【S&B】 53 一歩前へ

      53 一歩前へ

突然、嵐のように現れた、母親との再会は、望の心に色々なものを置いていった。

驚きであり、悔しさであり、生活が苦しいのだと、お金の援助を要求した時には

辛く情けなくもあっただろう。


僕との言い合いから結局ここを飛び出し、それから連絡を寄こさない彼女の母親だったが、

それでも一番感じたのは、愛しさのようで、母親の暮らしぶりが気になりながらも、

声に出せない望の心を、僕がまた切り開く。


「『湯花園』結構よさそうだよ。部屋の雰囲気とか、料理も美味しそうだし……」

「祐作さん……」

「気になってるんだろ、お母さんのこと」


何事においても、望が割り切れる性格ならば、僕も余計なことはしなかったが、

近頃の望を見ていると、何か思い詰めている感じがして、正直怖いときがあった。



あの母親を、自分が救わなければと……、

望の心がそう考えていたとしたら……。

ある日突然、この場所から消えてしまうのではないだろうか……。



「……会ってもいいの? あんな失礼なことを言って、謝りもしないのに」

「そんなこと当たり前だろ。望が会いたいのなら会えばいい。
僕に遠慮なんてする必要ないし、あれがお母さんの全てかどうかは、
まだわからないよ。もう一度会って、本当のところを確かめないと……」

「……うん」


向かい側に座る望を手招きし、PC画面に映る『湯花園』を見せてやった。

嬉しそうにページをめくる望の手が、ある場所で止まる。

旅館の施設紹介の中に、和室の部屋があり、そのバックには白い雪を頭にかぶった

富士山が映っている。


「いつ聞いてみようかって、ずっと思ってたの。あのまま、もし、本当に
母が大変な生活をしているのなら、私、ここに暮らしていたらいけないんじゃないかって」

「……うん」


僕が思っていたとおりのことを、望はずっと気にしていた。

落ち着かない日々を過ごしていたのは、やはり不安定な気持ちが表れていたからだ。


「それでも……この生活を諦めきれなくて……で、また一日が過ぎて」

「うん……」


聞いているよとわからせるために、あえて返事を声に出した。

固かった表情が、少しずつ明るく変化する。


「ありがとう、私の迷いに気付いてくれて」

「だから一緒にいるんだろ」


望はその言葉に僕の方を向くと、とても嬉しそうに小さく頷いた。

楽しいことばかりじゃなくても、一緒にいればそんな出来事だって分け合いたくなるものだ。


「ねぇ、祐作さん。予約、こんなふうに富士山の見えるお部屋にしない?」

「うん……全室見えますって書いてあるけどね」

「エ……あら、本当だ」


マウスを握る望の手の上に、僕の手を乗せ、予約ページへの扉を一緒に開けた。





『湯花園』への予約を済ませ、残している仕事に取り組んでいると、母から電話があった。

仕事の帰りに寄って欲しいと言われ、望の様子を見ようと店をのぞくと、その姿はなく、

見本に置かれた作品だけが僕を出迎えた。


「望ちゃんには、支払いに行ってもらったのよ。ごめんなさいね、私だけで……」

「何言ってるんだよ、用事って何?」


この間ニュースを見ながら作っていたストラップがいくつかぶら下げてあり、

その一つを手にとって眺めてみる。一針ずつが丁寧につながり、形になっている。


「あのね、町会の会長さんから頼まれたのよ。望ちゃんに先生をしてもらえないかって」

「先生?」

「うん、駅前のスーパーの2階が、この辺の町会の集会場になっていて、
日替わりで習い事を出来るようにしているんだって。書道とか、ヨガとか……。
その一つに、望ちゃんが小物作りをしてくれないかって」


町会が仕切っている『大人学校』で、望が小物作りの先生になってほしいという話しだった。


望が雑誌で賞を取ったことを、母が店先に貼り付けたため、それを知ったどこかの主婦が、

町会長に企画を持ち込んだらしい。


「そんなの望に言えばいいじゃないか。ここにいるんだろ」

「嫌ですって言うに決まってるじゃないの。はい、やりますよ! って性格じゃないから、
祐作に頼んでいるのよ。優秀な営業マンなんだからさ、その気にさせるのはうまいでしょ!」


