24 彼女の風 【24-5】

敦は今まで、岳が亡くなった自分の母親について語ったことがなかったので、

『そうなんだ』以上の言葉が出なくなる。


「でも、母の田舎だから決めたというわけではない。年末に向こうへ行って、
これからこの場所が、都心に向かう人たちのベッドタウンとして
注目され始めていることも知った。長い間住み続けている人たちと、
新しい生活を夢見て越してくる人と、この計画には両方が必要だ。
そういう総合的なビジネスの光りが、見えたというか……」


岳は庄吉に、県境を越えると、あずさの実家があると話す。


「あぁ、そうだったな」

「東京からの特急も伸びてきている地域ですし、戸数の多い分譲を作って、
勝算があるのではないかと、そう思いました。
前回の会議で、『稲倉』から『岸田』に次の予定地が代わり、
その計画案を見ていると、土地柄に合わせた中価格の物件に落ち着きそうです」


岳は、戸数をさばくことが出来るのは、土地の広い郊外でないと無理だと話す。

敦は、今までにない兄の発想に、

昨日、自分の責任ではと心配していたあずさのことを思い出す。


「兄さん。昨日……宮崎さんが僕の部屋に来たんだ」

「家に戻ってからか」

「そう……僕が一人暮らしをすることを東子から聞いて、
自分が相原家に入ったことが、問題だったのではと、気にしていて」


岳は、家に戻ってきた後、東子の話を聞いたあずさが、

そういう行動を取ったのかと、小さく頷く。


「敦……。それでどう答えたんだ」


庄吉は、敦に尋ねる。


「もちろん関係ないとそう言いました。
宮崎さんが家に来たから住みにくくなったなんて、
僕は少なくとも思ったことはないですし。むしろ、僕は彼女が家に来てくれてから、
いい意味で自分を変えられたと思っているので」


敦は、今あるものをただ飲み込むような人生ではダメだと、

気付かされたことを二人に話した。


「兄さんも、いい影響を受けていると、そう言っておいたよ」


敦の言葉に、岳は横を向く。


「こんな発想。今までなら出てこないんじゃないかな。
『豆風家』の存在を認めていないわけではないけれど、
あくまでも『BEANS』とは別だと考えられていただろうし」


敦はすごくいい計画だと思うと、岳の出した地図をテーブルに広げていく。

庄吉は、何も言わない岳を見た。

岳は、自分の提案を実現できるかもしれない地図を見たままになる。


「岳……」

「はい」

「まだお前にとって、あずささんは『ストレス』か?」


庄吉の言葉に、岳は一度何かを言おうとするが、結局言葉にはしないままになる。

庄吉は二人の孫を交互に見ながら、テーブルに置いたメガネをかける。


「明日は『コンサート』だな。小野がここに迎えに来てくれることになっているけれど、
準備は進んでいるのか」

「はい。『アカデミックスポーツ』の社員が、手作りで飾り付けをしていました。
みなさん、これが区切りという思いを持ってくれたのか、
3月で店を閉めることにまとまりそうで、建て替えにも問題はなさそうです」


岳の言葉に、庄吉はそうかと満足そうな顔をした。





「本当にいいの?」

「はい。みなさんの練習も今日が最後ですし」


その日、社長の柴田が結局本部に顔を見せなかったため、

『ミドルバンド』の練習時間に付き合うのは、あずさになった。

小原はいつも担当してくれているからと変わろうとするが、あずさは首を振る。


「小原さんには、朝一番に会社に来てもらわないと、
事務手続きがあって、困ることがたくさんあります。
PCが出来るのはほたるちゃんだし。私は……半分体力勝負のような仕事ですから」


