23 思い込みの法則 【23-2】

『パワフリズムストーン』


逸美は棚の上に置いた石を見つめ、それから仕事の書類をまとめだした。

『人の不幸』を呼び込もうとするのは、不謹慎だとわかっているのに、

その力がどれくらいのものなのか、どこかで確かめたい気もしてしまう。

岳の相手が梨那であるため、『三国屋』に何かが起こるのかと、

こまめに新聞やニュースに目を通しているものの、何かトラブルが起きたという話しは、

耳に入ってこない。

むしろ、業績不振の百貨店業界にあって、アパレル企業と手を組み、

あらたな事業に乗り出そうとしていることを考えれば、

順風満帆と言っても過言ではなかった。

逸美は淡いクリーム色の石に触れたあと、

父に言われた通り、春の展示会に向けた準備を続けた。





岳は楽譜を追いながら、何度も扉の外を見るあずさが気になった。

時計が9時を回ろうかという頃、あずさが表情を変える。


「こんばんは」


その声の方向へ視線を向けると、立っていたのは村田だった。

岳はあずさが待っていたのはこの男だったのかと、すぐに顔をそらす。

村田が、手に持っていたのはトランペットだった。

『ミドルバンド』との交流も出来て、コンサートに向かうことになったという話を聞けば、

確かにここで練習をするようになってもおかしくはない。

岳は、演奏を途中で止め、クラリネットを片付けようとする。


「村田さん、中に入ってください。自由に使ってくれていいですから」

「いや……」


岳が中にいたことで、入りづらいという感想を持っていたのは、村田も一緒だった。

目があった岳は、明らかに自分を意識していたからだ。


「岳さん……」

「君のいうとおりだ。彼に練習してもらうといい。俺は……」

「帰ったらダメですよ。村田さんは岳さんに会えると思って、来てくれていますから」


あずさのセリフに、岳は黙って首を振る。


「だから肩ばっかり凝るんです」


あずさの言葉に、岳は顔をあげる。


「は?」

「『BEANS』さん」


村田の言葉に、岳は思わず『はい』と返事をしていた。


「あんなチラシを作って、勝手に出してしまったこと、まずは謝ります」


村田はそういうと、岳に頭を下げた。

岳は何を言うべきなのかがわからず、ただ黙ってしまう。


「村田さん……あのチラシを見て、私は、みなさんにまだ
『BEANS』のお願いしたいことが、伝わっていないことがわかりました。
そのことがあったから、私、イラスト入りの説明書を作ったんです」


あずさは、お互い様だというようなことを村田に話す。


「いや……正直、頭から押さえつけられていると、そう思い続けていた。
言っていることはわかるけれど、圧倒的な力で、こっちの意見など聞かずに、
ただ、押し付けられているってね……」


村田は、視線を合わせない岳を見る。


「一流の大学を出て、一流の企業に入って。『BEANS』にいるのはそんな人間ばかりだ。
さらにあんたは、大きな会社の跡取りで、何も苦労なんてしなくたって、
欲しいものがどんどん手に入る。俺は、ビルのことなどどこか置いて、
勝手に関係ない感情に振り回されていた」


村田の柔らかい言葉のつながりに、岳も自然と顔を上げ姿勢を変える。


「それが……ここをこっそりのぞくようになってから、考えが変わったんだ。
最初……へたくそだったな、クラリネット。音は抜けているし、
それに、指使いもあたふたしていたし」


村田はそういうと、笑みを浮かべる。

岳は自分のことを言われているのだとわかり、あずさを見る。

あずさはあえて無表情のまま、中立の位置をキープした。


「でも、どうしてなのかわからないけれど、いつもこの部屋に来て、
音を出していただろ。かすれたような音が、だんだん綺麗な音になって、
音符一つずつが滑らかな流れになって……今は、澄んだ音が聴こえてくる」


村田はこれでも昔プロだったからねと、トランペットを前に出す。


「そうか……一流の連中も、その場所に立つまで、それなりに努力しているのかと、
あんたの練習を見ながら、そう思ってね。なんだろう、そう考えるようになったら、
宮崎さん、あなたの書いてくれた説明書が、なぜだかスッと気持ちに入ってきたよ。
耐震工事のことも、このビルをこのまま使い続けていられないことも。
きちんと理解することが出来た」


村田はあずさを見る。


「村田さん……」

「あんたたちの粘り勝ちだ。俺は決められた期日までに店を畳んでビルを出ます。
文句はない」


村田はそういうと、トランペットを吹き始めた。

吹き始めから力強く、メロディーを組み立てていく。

岳は『本物の音』を目の当たりにして、頭が全て音を捕らえてしまい、

クラリネットを片付けようとしていた手が、命令が止まったように動かなくなる。



『文句はない……』



岳は、村田に素直になられ、あらためて自分自身も振り返る。

すると、『思い込み』は互いにあったのではないかと、そう思えてきた。

自分が理解できるのだから、それを理解できない相手が悪いと、

今まで、何もかも決め付けてこなかったのか、そんな思いがグルグルと回りだす。

岳は村田のトランペットを嬉しそうに聴いているあずさを見る。

あずさが、村田のことを思い、

『BEANS』の意見を詳しく説明したイラスト資料を作らなければ、

この和解はもっと遅かったかもしれないし、なかったかもしれない。



『歩み寄ること』



その意味を、岳はあらためて考える。

今までの自分は、『思い込み』と『独りよがり』になっていなかっただろうか、

岳は村田の力強い演奏を聴きながら、自分自身に問いかけた。



【23-3】



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