全く、母は商売人になってから、調子の良さだけはさらに磨きをかけたようだった。

利益をあげる営業のテクニックと、望のことを一緒にされては困る。


「本人がやりたくないって言ったら、無理にはやらせないよ」

「あら、祐作、いつからマネージャーになったの?」


それでも、母から聞いた条件は悪いものではなく、僕は一応町会長さんがくれた書類を

手に持ち部屋へ戻った。





「……ということですが、どう?」

「無理よ……。人に教えるなんて、私には出来ない」

「まぁ、そう言うと思ったよ。確かに教えると思ったら、出来ないだろうな」


僕のそのセリフに、望は少しだけ首を傾げた。全くの拒否反応ではないため、

僕はまた彼女が一歩前へ出られるように、少しだけ後押しをする。


「楽しさを分けてあげたらいい。小物を作ることってこんなに楽しいんですよって、
望が思いながら作れば、きっと同じことを考えてくれる人たちが出てくるよ」

「楽しむ?」

「うん……」


それでもすぐに返事が出来ない望に、僕は書類だけ手渡すと、考えてみてごらんと言い、

しばらくそのまま黙っていることにした。





「うわぁ……富士山、綺麗」

「うん、久しぶりの快晴だ」


僕らは休みを合わせ、望の母親に会いに行くため車を走らせた。

途中でオルゴールの博物館へ行き、今日の記念だと、望は小さなオルゴールを買った。

もう少し大きくて綺麗なものにすればと提案したが、こじんまりとしたものの方が、

自分にはしっくりくるのだと笑う。


『湯花園』は思っていたよりも大きな旅館で、そろいの和服を着た仲居さんが、僕らを出迎えた。

受付を済ませ、荷物を預けると、僕は担当になった方に、目的を告げる。


「あの……こちらに三田村弥生さんという仲居さんがいらっしゃいますよね」

「エ……」

「私、娘なんです。会いに来たんです。どこにいますか?」


望はすぐにでも会いたい気持ちが我慢できなかったのか、すがるような目で問いかける。

しばらく考えたような顔をした仲居さんは、僕らに予想外の一言を告げた。


「三田村さんなら、辞めてしまったんですよ」


すぐに確かめた望の顔は、どこに定めていいのかわからない様子で、

誰かの姿を捕らえようとした目は、行き場のなさに、寂しく揺れた。





54 のんの へ……




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コメント

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肩透かし

 アンニョン~^^

 祐作に失礼な態度をとった母ではあるけど
 やっぱり会いたい・・・。
 祐作に肩を押されながら、働いている旅館にきたのに
 肝心な人はどこへ行ったのでしょう!?

 望の性格を察するに
 こんな形で、別れてしまうと(連絡が途絶えてしまうと)
 今以上に落ち込み、
 日常生活どころか祐作との関係も
 悪いほうに変化していくのではと
 余計なことを考えてしまいそうです・・・v-393

 ももんたさん、こんにちはv-238
こちらへは、初めておじゃまします。
[S&B]大好きで、いっきに読んでしまいました。
お休みの日は、ゆっくりパソコンの前に座れるので、大好きなカフェオレ片手に、これまた大好きな、
ももんたさんの作品読んで…はぁ至福の時です。
これからも陰ながら応援してます。

可愛い小物

あら、辞めてしまったの?此処に訊ねてくると思って自ら身を引いたかな?
そんなことすれば望が又気落ちしてしまう、気付かないほど気持ちが遠くなってる。

小さいもの、可愛らしいものが似合う望。
弱い者、可愛い人が好きな祐作。
似たもの同士なのかもね^^

子の心、親知らず…

まったく、何考えてんでしょうねぇ
娘はこんなに心を痛めているのにぃー!
どこへ姿を消したんでしょうねーー;
…と文句言っちゃったぁ^^;

祐作が居てくれることが救いだわ
私にもこんな良い男が居てくれたらなぁ
なんて思ったりして

とにかく望は祐作との愛をしっかりとつかんで離しちゃダメよ
そして一歩一歩前進あるのみ!
私もしっかり最後までお付き合いしますか~
お願いしますよ、ももんたさん!

あの母親なりの…

せっかく会いに来たのに…
う~ん 望ちゃんのお母さん、やっぱり辞めて姿を隠してしまったのね…vv

この前は、娘の恋人に絡んでひどいこと言っちゃったし…
それでも娘は、きっと自分を見捨てずに連絡を取ってくるだろうし…

自分といたら、娘はきっと幸せになれないだろうな…って気持ちと
あの誠実そうな娘の恋人とも付き合っていくのは、ちょっと煩わしい…そんな気持ちもあって…
ここで行方をくらます事が、あの母親なりの望への愛情表現だったような気がします・・・。

でも、望ちゃんは、すごーく落ち込みそうだね;;
祐作~、しっかり彼女を支えてあげてね!!

母の行方

miharuruさん、こんばんは!


>望の性格を察するに
 こんな形で、別れてしまうと(連絡が途絶えてしまうと)
 今以上に落ち込み、
 日常生活どころか祐作との関係も
 悪いほうに変化していくのではと

そうですよね。望はすぐに切り替えられない性格なだけに。
さて、祐作、どう切り抜けて行くのでしょうか。
果たして、母はどこに!!
次回へ続く……です。

応援ありがとう

Tokihimeさん、こんばんは!


>こちらへは、初めておじゃまします。
 [S&B]大好きで、いっきに読んでしまいました。

うわぁ、ありがとうございます。いくら1話分が短めとはいえ、
53話の一気読みは大変だったんじゃないですか?

でも、大好きなカフェオレ片手なら、それもありかな(笑)


>これからも陰ながら応援してます。

いえいえ、こうしてコメントを残してくれたら、立派な日向応援ですよ。陰じゃないです(笑)

さて、母は……

yonyonさん、こんばんは!


>あら、辞めてしまったの?
 此処に訊ねてくると思って自ら身を引いたかな?

せっかく、二人揃って会いにいったのに、いなくなった母。
その真意は、次回にわかります。


>小さいもの、可愛らしいものが似合う望。
 弱い者、可愛い人が好きな祐作。
 似たもの同士なのかもね^^

……あ、そうかも、そうかも(笑)

ご意見感謝です

Arisa♪さん、こんばんは!


>まったく、何考えてんでしょうねぇ
 娘はこんなに心を痛めているのにぃー!
 どこへ姿を消したんでしょうねーー;
 …と文句言っちゃったぁ^^;

あはは……文句、どんどん言って、言って!
色々なことを感じて、考えてもらえるのが、また楽しいのです。
そうそう、それを裏切っちゃうのも、楽しいのさ(笑)


>祐作が居てくれることが救いだわ
 私にもこんな良い男が居てくれたらなぁ

はい、私も、作品を書きながら、常に思っております。
最後まで、ぜひぜひ、よろしくお願いしますね。

母の残したもの

eikoちゃん、こんばんは!


>自分といたら、娘はきっと幸せになれないだろうな…って気持ちと
 あの誠実そうな娘の恋人とも付き合っていくのは、
 ちょっと煩わしい…そんな気持ちもあって…
 ここで行方をくらます事が、あの母親なりの望への
 愛情表現だったような気がします・・・。

どんな気持ちでいなくなったのか、それは次回に続きます。
望、そして、祐作の感じることは……


>祐作~、しっかり彼女を支えてあげてね!!

はい、よく言っておきます。

祐作の本音

なでしこちゃん、こんばんは!
あらまぁ、また、珍しいところから、お声がかかったわ(笑)


>祐作、望の心がなにより心配なんだね。
 寄り添って行こうと思っている人だもん、そうでなくちゃ^^

望が思い込む性格なのは、わかってますからね。
祐作にしてみたら、すぐに解決させてやらないと、
自分の前から消えてしまう……
そっちの方が、心配だったと思いますよ。

過去にも消えられた経験、ありますし……


さてさて、消えてしまった母の行方と、理由については、次回へ続きます。
浩太が颯爽と登場するのかは……。まぁ、読みながらお確かめくださいませ!

復活、ありがとうです!

yokanさん、こんばんは!
大丈夫ですか?


>お母さんは旅館をやめていたのね、
 三田村ちゃんのことを考えてやめていたのなら良いけど・・・

さぁ、どうして辞めてしまったのか、それは次回に続きます。
先生の件も、yokanさんの言うとおりなんですよ。
優秀な営業マン、祐作君は、どう望に気持ち向けさせるのか、見ていて下さいね。

母は・・・

遅れ遅れですみません。^^ゞ

せっかく意を決して行った先に母は居ない。
それは望ちゃんに対して少しばかり恥ずかしいという気持ちがあったからかな?

誰かの支えで生きていくということを知った望ちゃん。
母にはきっとそんな人はいなかったんでしょうね。
望ちゃんは祐作という男性に会って、理解してもらえるようになったし、救われた

これで母の気持ちが少しでもはれるといいなぁ。

母の想い

tyatyaさん、こんばんは!


>せっかく意を決して行った先に母は居ない。
 それは望ちゃんに対して少しばかり
 恥ずかしいという気持ちがあったからかな?

来る前に逃げたような母になっていますが、なぜいなくなったのかは
次回、感じていただけたら嬉しいです。

望は、そばに祐作がいてくれることを、日々喜びにして生きています。
この旅で、二人はどんな想いを持つのか……

続きも、よろしくお願いします。