27 氷の男 【27-1】

あずさが杏奈と食事をしている頃、岳はまだ『BEANS』にいた。

新しい計画を、より具体的にするために、

今までとは全く違うタイプの設計を提案した。

図面を見ながら、右と左に首を少しずつ動かす。

そんな時間が10分程度過ぎる頃、岳は立ち上がり、窓の向こうにある『Sビル』を見た。

『アカデミックスポーツ』がある場所は、今日も明かりがついている。

『コンサート』が好評だった『リラクションルーム』も、誰かが練習中なのか、

光が見えた。



『今、音を外しましたよね』



『アカデミックスポーツ』のためだけに、一生懸命動いてきたあずさの思いが、

無駄になってしまったと、つぶやいた敦の声が蘇る。

岳はブラインドを下げると、また自分の席に戻った。

すると携帯が振るえたため、岳は相手を確認する。



『青木梨那』



岳は、梨那からのメールを開く。

そこには、もうすぐ自分の誕生日が来るので、会える日を決めて欲しいという、

いつものようなメールが収まっていた。

岳は文面だけを読むと、すぐに携帯を閉じる。

左の肩に右手を置き、何度か強く揉んでみた。





あずさは、電車に揺られながら、杏奈のことを考えていた。

杏奈とは、どれだけ時間が空き再会しても、

なぜかいつも同じテンションで過ごすことが出来た。

楽しいと思うことも似ているし、哀しいと思うこともよく似ている。

学生時代、吹奏楽部で練習し、薄暗い道を歩くときには、

二人で歌を歌いながら歩いたりもした。

明るい顔をしていても、悩みがあるのかもしれないと見抜くことも出来るし、

逆にこれなら乗り越えられると思うときには、あえて知らないふりをした。

あずさはそんな杏奈の指摘に、心臓がトンと音を立てたことに気付いたけれど、

あえて取り合わなかった。



あずさが相原家を出ようと思っている理由。



玉子が亡くなったということはもちろんだったが、

このままあの場所にいることで、自分が傷つくことになるかもしれないということを、

どこかで予感しているからこそ、先に逃げてしまおうという気持ちだった。


『BEANS』という大手企業を、背負って立つ運命を持った岳。

厳しく、冷たいと思う面も何度か見てきたが、それ以上に、実は優しく、

繊細で弱い部分もあることを、あずさ自身が気付いていた。



『今ならまだ……』



あずさはそう思いながら、『東青山』の駅を降り、相原家に向かった。





相原家に戻ると、あずさは武彦と浩美の部屋に向かった。

一日遅くすると、決断が鈍る気がして、扉をノックする。


「すみません、宮崎です。お話しがあるのですが……」


そう声を出すと、すぐに扉が開いた。


「どうぞ」

「すみません、夜分に」

「いや、話をしようとすれば、これくらいの時間になるよ」


武彦はそういうと、あずさの前に座り、浩美は紅茶を出してくれる。

あずさはあらためて二人に頭を下げた。


「『アカデミックスポーツ』のことは聞きました。大変だけれど、
『ザナーム』が引き継ぐのなら、経営はきちんとするでしょう」

「はい……」


あずさは、急なことで気持ちが落ち着いていませんがと、そう話す。


「まぁ、そうだね」


武彦は『ザナーム』の場所はどこだったかなと、そうつぶやいた。

浩美はお盆を持ったまま、隣に座る。


「あの……今まで本当にお世話になりました。今回、仕事のこともあり、
気持ちもあらたにするべきだと思いまして、一人暮らしをすることに決めました」


あずさは、玉子が亡くなり、庄吉にお世話になる理由がなくなったと、そう話す。


「一度、田舎に戻って、これからどうなるかと考えてみましたけれど、
やはり就職は東京じゃないと、難しいところがあります。それで……」

「玉子さんが亡くなったからと言うのは、気にしなくていいですよ。
『ザナーム』に入るとはいえ、新しい環境でしょう。慣れるのも大変でしょうし」

「いえ、それは……」


あずさは、どこかで区切りをつけないと、タイミングが取れなくなるのでと言う。


「この半年で、東京にもずいぶん慣れました。
だからこそ、自分の力で立ってみたいのです。実は今日、まず庄吉さんのところに、
話にうかがって……」


あずさは、庄吉にもきちんと説明をしてきたと言った。

その言葉に、武彦は『そうですか』と頷いていく。


「あずささんが来てくれて、東子がとても楽しそうでね。
私としては寂しいところもありますが、まぁ、敦にも一人暮らしを認めましたから。
宮崎さんの独立を否定する理由も、私にはないのですが……」


浩美は、あずさの思うとおりにと意見を言う。


「本当に、ありがとうございました。なんとか今月の終わりまでには……」


あずさはそういうとその場で立ち上がる。

見送ってくれる二人に、あらためて『お世話になりました』と、頭を下げた。



あずさは武彦たちの部屋から自分の部屋に戻り、カーテンを開けた。

戻ったときにはまだなかった岳の車が、そこにある。

あずさが武彦たちと話をしている間に、仕事から戻ってきたようだった。



『どこに座れば……』

『いいから、早く乗れ!』



肩もみを仕事としたため、あの車に何度も乗り、岳の行動に着いていったこともあった。

さらに、半年の中で2回実家に戻ったときには、その2度とも岳の車だった。

最初は高級すぎて、お尻が落ち着かなかったシートも、いつの間にか慣れていた。

あずさは、『お世話になりました』という思いを込めて、小さく頭を下げる。

しばらくその車体を眺めていたが、時計が次の時刻を指したので、

あずさはカーテンを閉めた。





あずさが、相原家を出ることに決めたという話は、

次の日の朝、朝食の時間に発表された。

東子はその突然の決断に驚き、すぐに『ダメ』という返事をする。


「東子ちゃん……」

「やだ、あずさちゃん、どうして出て行ってしまうの?
このままここに住んでいたらいいのに。おじいちゃんだってそう言わなかった?」


東子は、会社が変わっても、玉子がいなくなっても、ここにいて欲しいとそう訴える。


「東子……」


浩美は、あずさの考えなのだからと、東子の言葉をそこで止めた。



【27-2】



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