26 噂のひとり歩き 【26-2】

「いつから考えていた」

「考えたのは、今年に入ってからだと思います。まだ、具体的に出来るほど、
形もまとまってはいませんが、今までの流れとあまりに違う方向なだけに、
どれだけ賛同が得られるのかと、少し不安でしたが……」


岳は午後、社長室で武彦と向かい合った。

これからチームのメンバーと、意思を形にするためにどう動くのか考えると、

説明を加えていく。


「岳……」

「はい」

「私は、お前も敦も同じだとそう思っている」


武彦は、敦に家を出ることを許したのは、それが『敦自身』の声だったからだと、

そう話し出した。岳は、武彦の思いを聞くために、書類を前に置く。


「相原の家に生まれて、『BEANS』という企業が、当たり前に存在した。
昔の世襲制ならともかく、今は社長の息子だからというような、
そんな身勝手なことは出来ない。会社は社員全てのものだからね」

「……はい」


武彦は、自分も父である庄吉から、

『あとを継ぎなさい』と言われたことは一度もないと、そう話す。


「その意思の表れだろう。実際、会長と私の間に、別の社長が存在した。
当時、その動きを否定するようなものはなかったし、彼の下で働いていた自分も、
それが当然だと思えたからね」


武彦は、『犠牲』になるのは、絶対にダメだと岳を見る。


「麻絵がお前に『クラリネット』を残したのは、どうしても吹いて欲しいというより、
自分の体が弱いこともわかっていたから、母として形を無くした後も、
お前の心に残るものをとそう考えたからだ。
曽祖父の興した『ロスウッド』のケースも、同じ意味からだろうとそう思う」


武彦は、浩美と再婚したのも、

彼女とならまた新しい家庭が築けると思ったからだと、そう説明した。


「お前たち二人が『BEANS』の中に埋もれないようにと、いつもそう考えていた。
だからこそ、今回、『豆風家』を選び、一人暮らしを選択した敦を、
私は応援しようとそう思った。敦らしく、自分の道が歩けるように……」


武彦は、岳も同じだとそう言い、顔を見る。


「今日の発表は、よかった。お前が自分だけで全てを作る仕事ではなく、
色々な人たちの意見を組み入れる形で、次を考えることを知って、
本当に頼もしく思えてきたからな」


武彦は、麻絵も喜ぶと思うと、岳の計画を後押しする。


「はい」


岳はしっかりと頷き、自分の描いた形を、必ず成し遂げようと、そう思った。





『『BEANS』の中に埋もれないように……』



武彦のそのセリフは、岳の気持ちを楽にしてくれるものだった。

今まで、誰からも認められなければならないと、必死に張って来た気持ちが、

ほぐれるのを感じていく。

社長室を出て、自分の部屋に戻ろうとすると、どこか慌てているような敦が、

岳を探していた。


「敦……」

「あ……兄さん」


敦は岳のそばに近付くと、柴田社長が来て欲しいと電話をくれたことを話した。

岳は、武彦から聞いた話を思い出す。


「なんだろう、何があったのかな」


敦の問いかけに、岳は黙ったままになる。

二人は揃って『Sビル』に向かった。

横断歩道を待つ間、敦は『コンサート』も成功だったのにと、つぶやいた。

岳は、まだ戻らないあずさのことを考える。


「とにかく社長の話を聞こう」

「うん」


二人は揃って横断歩道を渡り、エレベーターの前に立った。





「ばかばかしいったらありゃしない」


美佐はそういうと、買い物の袋を少し乱暴に置いた。

夏子はどうしたのかねと美佐を見る。


「妙な噂よ。あずさのいた『アカデミックスポーツ』に問題が起きて、
経営者が新しくなるって……それはいいのよ、どうでも。でもね、うちのあずさが、
責任者のお金の持ち逃げに、絡んでいたとか、色々と」

「は?」

「呆れるでしょう。もう、こういうところは田舎の悪いところよね。
あのジムからわざわざ東京に転勤って話しが、妙な噂になったようなの。
そんなもの知らないわよ。うちだって突然言われてさ、一人娘だもの、
出来たらここにいて欲しいと思ったけれど、頑張りたいってあずさも言っていたし……」


2階にいたあずさは、階段の上から美佐の怒りの声を聞いていた。

由貴から聞いていた『どうしようもない話』が、現実の出来事とからまり、

妙な噂だけが一人歩きを始めていく。

『そんなことはない、何もかも調べて欲しい』と、

元同僚たちの前に出て行きたいのは山々だったが、社長の柴田が、

どういう状態にいるのかもわからないまま、身勝手な行動はできないと、

膝を抱えてただ耐えるしかなかった。





「本当なのですか」

「はい」


あずさが悔しさに膝を抱えていた頃、柴田はことの流れを岳と敦に説明していた。

武彦から聞いていた情報と、変わりないものだったので、岳は冷静に聞き続けたが、

敦はこれからどうなるのかと、それを心配する。


「今日は大事な交渉があるということで、社員2人には半日であがってもらいました。
お二人に説明をして、理解してもらってから、社員にもそれぞれと思っています」

「宮崎さんは……」


敦の言葉に、柴田はもちろん説明しますと話す。


「本当に自分の力の無さだと痛感していますが、昔からの知りあいだったため、
私も彼には信頼をおいていました。
実際、彼の力もあり、会社が今の規模にまでなったと、そう考えていた人なので、
まさかという思いもあり、発見が遅れました」


柴田は、1ヶ月程度ならごまかしも出来ると思ったが、

関係者が捕まってしまい、警察も動きだしたので、隠し通せないと頭を下げる。


「……本当に、その通りだと思います。柴田社長、あなたの力不足です」

「兄さん」


岳の言葉に、敦は柴田を見る。


「はい……」

「あなたのしたことは、経営者として一番してはいけないことです。
真面目に働いていた人たちを迷わすだけでなく、信じてジムを利用している、
お客様も裏切ってしまった」


岳の言葉に、柴田は下を向いたまま頷き続ける。


「それで、今後はどのようになるのですか」

「実は、『ザナーム』が経営をそのまま引き継ぐと、そう名乗り出てくれました」

「『ザナーム』って……あの」


敦は、そこまで話が動いていたのかと、すぐに反応する。


「はい、新しいダイエットというコンセプトで組み込んだ商品を、
色々と展開している企業です。今回も『エントリアビール』と新商品を出すとかで、
社長も色々と前向きでした」


『エントリアビール』の名前に、岳は逸美の顔を思い浮かべる。

あずさとの事件を責めて以来、顔をあわせたことは一度もなかった。


「社員はみな……『ザナーム』に雇ってもらえることになりましたし、
『アカデミックスポーツ』の名称も、残してくれるそうです。
数年後、それなりに形が変わることもあるでしょうが、とりあえず、
利用者が迷わないことを、一番先に……」


柴田は自分は経営から降りますと、そう話す。


「このビルとの別れが、『アカデミックスポーツ』との別れになるとは、
思っていませんでしたが……」


柴田はあらためて申し訳ないと、岳と敦に頭を下げる。


「社長……」

「はい」

「くれぐれも、社員や利用者が困らないように、それだけはお願いします」


岳の言葉に、柴田はあらためて『はい』と返事をした。



【26-3】



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