまり問題はなかったかもしれません。でも、敦は相原になりました。
あなたもご存知でしょうが、『BEANS』は、一流の大手企業です。敦も大学まで進み、
会社の役に立つような勉強をしてきました。それは、父となった現社長と、
母として相原家に入った、叔母の意思でもあります」


千晴は涼子の顔を見た。

涼子は固い表情のまま、どこか1点を見つめている。

明らかに、これから『あまりよくない』方向に話しが動くのではないかと、

わかっている顔つきだった。さすがに敦が惹かれるだけあって、

頭の回転は速そうだと、千晴は考える。


「学生時代の、楽しい恋愛なら私も叔母もこんな心配はしません。
でも、24歳にもなれば、やはり将来のことを考えずにというわけにはいかないんです。
長男の兄は、『三国屋』の社長の娘さんと、ほぼ婚約をしている状態です。
となると……次男の敦も、それなりの方をと、叔母の思いもありまして」


千晴は、岳の相手が『三国屋』という一流企業の娘だと言うことを聞かせ、

必然的に、弟のそれなりの女性が相手をしなければ、バランスが保てないのだと、

遠まわしに涼子に語る。


「ごめんなさいね、人を比べるものではないことくらい、わかっているんです。
でも、せっかくこういった仕事をお持ちなのに、敦とお付き合いするということで、
可能性を潰してしまうことにならないかと、そう思いまして」


千晴は、そういうと涼子を見た。

下を向いたままの涼子に向かって、『空が綺麗ね』などと、

どうでもいい言葉をかけていく。

涼子は、しばらく下を向いていた顔を、ゆっくりとあげる。


「言いたいことはわかりました。あつくんにはもっとふさわしい相手がいるので、
私との交際は認められないと、そういうお話ですよね」

「……まぁ、そういうことですね」


千晴はスマホを開く。


「まだ、あつくんとは本当に数回しか会っていません。結婚とかそんなふうに……」

「だから今、来たの」


千晴はそういうと、それまでとは違う冷たい表情を浮かべた。

涼子は言い返そうとした言葉が、その目を見たことで出なくなる。


「人には、背負わなければならない責任というものがありますから。
数回しか会っていないのなら、結婚などとそう言うのなら……」


千晴はスマホをバッグに戻す。


「優しい顔をした天使のように、敦の周りをウロウロしないで欲しいのよね」


千晴の言葉に、涼子は『そんな』と言い返そうとする。


「あの家に後から入った敦の人生を、壊してしまおうだなんて思わないでしょう。
本当にあの子のためを思うのなら……
兄に遠慮し続ける人生を送らせないようにするには、
『三国屋』レベルの相手を、横に並べてあげないとならないの」


千晴は涼子の前で腕を組む。


「敦のために、相原の家に敦がしっかり入れるようにと
長い間苦労してきた叔母の努力を、あなたが打ち消してもいいと、
そう言うのなら……まぁ、仕方がないですけど」


千晴はそういうと、涼子の顔を見る。


「ねぇ……」


タバコを吸い終えた泰成が運転席に戻り、黙ったままの涼子の前で、

車のエンジンをかけ出した。



『三国屋の社長の娘』



千晴が涼子の前にいたのは、それほど長い時間ではなかった。

しかし、そのインパクトは大きく、千晴が帰ってしまった後も、

涼子の頭の中では、この名前が何度も思い出された。

『翠の家』で、祖父庄吉に幼い頃の思い出を語ったことから敦と久しぶりに会い、

話をしている中で、幼い頃とは違った感情が互いに生まれてきた。

涼子は、一人の男性として敦を意識している自分に、気付くことが出来た。

初詣に行っても、車でデートしても、流れていく時間があっという間に感じられるほど、

涼子の気持ちは華やいでいたし、それは敦も同じように思えていた。

次はいつなのかと、互いに約束する電話も、楽しみになっているため、

時間があれば、どんなところに出かけるのがいいのか、考えることも多い。

しかし、学生時代の恋愛ではない以上、確かにその先には『結婚』の2文字がある。

あまりにも期間が短くて、まだ何も考えていないというのは本当だったが、

涼子は、染物の仕事をこれからも続けていきたいし、

自分の時間はしっかり持った生き方をしたいと、漠然と考えていた。

『BEANS』だろうが、『豆風家』だろうが、敦が創業者一族の中にいるということは、

それなりの地位に着いた仕事をすることになるため、

涼子は、そばで支える女性の存在は、確かに大きなものだと考える。

『野口敦』から、相原家に入ったため、出来た兄。

その相手が大手百貨店『三国屋』で育った娘さんなら、マナーも振舞いも、

自分とは比べ物にならないはずで、そうなると肩身の狭い思いをするのは、

ただでさえ血のつながらない場所に乗り込んだ敦自身であると、思えてくる。

涼子は部屋にある写真を見る。

この間、二人でデートした時に撮ったスナップ写真。

その中にある敦の笑顔を見ているのが辛くなり、思わず写真たてを伏せてしまう。

気持ちが大きく右に左に揺れている中、涼子は何度もため息を落とすだけだった。



【22-5】



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