25 朝日の昇るとき 【25-3】

玉子が息を引き取ったのは、それから数時間後のことだった。

昇ってくる朝日を確認するように、苦しんだ表情など何もなく、

どこか微笑んでいるようにも見える別れだった。

しかし、あずさは当然葬式に出席するため、東京にはしばらく戻らなくなる。

『アカデミックスポーツ』のメンバーは、朝の通勤後、その話を聞き、

本来なら自分がこの場に残るはずだった社長の柴田は、申し訳なかったと下を向く。


「とにかく、今日は宮崎さんが頑張って計画をした『コンサート』です。
彼女の分も、精一杯、楽しい時間を過ごせるように……」


当日担当を、敦があずさの代わりに引き受けた。

本番まで時間がないということになり、『ミドルバンド』と村田は、

最終的な音あわせをし始める。



『ありがとうございました』



その頃、太陽の優しい光りの中、ベッドで目覚めた岳は、

昨晩のあずさの声を何度も思い返していた。

玉子との別れに間に合ってよかったという思いと、

自分はもっと他に何か出来たのではないかという、後悔に近い思いもそこにあった。

玉子という、相原家と宮崎家のつながりの『翼』を一つ無くしてしまい、

あずさは、東京に戻ってくるだろうかとふと考える。

礼を言われたのだから、言葉で返せばよかったはずなのに、ただ、体が動いていた。

岳は自分の行動を振り返ると、どう説明をつけようか、天井を見ながら考える。

身内を失う辛さを分かち合うために抱きしめたのだと、そう思うものの、

岳は予想のつかない気持ちの揺れに、しばらく起き上がることが出来なかった。





そして、『ミドルバンド』と村田のコラボで実現したコンサートは、

楽しみにしていた庄吉を、反対していた岳を、いつも迷っていた敦を、

さらにここから旅立ちを決めた『Sビル』のメンバーを満足させる、

大きな盛り上がりを見せ終了した。

その連絡は、観客として向かった東子から入り、

あずさは岳と敦が頑張ってくれたのだと、あらためてそう考える。

美佐はあずさの父と一緒に『橙の家』に向かい、これからのことを話し合っていた。

家には夏子とあずさだけが残される。


「ねぇ、あずさ」

「何?」

「東京はどう?」


夏子は半年が経過し、少しは都会の風に慣れたのかと、そう尋ねた。

あずさは、会社と家とを往復しているだけだからと、そう返す。


「あ……そうか、そうだよね」


母を亡くした夏子は、子供としての最後の仕事を終えたという思いなのか、

悲しさの中にどこか安堵感も見える。


「夏子さん」

「何?」

「私、相原家を出るべきだよね」


あずさは、玉子がいたからこそ、庄吉からよくしてもらえたのだからと、そう話す。


「そうだね。庄吉さんはそんなことはいいって言ってくれそうだけれど、
相原家も代替わりしているわけだし。甘え続けているのもね」

「うん」


あずさは、昨日、自分の悲しみを理解してくれた岳のことを考える。

『悲しみ』からの行動だとわかっているものの、抱きしめられた感覚は、

しっかりと残っていた。

男の人の引き寄せる力に感じた驚きはほんの一瞬で、あずさは自分自身、

その行動を違和感なく受け入れてしまった感情に、正直戸惑っていた。

相原家を出なければと思うのも、どこかその感覚を認めてしまうことが、

悪いことのような気がしているからかもしれないと、そう思う。


「そういえばさ、あずさ。『アカデミックスポーツ』は大変なのかって、
このあたりで少し噂になっているんだよ」

「大変? どうして?」

「さぁ……私も詳しくはわからないよ」


夏子は、あくまでもそう聞いただけだと、そう言った。





玉子の葬式が終了し、小さな体は、小さな骨壷となって家に戻ってきた。

夏子は毎朝手を合わせて拝み、美佐は玉子の大好きだったお漬物を、

毎日供えている。



『アカデミックスポーツの噂』



夏子からポツリと出た話だったが、玉子の葬式などで、考えている暇もなく、

その話しは、そのまま断ち切れた状態になっていた。

玉子というメンバーを失った家族の状態を、気にしながら過ごしていたあずさだったが、

そろそろ東京に戻らなければならないと思っていた日、

地元ジムでの同僚から、突然の呼び出しを受ける。

あずさは指定されたファミリーレストランに向かい、数ヶ月ぶりの再会をした。


「ごめんね、あずさ。ご家族の不幸があって戻ってきたのに呼び出したりして」

「ううん……お葬式も終わったし、大丈夫」


あずさは、同僚の呼び出しに、ジムで何かがあったのかと何気なくそう聞いた。

その同僚『河西由貴』は、ここだけの話だけれどと切り出していく。


「私もこれをあずさに話したと知られたら、まずいかもしれないの。
でも、みんながそう思っている……というか、思わされているから、聞いてみたくて」

「思わされている?」

「うん」


あずさは何を言われるのかわからないまま、『わかった』と言葉を返す。


「あずさってさ、実は、色々と知っていて東京に異動したの?」


由貴はそういうと、真剣な顔をした。

あずさは、由貴に何を言われているのかわからないまま、

『色々とは何か』を質問する。


「会社のこと……今、実際に起きていることのこと……」


由貴は『核』部分を語らないまま、回りの部分で探ろうとする。

あずさは、全く話の意味がわからないと首を振った。


「本当に知らないの? だとしたら偶然?」

「ごめんなさい、本当に何を言われているのか……」

「そうか……そうだよね、やっぱりそうだよ。あずさが知るわけないよね」


由貴はだとすると清水さんの勝手な話なのかと、首を傾げる。

『清水さん』と聞き、あずさは以前、お付き合いをしていた雅臣のことだとそう思った。


「清水さんの勝手な話って?」


あずさは、雅臣が自分に対して、いい印象を持っていないことがわかっているので、

何が起きているのか、少し怖い気がしながらも、

聞かないわけにはいかないと、あえて尋ねた。


「それがね……」


由貴の表情、重そうな口の開き方を見ながら、

あずさは雅臣との初めての旅行で、逃げ出してしまったこと、

その後『ふざけるな』と罵声を浴びたことなど、嫌な思い出だけが、

大きく心の中に広がりだす。


「ジムの責任者の江原さん、実はお金の持ち逃げをしたって」

「……エ?」


あずさは驚きで、つい大きな声をあげてしまい、慌てて口をふさいだ。

由貴は、絶対に口外しないでと念を押す。あずさは無言のまま何度か頷いた。


「私たち実際、2ヶ月お給料をもらっていないの。
東京から『アカデミックスポーツ』の社長が来て、どうにかするからって言われて、
とりあえず先月分は現金でもらった。社長にとって、江原さんは長い友達らしくて、
なんとかフォローをしようとしているみたいなんだけど……
もう無理じゃないかって、みんな言っている」

「社長が?」

「そう……ここのところ、よくうちのジムに来ていたの。
営業は続けていたけれど、副責任者も、これ以上はって言い始めて。
おそらく、マスコミに知られるのも時間の問題」


あずさにとって、元の職場がトラブルに巻き込まれているという話しは、

完全な初耳だった。



【25-4】



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