25 朝日の昇るとき 【25-5】

「逸美さん」

「あ……はい」


その日の夜、逸美は久しぶりに神戸から会いにきてくれた愁矢と、

食事に行くつもりで、着替えを済ませた。

『マダムライラック』で言われたとおりに石を買い、

こちらの苦しい気持ちを理解しようとせずに、自分だけまっすぐ歩いていく岳に対して、

複雑な気持ちを、相手になる梨那に向けてみようとそう思ってみたが、

父の仕事の付き合いで『三国屋』に何度足を運んでも、

梨那の回りに、何か変化があったとは思えない日々だった。

『すでに動いている』と自信満々に言ったマダムの言葉を信じれば、

岳の気持ちは、何もない梨那には、向いていないということになる。

元々、女性に対してドライな部分のある男だから、気持ちなど定まらくて、

こんな仕返し自体成り立たないのかと、半分諦め気味になっていた。


「すみません、お待たせして」

「いえ……」

「愁矢さんもお仕事で忙しいのに、ごめんなさい東京まで」


逸美は愁矢と向き合い、軽く頭を下げる。


「そんなことは言わないでください。あなたに会うのが、僕の楽しみでもあるのに」


愁矢の言葉に、逸美は自然と口元が動いた。

愁矢と会い、過ごしているだけで優しい気持ちと言葉が、自分に向かってくる。

最初はそれを苦しいとさえ思っていたが、近頃はどこか待っているような思いもあった。

この人なら、好きになっていけるのではないかと、普通に思うようにもなる。

愁矢は逸美の両親に挨拶をし、二人は揃って車に乗った。

愁矢は美味しいお店を、関連業者の人間から教えてもらったと話し、

希望がなければそこでいいのかと、逸美に聞いていく。


「はい」


愁矢はそれならとアクセルを踏み込み、夜の街に出た。

道路はそれほど混雑していないので、順調に目的地に向かっていく。


「今、世の中が健康ブームでしょ。うちは『ビール』会社だけれど、
やはりその波を無視することが出来なくて。今回、『ザナーム』と業務提携して、
特保のお酒を出すことになったんだ」

「『ザナーム』って、今、ダイエットに力を入れている?」

「そう……ネットから広がった会社だけれど、社長はやり手でね。
今日もその社長が一番信頼している花輪さんと3人で、色々話をしていた」


愁矢は、これから向かう店も、社長が教えてくれたところだとそう話す。


「社長がご機嫌だったんだ。『アカデミックスポーツ』を手に入れられそうだって、
そう……」

「『アカデミックスポーツ』?」


逸美は、その名前をどこかで聞いた気がしていた。

すぐに思い出せない状況だったが、愁矢の一言で状況が変わる。


「確か、新商品発表会に、逸美さんの同級生が来てくれたよね。
『BEANS』の相原さん……だっけ?」



『アカデミックスポーツ』



「あ……」


逸美は、岳の隣に立っていたあずさのことを思い出した。

それと同時に、階段から突き落としたしまった感覚も、蘇ってくる。


「会社の中で、問題が起きたそうで、社長が必死に繕おうとしたけれど、
隠し切れなくなったらしくてさ」


逸美は『そう』とだけ返事をする。

その時、『マダムライラック』で言われた言葉が、頭の中に浮かんだ。



『いいえ、すでにことは始まっていますよ。あなたを捨ててしまった……
あなたを幸せにしてくれなかった男が、気持ちを寄せる女性には……』



マダムは、自分の指摘にも全く動じることなく、ことは始まっているとそう言った。



『たった一人……そう言いましたよね。この石の力はその人にしか効果がありません。
彼の心が、複数の女性に分散しているのなら、効果は薄れていきますが。
今、私の手に戻ってくる力は、どんどん強くなっている。
そう、あなたにこの石を渡したときよりも、さらに……』

『彼の心は、一つの場所に向かっています』



『一つの場所』



自分は、岳の気持ちは梨那のところにあると思い込んでいたが、

実は、梨那ではなく、あの日一緒にいたあずさに気持ちが向かっているのではないかと、

そう思い始める。

逸美は運転している愁矢から見えないようにスマートフォンを取り出し、

『アカデミックスポーツ』の電話番号を調べた。



二人は、ディナーの予約をした店に到着し席に向かうが、

逸美は化粧直しをしたいからと、一度立ち上がる。

逸美はあらためて『アカデミックスポーツ』の番号を呼び出し、

愁矢に隠れた状態で、こっそりとかけてみた。

『宮崎あずさ』という名前は、背中を押したあの日から忘れたことはない。


「もしもし……『アカデミックスポーツ』さんですか」

『はい』


電話に出たのは女性だった。逸美は自分が通販会社の事務だと名乗り、

『宮崎』さんはと、あずさの存在を確認する。


『宮崎は今日、休暇を取っております』


その女性は、用件を聞いて連絡しましょうかと言ってくる。


「あの……明日はいらっしゃいますか」


風邪でもひいたのかとそう思い、逸美は明日の予定を尋ねた。

電話口の女性は、一瞬ためらったのか黙ったが、『実は』と切り返す。


『身内に不幸がありまして……しばらくは』


『身内の不幸』

逸美はそうですかと答えたが、鼓動は一気に速まっていく。


『何か伝言は……』

「いえ、それならばまたあらためてかけさせていただきます。失礼しました」


逸美は最後まで業者を装ったまま、受話器を閉じる。



『身内の不幸』と『会社のトラブル』



逸美はマダムの言葉が、やはりあずさにかかっていたのだと思い、一度大きく息を吐く。

悔しさと、苦しさと、切なさと、そんな負のパワーを相手への気持ちに変えると聞き、

わかっていて購入した石なのに、逸美は岳の気持ちが変化していたことと、

あずさに対して、さらに自分が醜いことをしているという現実に気付き足が震えだした。

愁矢に対して、おかしな態度をしてはいけないと、あらためて化粧室に向かい、

鏡に自分の顔を映してみる。

自分のストレスを発散するために、人の不幸を呼び込む顔がどんなものなのか、

まるで他人の顔を見るように、鏡を見続けた。



目は二つあり、鼻も口も一つ。それはいつもと変わらないのに、

今まで震えていた足が、目の前の姿を見つめたことで、違うステージに入る。

逸美の横を、高級そうなスーツに身を包んだ女性が、通り過ぎた。

逸美の脳裏に、梨那の顔が浮かぶ。

岳が気持ちを向けているのが、あのあずさなのだとしたら、

自分に何度となく、『勝利宣言』をした梨那も、

これから苦々しい思いをすることになる。



『あの石は、どこまで行くのか』



さらに、その『不幸』に対して、岳自身も苦しむことになると思い、

自然と口元が動く。



『女を不幸にする男』



この展開を予想していたわけではないが、逸美は最後に、岳へこの言葉をぶつけた。

岳は、自分の気持ちを理解せずに去っていき、そして、追いすがろうとする梨那をも、

また迷わそうとしている。さらに、あの日、必死に庇ったあずさに対しても……


「ふぅ……」


逸美は冷静に化粧直しをする。

ここから自分は傍観者になれると思いながら、愁矢の待つ席に向かった。





【ももんたのひとりごと】

『宮崎玉子』

『玉子さん』というのは、あずさにとって『曾祖母』になる女性です。
私にとっては、祖母が年齢的に近いですね。『凛として生きる』というコンセプトは、
幼い頃の私の思い出も、含まれています。頑張りやで、どんなに辛いことがあっても、
人の悪口を言ったり、愚痴を言ったりすることのない人でした。
今の自分のダラダラぶりを考えると、反省点ばかりです。




【26-1】



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