24 彼女の風 【24-3】

その日、岳と一緒に戻ってきたあずさを迎えたのは、

相原家に起きた事件を報告しようと、待ち構えていた東子だった。

リビングに入るなり、『聞いて、聞いて』と声を出す。


「どうしたの」


あずさは東子の声にすぐ反応する。


「驚きです。あの敦が……。そう、あの優しい敦が、
なんと、一人暮らしをすると宣言しました」


東子の声は、遅れて玄関に戻ってきた岳にも届く。


「敦さんが家を出るってこと?」

「そうなの。もう物件も決めているんだって。いやぁ……驚きました。
あの敦がそんな大胆なことをしてしまうなんて。来週にも引っ越すって。
お母さんはカンカンだったけれど、お父さんが理解をしてくれた。
ねぇ、私にも、大学を卒業したら一人暮らしをしてもいいって、そう言ってくれたのよ」


東子は、父がこれほどの理解者だったとはと嬉しそうに言うと、

遅れて入ってきた岳に、『おかえりなさい』と声をかける。


「本当なのか、敦が……」

「はい、本当です。今日の夕食は、お母さんだけが大荒れでした」


あずさはすぐに岳の顔を見る。

その顔は、いつもの凛としたものとは違い、どこか不安げに見えてしまう。


「敦ったら、いつから考えていたのかね」


東子は一人暮らしの場所がわかったら、

遊びに行こうと、またリビングでスマートフォンをいじりだす。

岳は何も言わないまま部屋の方に向かったため、

あずさも、部屋に行くために階段を上がりだす。

しかし、その足はすぐに止まる。しばらくその場で考えた後、

あずさの足は上向きから下向きに変わった。

あずさの足は、自分の部屋ではなく、そのまま敦の部屋を目指した。


先日、『リラクションルーム』でのコンサートを許してもらうため、

庄吉を訪ねたとき、あずさは自分が岳にとって『ストレス』になっていると、

そう言われたことを思い出す。

あくまでも、それはプラスなのだと庄吉は笑っていたものの、

あの場にいた敦が、また別の感情を持っていたのではないかと思い始めた。

敦の部屋の前に着いたので、少し呼吸を整える。

扉をノックすると、中から敦が声を出した。

あずさは『宮崎です』と名乗り、敦があけてくれるのを待つ。


「どうしたの」


敦は扉を開けると、何かまた『アカデミックスポーツ』で起きたのかと尋ねた。


「いえ、そうではなくて。敦さんが一人暮らしをすると、
今、東子ちゃんから聞きました。それって、私がいるから……
生活のリズムが乱れたとか、そういうことではないですか」


あずさは、自分が庄吉の提案に甘えたことで、

相原家の中を乱しているのではないかと言い、

それならば出て行くのは自分の方だと話す。


「友達に話をして、すぐにでも出て行きます。ですから」

「ちょっと待って。違うんだ、そんなことじゃないんだよ……」


敦は、勘違いをしているあずさにきちんと説明しなければならないと思い、

リビングに行こうとそう声をかける。あずさと敦が戻っていくと、

少し前までその場所にいた東子は、部屋に戻ったのか姿がない。


「何か、飲む?」

「いえ……」


あずさはソファーに座ると、カバンを膝の上に置いた。

敦は立ったままで、前にある螺旋階段を見る。


「僕が初めてこの家に来たとき、まだ小学校に入ってそれほど経っていない頃だった。
だから、この階段には本当に驚いた。こういうものが家の中にあるってことが、
すぐに理解できなくて」


敦の言葉に、あずさは自分もそうだったと頷く。

敦は、『そうだよね』と笑いながら、

あずさの斜め横にある、3人かけのソファーに腰を下ろした。


「母が、父と再婚することになって、僕も『相原敦』になった。
僕は、本当の父親の顔はよくわからないんだ。幼い頃から、
母が一人で僕を育ててくれていたことしか記憶になかったから。
だから、新しい環境にしっかりと慣れて、自分が違和感なく受け入れてもらわないと、
母が困ると、そればかりを考えて生きてきた」


敦は当時はまだ庄吉もこの家にいたので、よくお土産をもらったと、

懐かしそうに思い出す。


「祖父もそれから父も、兄と同じように僕をかわいがってくれているのがわかるから、
僕もなんとか兄の後が追えるようにって、ずっと追いかけ続けて、
同じ大学、同じ学部、同じ会社……それが当たり前だと思っていたけれど、
いつの間にか、自分自身がなくなっていた」


敦は気持ちは楽になるどころか、毎日、苦しい思いばかりが膨らんでいたと話す。


「そんなとき、この家に宮崎さんがやってきた。『おそらく変わらない』とか、
『こうなるはず』という部分を、宮崎さんは必死に突破して、
新しい時間を自分のものにしてきただろ」

「新しい時間?」

「そう……僕の押しの弱さに、兄が痺れを切らして『Sビル』に乗り込んで、
あの時、押さえ込まれていたとしたら、今のような時間は流れなかった。
それぞれが納得するだけの時間とか、あの使わなくなった部屋で、もう一度、
『コンサート』を開くとか……そんな展開はなかっただろうし」


敦は、僕も兄も、『変わった』とそう表現する。


「僕は、自分を見直すことが出来た。譲れないものは譲れないと、
必死に訴える意味を、宮崎さんに教えてもらった。納得したふりをして、
ただ下を向いているのは、ずるいと思ったから」


敦は、本来なら全てにおいて『相原家』を離れたいけれど、

それは出来なかったと笑みを浮かべる。


「『豆風家』の仕事は、今、本当にやりたいと思えるんだ。
だから、ここはそのまま……って、ずるいかな」

「いえ、そんなことはありません」


あずさは、岳も敦も、しっかり自分の力で仕事をしていると、そう話す。


「ありがとう。だから、宮崎さんがこの家に来たから、
僕が出て行こうとしているわけじゃないことは、理解してもらえた?」


敦の問いに、あずさは『はい』と声を出す。


「母は母、僕は僕だから……それに気付いた」


敦はそういうと、落ち着いたら東子と一緒に遊びにくればいいと、言い始める。

あずさは、敦が自分を進歩させたと言ってくれたことに、少しだけほっとする。

そして、きちんと説明してくれたことに、『ありがとうございます』と礼を言った。



【24-4】



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