25 朝日の昇るとき 【25-4】

そう言われてみて初めて、柴田の近頃の不可解な休みに、理由がくっついてくる。

本部の移転先と考えていた場所も、全てキャンセルしてしまった。

その理由もここにあるのだろうかと、そう考える。


「本当に?」

「うん……入会者には現金で最初払わせるでしょ。その人数を小さく記入して、
もう2年くらい江原さんがお金をくすねていたらしい。
ギャンブルの借金があったとかで、色々と借りていたみたいだよ」


あずさも世話になっていた責任者の江原は、本部経営という形もあって、

社長の柴田から全面的な信頼を得ていた。

経理部門にも顔を出し、さらにお金を盗んだのだと由貴は話す。


「みんな、何がなんだかわからなくて。
そうしたらさ、清水さんの友達が『金融会社』に勤めていてね。
そこから情報が入ったらしいのよ。あずさ……こっちにいたとき受付だったでしょ。
お金って、そのまま江原さんに渡していた?」


あずさは、それがルールだったからと、由貴に答える。


「だよね、そう、あずさだけじゃないはずなのに、予想外の話しが出たことで、
あずさは知っていたんじゃないかって、噂している人もいる」

「知っていたって……私が? お金のことなんて知らないわよ。
そんなこと、いったい誰……」

「……だから清水さん」

「エ……」


あずさが東京に向かったタイミングで、経理から引かれた金額が増えていたこともあり、

清水は、あずさも江原から口止めのお金をもらって、

東京に行ったのではないかと噂する人もいるという。


「そんな……」

「ごめん。もちろん私は違うって信じているよ。
でも、みんな江原さんに裏切られたと思っていて、イライラしているわけ。
これから、ジムがどうなるのか見えないし」


あずさは、自分が地元にいない間に、とんでもない出来事が起きていたことを知る。


「今まで聞いたことがないでしょう。群馬の田舎のジムから、東京に転勤だなんて。
みんな知らなかったって。あずさの東京行きを決めたのは、責任者の江原さんだからさ」


あずさは、今頃、転勤の話題がこんなふうに出るとはと気持ちが重くなる。


「東京に行ったということが、それに『BEANS』の社長家族と知り合いだということが、
とにかくうらやましいとか、色々と複雑になっていて。清水さんの話に、
みんな乗ってしまっているような状態なの」


あずさは、雅臣と妙な関係になってしまったことで、

『東京に飛ばされた』という可能性はあると思っていたものの、

そこまでの濡れ衣を着せられているとは思っても見なかった。

由貴の話に、反論すべきなのだろうが、気持ちがついていかない。


「あずさは今東京にいるから、柴田社長の、本部の考えがわかるのかなとそう思って」


名前を貸しているほとんどのジムと違い、あずさのいたジムの経営責任は、

東京の本部にあることを、そういえば最初の出勤日に小原から聞いていた。

あずさは柴田が全てを知っているのかと、そう考える。


「ごめん、本当に今は何もわからない。とにかく、東京に戻って社長に聞いてみる」

「そうだね……私たちの間では、経営者が変わってもいいから、
残して欲しいという声が多いけど、どうだろう」


あずさは届けられた紅茶をスプーンでかき混ぜながら、

これからどうなるのだろうかと、漠然と考えた。





それぞれが会社存続を望んでいたため、とりあえず柴田が金額を補填し、

経営は見た目上、うまくいっているようになっていた。

しかし、責任者の江原にお金を貸していた男が、別事件でつかまり、

『アカデミックスポーツ』の話も、じわりと広まり始めた。

『被害届』を出さずにいるつもりだった柴田は、隠していた問題が、

別角度から明らかになってしまい、全面的に認めなければならないように、

追い込まれてしまう。


「それは本当ですか」

「あぁ……うちが『アカデミックスポーツ』の本部と賃貸契約があり、
まぁ、会長と前社長のいきさつもあったからか、先に情報を入れてくれた」


その日、岳は社長室に呼び出され、

『アカデミックスポーツ』で起きている問題について、初めて聞かされた。

もちろん、お金を盗んだのは『群馬』のジムを仕切っていた責任者の江原で、

東京にいるメンバーが逮捕されるようなことはないのだが、

岳は、あずさがこれからどうなるのだろうかと、そう考える。


「柴田社長は、移転先にと選んでいた物件も、全てキャンセルしているようだ。
おそらく会社ごと手放すのかと」


武彦は、あぁいった業界は、イメージが悪くなるとどうしようもないからと、

そうフォローする。


「顔を変えるということですか」

「まぁ、そうなるな。『アカデミックスポーツ』の名前は全国的に浸透しているし、
それぞれのジムは、経営者が別だ。
ただ、もちろん今回のことで柴田社長の立場は難しいものになる」


武彦は、問題を起こしたのが柴田の友人で、経営を任せていただけに、

管理者としての質が問われると、そう話す。

岳は、玉子のところにかけつけたとき、

柴田が、近頃体調を崩していると聞いたことを思い出す。


「岳……この間の『コンサート』は、みなさん盛り上がったようだな」

「……はい」

「父も懐かしいと喜んでいたけれど、玉子さんのことがあったからな、
さすがに少し、落ち込んでいる。また、顔を出してやってくれ」


岳は『はい』と答えると、暮れていく夕日に目を向けた。





「ただいま」

「あ、おかえりあずさ」


出迎えてくれた美佐の声に、あずさは明るく『ただいま』と答え、部屋に向かった。

いつものようにテレビを見て雑談をしている美佐と、夏子の声を背中に受けながら、

階段をのぼっていくが、段数は変わらないのに、

今日は足がひどく疲れている気がしてしまう。


『責任者の横領』


元同僚の、由貴に聞かされた話が全て本当なら、

これから『アカデミックスポーツ』を続けられたとしても、

社長として、柴田が責任を取らされることは間違いなく思えた。

確かに、厳しい社長とは言えない柴田だが、部下の気持ちを理解し、

難しい条件でも、借主たちのために、精一杯頑張ってきた。

あずさは、PCを懸命に打ち込むほたるの姿や、伝票と格闘する小原のことを考える。

『BEANS』の社員食堂での昼食や、4人で輪を作る3時のおやつ。

そして、各ジムに関する資料作りや、配送の仕事のことなど、

この半年間の色々な出来事が、あずさの頭に浮かんできた。

あずさは部屋に入り、窓から外を見る。

世の中は、止まることなく動いているのだから、

自分も東京に戻らなければと思うものの、『現実』に巻き込まれるのが怖く、

その一歩を出せなくなりそうだった。



【25-5】



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