あずさはそういうと、明日は楽しみですねとそう話す。


「そうよね。みなさんで楽しくお別れが出来たら、それで」

「はい」


結局、ビルにあずさが残ることになり、小原とほたるは先に本部を出た。

予定通りの時間に『ミドルバンド』のメンバーが現れ、

村田も少し遅れて練習に参加する。

あずさは鍵を貸し出したが、コンサートの内容は、

明日の本番まで楽しみにしていた方がいいと、

『リラクションルーム』からは追い出されてしまう。

本部に戻り、しばらくは掃除などで時間をつぶしていたが、その穏やかな時間は、

急な電話で動かされることになった。


「はい……もしもし」

『あ、あずさ。私』


電話をかけてきたのは、母の美佐だった。

あずさは慌てているような美佐の雰囲気に、家族で何かが起きたのかとそう思う。


「うん、どうした」

『玉子さんが、救急病院に運ばれたの』

「エ……」


それは突然のことだった。夕食まで普通に過ごし部屋に入った玉子が、

見回りの介護担当者の声かけに答えないため、布団をあげると、

苦しそうな息をさせていたと、そう説明をされる。


「それで?」

『すぐに施設から病院に搬送された。うちにも連絡があって、
今、夏子さんとお父さんが病院に向かった』


美佐は、明日は『土曜日』なので、

今からでもこっちに戻ってこられないかと、そう話す。


「今から?」

『そう……まだ会社? とりあえず駅に向かえば、電車が乗り継げるでしょ』


あずさは、美佐の話から、玉子の容態が結構大変なのではないかと、そう思った。

壁にかかる時計を見ると、確かに今からすぐに駅に向かえば、十分電車も動いている。

しかし、隣では明日のために『ミドルバンド』のメンバーが練習を始めていた。


「今、会社を抜けられないの。9時には……それから乗れるバスとかないか、
調べてみるから。で、病院はいつもの?」

『そう……第一病院』

「わかった」


あずさは電話を切ると、すぐにスマートフォンで実家の方へ行くバスがないか、

調べ始めた。すると10時前に家から30分くらいの場所で、

下車の出来るバスを1台見つける。

今から座席の予約が出来ると思い、あずさは業者のページを出し、

震える指で一つずつ番号を押していく。

玉子の年齢を考えれば、いつかは来るとわかっていたものの、

いざそうなると気持ちはやはり動揺する。

あずさが携帯を見ていると、事務所の扉を叩く音がした。


「はい……」


顔をあげると、そこにはリーダーの佐藤が立っている。


「何か……」

「ごめんね宮崎さん。今さ、みんなで話し合って。今日が最後の練習日だろ。
時間、延長できないかなと思って」

「延長……ですか」

「そう。9時までだとあと1時間程度しかないし、
もう少しあわせておきたい曲もあるんだよね、ダメかな」


あずさは、スマートフォンに置いた指を離す。


「このビルを、人生の思い出にして旅立つ人たちに、
『よかった』と言ってもらえる『コンサート』を開きたくてさ」


佐藤は、あずさが無言になっているため、延長は無理かなと、不安そうな顔をする。

あずさはスマートフォンを一度見たが、すぐに顔をあげる。


「……わかりました。10時まで。それでどうですか」

「ありがとう。みんな喜ぶよ」


リーダーの佐藤は頭を下げると、また『リラクションルーム』に戻っていく。

あずさは誰もいなくなった本部で、東京に出てくる前、玉子と撮った写真を呼び出した。

小さく丸まった背中に、お気に入りのカーディガンをかけた玉子は、

レンズに優しい笑みを向けてくれている。


「玉子さん……ごめんね……明日、朝一番の電車で向かうから」


あずさは写真の玉子にそう語りかけると、すぐ美佐あてに電話を入れた。





【ももんたのひとりごと】

『相原家』

『東青山』という架空の場所にある相原家は、あずさのセリフから取ると、
『森を庭に持つ家』ということになります。洋室と和室の要素を両方持ち、
何しろ家の中に螺旋階段ですから。しかし、実はこんな家に近い間取り、
ネットに出ているものなのですよ。いつもそれを見ながら家族を動かしています。
ネットってすごいですよね……何でも出てくるもん(笑)




【25-1】



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