24 彼女の風 【24-4】

庄吉を呼ぶ『ミドルバンドコンサート』の前日。

『リラクションルーム』の飾り付けなどは終わり、

その日を心待ちにしていた『ミドルバンド』のメンバーは、

前日練習に取り組もうと、夕方から部屋を借りることになっていた。


「はい……」


朝から鳴った電話は、社長の柴田からで、

今日も1日、事務所には顔を出せないとそういう内容になる。

小原は一度ため息をつくと、受話器を置いた。


「社長、今日も無理だって。声は……元気そうだったけれど……」


体調が悪いのかと心配していた社員たちも、

柴田のあまりにもわからない行動に対し、だんだん不安が増していく。


「ごめんなさい。結局、電話を切ってしまったわ。
今日こそ、きちんと聞こうと思っていたのにね」


小原は、社長がどうしてまた休むのかと、

同じように思っているほたるとあずさに頭を下げる。


「そうですよ。他の会社は、ほとんど次の移転先を決めたり、
店を終わらせる準備など、それぞれがゴールを見始めているというのに、
うちは白紙ですし」


ほたるはそういうと、PCのボタンをポンを押す。

注文書の用紙が、ガタガタと音を立てながら、出始める。

小原は『そうよね』といい席に座る。


「何か、会社にトラブルが起きているんでしょうか」


あずさは、柴田がここのところ急に慌しく動いたり、急に休んだりしていることから、

思わずそう言ってしまう。


「トラブル? 具体的には?」

「いえ、具体的にはと言われても」


あずさは首を傾げてみるが、この半年近くの中で、

確かにトラブルが起きそうな、複雑な仕事は請け負っていないとそう思った。


「トラブルが起きそうなことを抱えるような、そんな本部じゃないしね」


小原もあずさと同じようなことを思い、元々、地方ジムの統括と言っても、

名前貸しのようなものだからと、買ってきたお茶の香りを嬉しそうに嗅ぎ始める。


「ねぇ、今日の3時のおやつは、カステラでどう?」


小原の提案に、ほたるはいいですねと賛同の声をあげた。





『一生に一度の買い物』

『同じような価格設定ではなく、広さなどで幅が欲しい』


岳は読み終えた紙をまた1枚左に移す。

岳は、あらためてまとめてもらったアンケート結果を見ながら、

ある思いを頭の中に描いていた。

関東を中心に広げてきた『豆風家』の数々。

『翠の家』の近くに、『翡翠の家』が出来ることは以前から決定していて、

すでに土地の購入も済ませ、デザインの準備に入っていることも聞いている。

今まで、『豆風家』では、複数の場所を同時に建設することなどなかったが、

今回はそれを実行するに、値するものだと考え始める。

岳は地図を持ち、そのまま5階に下りていく。

敦の席を見たが、その姿はなかった。


「相原は……」

「相原さんは『青の家』に」

「そう……ありがとう」


岳は敦が庄吉に家を出ることを報告するのだろうと考え、すぐに電話を入れる。

そして、2人に聞きたいことがあるので、敦を残しておいて欲しいと、

そう庄吉に話した。





横浜『青の家』。

岳の予想通り、敦は引っ越しの報告をするために、庄吉の元に来ていた。


「そうか……」

「はい。来週にでも引っ越しをするつもりです」


庄吉は、敦が決めたことなら、それでいいと頷く。


「自分の足で、しっかり歩いていると思えるように、頑張ります」

「楽しみにしているぞ」


庄吉はそういうと、岳が来るまでのんびりしていきなさいとそう話す。

敦は、岳の用件とはどういうことだろうと思いながら、

窓から見える景色に目を向けた。





二人が待っている『青の家』に岳が到着したのは、それから30分後のことだった。

庄吉と敦を目の前にして、とある計画の候補地になる場所の地図を開く。


「この繊維工場の土地が売りに出るそうです。もちろんいくつかのパーツにわけて、
売れたらと業者側は思うでしょうが、
ここは『BEANS』で全て買うという条件を出そうと、そう思っています」

「全て……」


庄吉は地図に描かれている周りの建物を見ながら、おおよその面積を予想した。

東京都内の一等地ではないが、面積としては相当規模が大きい。


「この土地を全て買うというのは、何か特別な計画でもあるのか」


庄吉は、岳がただ分譲のマンションをいくつも並べるだけだとは思えず聞き返す。


「はい。東京の土地ではないので、分譲だけを考えたら、
これだけの戸数をさばくのは難しいですが、『豆風家』との協力が出来ないかと」


岳は、この分譲マンションの大きな敷地内に、

新しい『豆風家』を建てられないかとそう言い始めた。

敦はその提案を聞き、初めて地図を手に取る。

分譲マンションを建てるにあたり、整っていた方がいい条件、それがあるのかどうか、

すぐに確認していく。


「以前、営業部の手伝いでアンケートを取った時、ある女性に言われました。
素敵な家具、高級な素材、それもいいけれど、価格を押さえてもらう努力はないのかと。
自分たちだけで購入できれば、一番いいのはわかっているけれど、
親のお金をプラスしないと、成り立たない人もいることも、考えて欲しいと、
そういうことで……」


岳は、ここにホームが建てば、一緒に住むという選択肢の他に、

『近くに住む』という選択肢も生まれるのではないかと、そう提案する。


「近く……」

「子供と一緒に住みたいと思う親もいるだろうけれど、
それは気兼ねだと思う人もいるはずだ。だから、その両方を考えられたらと」


岳は自分がこれを立案して、上に通る可能性はあるだろうかと、庄吉に聞いた。

敦も、この新しい考えに、庄吉はどういう判断をするだろうかと、顔を見る。


「岳……この場所を選んだのは、偶然か?」


庄吉はそういうと、岳を見る。


「偶然と、必然が半々くらいだと……」

「そうか、お前にとってここは大切な場所だな……岳」


庄吉の言葉に、岳は無言のまま頷いた。



『大切な場所』



庄吉の言葉に、敦は岳にとってここがどういう場所なのだろうかと、興味を持った。

しかし、それを聞いていいのかどうか迷い、口に出せないままになる。


「亡くなった母の……田舎なんだ」


敦にはわからないだろうと思った岳は、大切なその理由をその場で語った。



【24-5】



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