24 彼女の風 【24-2】

「はぁ……あの園田って男。私が情報と引き換えに、
一度でも抱かれると思っているのかしら」

「男は単純だよ、千晴が思うほど、頭のいいやつはいない」


その日、仕事を終えた泰成と千晴は、いつもの『カウポルネ』に並んでいた。

泰成はグラスを軽く振り、氷を溶かす。


「私は世界観を大事にする女なの。あんな不細工な男、誰が相手にするものですか。
100万円積まれてもいや」


千晴はそういうと、耳のピアスに触れる。


「ねぇ、岳は何をしようとしているの?」


今まであまり重要視しなかったアンケートを、急に掘り起こし始めたと、泰成に話す。


「そう……企画でも話題になっているよ。相原さんが次に考えるのは、
さらなるリッチ感を生み出すものだとそう思っていたからね。
まさか田舎の土地へ行くとは」

「田舎?」


千晴はたとえばどこなのよと、泰成に迫る。


「埼玉だの、神奈川の奥だの、いくつかあったな」


泰成はそういうと、何かあったのかと逆に聞き返す。


「何かって?」

「いや、あの生まれた頃からお坊ちゃまな相原さんの、価値観を変えるようなことが、
何か起きたのかなと」


泰成は、グラスに口をつけながら、首を傾げた。

千晴は『価値観を変える』と言われ、ふとあずさのことを思い出す。


「価値観ねぇ……」


そういうと、泰成と同じようにグラスに口をつけた。





岳とあずさの前に顔を出し、前向きに考えを変えてくれた村田は、

『ミドルバンド』のメンバーとも、順調に練習を続けた。

あずさが借りている時間も有効に使い、『本番』までの日程をこなしていく。

そして、その本番があさってということになり、

『リラクションルーム』では、最初で最後のコンサートのために、飾り付けが始まった。


「もう少し右」

「こうですか?」

「そうそう、いい感じ」


飾りつけはあずさと小原、ほたるの3人で行うことになり、

部屋の左端に演奏者が立つ場所を確保し、それを囲むように客席を作った。

『アカデミックスポーツ』には、客席として使用できる椅子がないため、

お客様が来た時に座るソファーを、庄吉のために持ち込み、

あとはビルの中に営業している法律事務所や、他の店などから借りることにする。


「20人くらいですかね、座れるのは」

「後は立っていてもいいし、ゴザでも引けば」


小原はお金もかけないでやることに意味があると、そう満足そうに話す。


「そうですよね。演奏が聴けたら、みなさん次の場所でも頑張ろうとか、
そう思えるだろうし」


あずさは『ありがとうSビル』の看板代わりの大きな紙を見る。


「新しい場所といえばですけれど」


飾り付けを満足そうに見たあずさと小原に、ほたるが声をかける。


「社長、新しい場所にと考えていた物件、全部断ってしまいました」


ほたるのセリフに、あずさと小原は顔を見合わせる。


「断った?」

「どうして? だって、予算と時期とを話して、絞ったのよね」

「はい……でも、昨日業者から連絡があって、逆に聞かれましたから。
うちの物件よりもいいところはどこだったのですかって。
で、どこにしたのかと残りに連絡をしたら、なぜか全部断っていました」


ほたるは『どうなるんですかね』と、どこか人事のような顔をする。

小原は、ここであれこれ考えても仕方がないので、

社長が来てから聞こうと言い、あずさもそうですねと頷いた。





「来なかった……」

「はい。社長、今日も来なかったんです。近頃、連絡もなしに休みが増えて」


会場の様子を見に来た岳に、あずさはそう柴田のことを話した。

岳は、飾り付けられた部屋を見ながら、何も知らないなと答えを返す。


「そうですよね……」

「電話は」

「つながったそうです。小原さんが聞いたら、新しい場所があるって、
もう少ししたら発表すると言われたそうですけど」


あずさはどこにするのだろうと、つぶやいた。岳はそんなあずさを見る。


「『アカデミックスポーツ』は、いつビルを出るつもりなんだ」

「村田さんがこの3月でお店をたたむと発表したら、みなさんも6月までにはと……」


あずさは最高に粘って9月だけれど、1軒の予定が立ったら、

一気に動きそうだとそう話す。


「そうか……」


岳はそういうと、あらためて部屋の中を見た。

耐震基準があり、どう考えてもこのビルを残しておくわけにはいかない。

しかし、新しく建つ場所にも、その長い歴史を感じられるものが残せないかと、

漠然と考える。


「とにかく、あさって成功することだけを……」

「あぁ……」


あずさの声に、岳は気持ちを戻すと、もう一度前を見た。





「敦……」

「今言った通りです。部屋も決めましたし、契約も済ませました」


あずさと岳が『リラクションルーム』にいた頃、仕事を終えて戻った敦は、

この家を出て一人で暮らすと、そう言い始めた。

久しぶりに兄や両親と食事が出来ると思っていた東子も、驚きの声をあげる。


「本当に?」

「あぁ……一人で暮らしていく」


東子はどこなのと、聞き返す。

敦は瞬間、浩美と目が合い、すぐにそらす。


「今は言わない。きちんと生活が始まったら、どこにいるのか教えるよ」

「何を言っているの、どこなのか言いなさい、敦」


浩美は場所はどこなのか、どうして勝手に進めたのかと言い始める。


「勝手に進めたのは、自分の決意を邪魔されたくないからです」


敦は24という年齢で、一人暮らしをしようとするのは当たり前だと、そう話す。


「でも……」

「落ち着いたら、必ず連絡を寄こしなさい」

「はい」


反対をせずに、認めたような言葉を言ってくれた武彦に、

敦はすぐ『ありがとうございます』と返事をする。


「あなた……」

「敦の言うとおりだ。社会人なのだし、ひとりで暮らして仕事をしようとする決断が、
間違っているという君の方がおかしいぞ」

「この家があるのですよ……」

「家があっても、子供はそれぞれ一人だ。私は敦の判断を理解するよ」


武彦の言葉に、東子は『自分もか』と声を出す。


「お父さん、私も一人暮らししていいの?」

「東子」

「お前が大学を卒業して、きちんと就職を決めたら、お父さんは反対しないよ。
その代わり、都合がいいときだけお父さんやお母さんを頼ったりするのはダメだ」

「はい、もちろん」


東子は将来に希望が出てきたと、笑顔になる。


「東子は女の子でしょう。絶対にダメです」


浩美はそういうと敦を見る。


「母さんが何を言っても、どういう邪魔をしても、これは譲らない」


敦はそういうと立ち上がり、自分の部屋に戻っていった。


「一人暮らしか……うん」


東子は23区内は譲れないよねと、浩美の顔を見ないままで、ひとりつぶやいた。



【24-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント