25 朝日の昇るとき 【25-1】

庄吉と敦に披露した計画案をまとめるため、その頃、岳はまだ『BEANS』の中にいた。

他の社員も数名、仕事があるので残っていたが、

昼間ほどの慌しさがないため、じっくりと地図を見続ける。

ポケットに入れてあった携帯が鳴ったので、相手を見てみると、祖父の庄吉だった。

岳はすぐに電話に出る。


「はい」

『岳か……』

「はい、何か」

『『橙の家』から、私宛に連絡が入った。玉子さんが救急病院に搬送されたようなんだ。
あずささんはと家の浩美さんに連絡を入れたら、まだ戻っていないと』


岳はすぐに時計を見た。

明日の本番を前に、まだビルの中にいるのではとそう考える。


「だとしたら、まだ『Sビル』かと」

『職員の話だと、あまり容態は思わしくないらしい。
今から向かえば、まだ間に合うかもしれない。すぐに……』


庄吉の言葉に、岳はわかりましたと電話を切り、すぐにあずさの携帯を鳴らした。


『はい』

「もしもし、俺だけど。今、『Sビル』か」


岳の質問に、あずさは『はい』と答えた。

岳はすぐに庄吉から聞いた玉子の話をする。


『はい……少し前に母から連絡が』

「で、どうしてそこにいるんだ」


岳は、今すぐに実家へ戻れないのかとそう話す。


『練習が10時までと……』

「練習?」

『明日の……』

「何言っているんだ。時間がないかもしれないのに!」


岳は回りに社員がいることなどすっかり忘れ、そう大きな声を出してしまった。

すぐに我に返るが、そのまま廊下に出る。


「あのなぁ……」

『大丈夫です』


岳は『何が大丈夫なのか』とその後の言葉を続けようとしたが、

言いあいをしている時間が無駄だと思い、すぐに電話を切り、そのまま5階へ降りた。

そこには仕事を終えて帰ろうかと準備をしている敦が見える。


「敦」


岳の声に、敦はすぐ顔をあげた。





「ここは大丈夫だから、すぐに行って」


岳から事情を聞いた敦は、

あずさの代わりに留守番を引き受けると、

電話を切ってから10分後くらいに、『アカデミックスポーツ』へやってきた。

バンドのメンバーは、こちらのドタバタには気づくことなく、

明日用の練習を続けている。


「カギもわかるし、宮崎さんがこの場所を離れても、問題はない。
とにかくすぐに……」


あずさは『ありがとうございます』と敦に頭を下げると、

少し前に取ろうとしたバスの予約ページを見ようとする。


「そんなことはしなくていい。このまま『BEANS』の駐車場に行って。
兄さんが待っているから」


敦は、岳があずさを送り届けると、そう説明してくれる。


「いえ、そんな」

「今から夜行バスっていっても、病院に連れて行ってくれるわけじゃないだろう。
大丈夫だって、ほら、すぐに」


敦にそう背中を押され、あずさは『本当にすみません』と頭を下げる。

バッグをつかむと、ビルの階段を駆け下りた。



仕事だから仕方がないと、自分自身納得させていたはずなのに、

信号が青に変わると同時に、必死に走ってしまう。

するとさらに前へ、1秒でも早く玉子のところにという気持ちが、

鼓動とともに大きくなっていく。

地下の駐車場に続く道を進むと、あずさに気付いた岳が、車を前進させた。


「……乗って」


岳の言葉に、あずさは頭を下げると助手席の扉を開けた。





高速道路は、左右にライトが光り、走り出した車はその中を一直線に進んだ。

あずさは、当たり前のように運転している岳を見る。


「お仕事で疲れているのに、すみません」


そういうと、ただバッグの紐を握り締める。


「今になって冷静に考えたけれど、本来、スタジオを貸し出す時間は、
柴田社長が鍵を預かると、前にそう聞いていたはずだ。どうして宮崎さんが……」


岳は、自分の借りている日ではないのだからと、あずさに聞く。


「近頃、社長はあまり体調がよくないようなんです」

「体調?」

「はい……」


あずさは、『Sビル』を出た後にと選んでいた物件も、

全てキャンセルしてしまったことなど、思わず語りそうになったが、

あらたな問題を生む気がして、とりあえずそこまでにする。


「だとしても、玉子さんが大変だと聞いて、お元気だったとはいえ年齢が年齢だ。
また明日っていう状況じゃないのだから、
『バンド』の人たちに事情を話せばよかったのに」


岳はこっちに連絡でも寄こせば、すぐに代わりを送れたと、そう話す。


「今回の『コンサート』の提案をしたのは私です。
みなさんが本当に頑張ってくれているのもわかっていたから……」


あずさは『自分が提案した』ということを、前に押し出してくる。

岳はハンドルを握りながら、『前にも言ったけれど……』と切り出した。


「……どうしてそこまでするのかな」


岳は走行車線から追い越し車線に入り、さらにスピードをあげる。


「宮崎さんが抱えなければならないことなど、何もないのに。あれこれ動いて。
で、今だって、一人だけ犠牲になっていた」


岳は、体調が悪いと聞いた柴田に対して、無責任だと口にする。


「また明日とか、またいつかとかそういう別れじゃなくて、
一生、会えなくなる別れもある」


岳は、母や妹のことを思い出し、興奮したままでそう言ったが、

すぐに『ごめん』と謝ってくる。


「ごめん……今のは失礼だった」


『亡くなること』を前提として話していた気がして、岳はすぐに謝罪した。

車は次のインターチェンジを通過する。


「いえ……岳さんの言いたいことはわかりますから」


あずさはそれでも自分は、犠牲になっているとは思わないと、しっかり言い返す。

岳は、隣に座るあずさの表情を、視線の隅に感じていた。



【25-2】



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