26 噂のひとり歩き 【26-4】

「色々と、ありがとうございました」

「ご丁寧に」


あずさは、夏子から渡された香典返しを渡すと、

あらためて、ありがとうございましたと頭を下げた。

庄吉は、家族のみなさんが力を落とされていないのかと、心配してくれる。


「年齢もあるので、夏子さんも母も伯母も、みんな覚悟はしていたようです。
玉子さんがとても穏やかな顔で旅立ってくれたので」

「そうですか」


庄吉は、そういうとあずさに『コーヒー』を勧めてくれる。


「最後まで、凛とした方でしたね」


庄吉はそういうと、これからはご主人とゆっくり出来るでしょうと話した。

あずさも『はい』と返事をする。


「相原家の皆さんには、お世話になりっぱなしで。
あの日も、岳さんが病院まで送ってくれましたし、敦さんには仕事を変わってもらって」


二人の協力がなければ、玉子ときちんとした別れが出来なかったかもしれないと、

あずさは言った。


「『橙の家』には、玉子さんのことを連絡するようにと言ってありましたからね。
いくら私が気持ちだけ頑張ろうとしても、実際、あずささんの役には立ちませんが、
まぁ、岳も敦も、あなたのためだからと、動いたのでしょう。
それは、あずささん自身が、二人に与えてくれたものがあるから、だからだと、
私は思いますよ」


庄吉は、あずさにも『相原家に与えてくれたものがある』とそう言ってくれる。


「私は何も……」

「いえ、敦は自分の意思をしっかりと持ち、目指すものを作りました。
岳もです。今までなら思いつきもしない構想で、仕事に取り組んでいます。
それはあなたの力です」


あずさは小さく首を振る。


「『アカデミックスポーツ』のことも、聞きました。柴田社長は情のある人だから、
それが裏目に出たのでしょうけれど、まぁ、会社は変わっても、
みなさん仕事が出来るようですから。これからも岳や敦と、
いい刺激を与え合ってくれたら……」


庄吉は、若いことはいいことですねと、笑みを浮かべる。


「あの……」

「はい」

「私、今回のこともあるので、区切りのいいところで一人暮らしをはじめようと、
そう思っています」


あずさは、『アカデミックスポーツ』もあの場所からなくなるので、

そのタイミングで相原家を出て行くことを決めたと、庄吉に話した。

庄吉は、玉子さんのことは気にしなくていいと返す。


「ありがとうございます。でも、それは決めてきましたから」


あずさは、実家に戻っていた10日の中で、これからの自分を考えたと話す。


「これからは、自分の足でしっかりと歩きます」


あずさの決断に、庄吉は『そうですか』と少し寂しそうな顔を見せる。


「相原家が嫌になったとか、そういうことではありません。
この半年お世話になれて、東京で暮らしていける自信もつきました。
それは本当に感謝しているので……」


あずさは、好条件を出してくれた庄吉が、気分を悪くしただろうかと、

懸命に理由を話した。庄吉は黙ったまま立ち上がり、目の前に広がる海を見る。

あずさは、言い方をもう少し工夫すればよかったのかと、

右手の人差し指を左手の指で挟む。

数秒が、1分の時を刻み、さらに秒針が先へと進んだ。


「あずささん。あなたは……本当に玉子さんに似ている」


庄吉はそういうと、振り返る。


「自分の足で歩きたいという思いを、打ち消すわけには行きませんね。
でも、これからも、相原の家を自分の家同様に思ってください。
何か大変なことがあったら、遠慮なく」

「……はい」


あずさは、庄吉が認めてくれたことがわかり、ほっと息を吐いた。





『青の家』を出た後、午後から『アカデミックスポーツ』に向かうと、

あずさのことを社員3人が迎えてくれた。


「お帰り、宮崎さん」

「すみませんでした、長いお休みになってしまって」


あずさは、全員に向かってしっかりと頭を下げる。


「いや……こっちこそ悪かった。夜の担当は自分がと立候補しておきながら、
結局迷惑をかけて」

「大丈夫です。お別れはちゃんと出来ましたから。気にしないでください」


あずさはそういうと、自分の席に座る。


「宮崎さん……」

「はい」

「実家に戻って、何か聞いてきたかもしれないけれど、
これで全員揃ったから、あらためて僕から事情を説明させてください」


柴田の言葉に、あずさはやはり噂だけではなかったのかと思い、

『はい』と返事をした。



柴田は、あらためてここまでの流れを、社員3名に説明した。

責任者の江原が、『持ち逃げ』したということだけなら、

信用して任せてきた自分が、金額を補填をしようと思っていたけれど、

この事件は他の人がからんでいて、そこから警察を動かすことになってしまったこと、

責任者が空白というのは、信用問題に関わることもあるため、

会社は『ザナーム』が引き継いでくれることになったことを話す。


「『ザナーム』って、あの……」

「はい。こういったジム経営に力を入れ始めていたので、タイミングがよかったんですよ」


柴田は、このビルは引き払うものの、社員は今の待遇を維持したまま、

別の場所で仕事が出来ることなど、丁寧に説明をしてくれた。

あずさも含めた3人は、黙ったまま聞き続ける。


「群馬のジムから、こちらに転勤してきて、半年でこんなことになって、
宮崎さんには本当に申し訳ないと思っている」


柴田は頭を下げても下げきれないと話すと、あずさに向かって深々と頭を下げる。


「やめてください、社長。私のことなんて気にしなくていいですから。
それより社長は……」

「私は、この機会に全て手を引くつもりです。手持ちの株はあるから、
家族が生活していくくらいの、お金は確保できると思いますし」


柴田は、『アカデミックスポーツ』というものが残るのだから、

贅沢は言えないと、そう話す。

話しは終了したものの、誰も席を立とうとしない。


「仕方ないのかもしれないけれど、なんだかね……やっぱり寂しいわよね」

「そうですね」


小原とほたるのつぶやきに、あずさも小さく頷く。

あずさは、自分が地元でこの事件にからんでいると思われている誤解を解きたいと思い、

柴田に、自分が突然東京に転勤が決まった理由を、

あらためて聞いてみようかと顔をあげたが、さすがに色々と動き回っていた柴田には、

疲れも見えた。あずさは、結局聞けないまま、また下を向く。


「宮崎さんのおかげで、あのコンサートがあって。
この『Sビル』のみなさんと、別れを楽しむことが出来た。
本当に、よかったよ……ありがとう」


柴田はそういうと立ち上がり、ビルの壁に手を当てる。


「これからは、ここを旅立つ『アカデミックスポーツ』を、
外から応援させてもらうから」


柴田は壁を叩きながら、『お疲れ様』と小さくつぶやいた。



【26-5】



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