27 氷の男 【27-4】

『ザナーム』と『アカデミックスポーツ』の引継ぎが決定してから、

いつも4人しかいなかった本部に、人が複数出入りするようになった。

ほたるが一人で担当していたPC前には、男性と女性が2名座り、

新しいシステムに組み込むための操作が、淡々と行われるようになる。

3時のおやつを楽しみに、日常生活の中で起きた出来事を、

楽しそうに語っていた小原の机の横にも、

『ザナーム』で経理を担当している男性が座り、メガネに時々触れながら、

何やら細かくチェックするようになった。

そんな日々が数日続いていたある日、一人の男性が顔を出す。


「おはようございます」


驚くあずさたちの前に立ったのは、『花輪秀樹』という『ザナーム』の社員だった。

視線は小原、ほたると巡った後、あずさに向かう。


「今日から、私もここに通わせていただきます。
なるべく早く、『ザナーム』と一体化させたいですしね」


花輪はそういうと、効率よく仕事をしてくださいと、社員たちに声をかけた。

先に入っていた数名は、すぐに『はい』と返事をする。


「柴田社長からも、許可はいただいていますので……」


そういうと花輪は、

テーブルの上に置いてあった『貸しスタジオ』のファイルを見つけ軽くめくり、

横にあるゴミ箱に捨ててしまう。

あずさは捨てる理由がわからず、すぐに拾い上げた。


「どうして捨ててしまうのですか、これ」

「これは引き継がない資料です。このボロビルで終わりになるものでしょう。
取っておいても仕方がない」

「ボロビル……って」


庄吉がいた頃からこのビルを知っている小原は、思わずそうつぶやいてしまう。

花輪の視線が、すぐに向かう。


「何か問題がありますか」


花輪の強い視線に、小原はすぐに『いいえ』と答え下を向く。


「このビルは建て直しになります。その後また、スタジオを作って貸し出すつもりだと、
そう『BEANS』側から聞いています。ですから、『ザナーム』側に関係がないものでも、
勝手に捨ててしまうのは困ります」


あずさはそういうと、自分の机の上に『貸しスタジオ』の資料を置いた。

『ミドルバンド』のみなさんは、またここで演奏が出来るのを楽しみにしてくれていると、

そう聞いている。


「管理は『BEANS』だと、そうですね、確かそう伺っています。それなら、
向こうに引き取ってもらえるよう、ダンボールにでもまとめてください」


花輪はそういうと、資料をまとめるためにおいてあったダンボールの

組み立て前の紙を、あずさの席に向かって、放り投げる。

その紙は、あずさの左手にあたり、そのまま床に落ちた。

あずさは黙って拾い上げ、資料を入れておくための箱を作っていく。


「経理担当の小原さんは……」

「はい」


花輪は手をあげた小原を見ると、わかったという合図なのか、軽く頷いた。

同じようにほたるの名前を読み上げ、ほたるも手をあげる。


「だとすると、あなたが宮崎さん……」

「はい」


あずさは『宮崎あずさ』ですと、花輪に向かって頭を下げる。


「……君か」


花輪は、それだけの言葉を、冷たくたたきつけるように言うと、

2月中にこの片付けを終わらせて、3月に入ったらなるべく早く、

研修を始めてくださいとそう声をかけた。





「なんですかね、あの態度」

「本当……厳しいとかではなく、あれは冷たいって言うのよ」


その日の昼休み、『アカデミックスポーツ』の3名は、

来ることが出来なくなる『BEANS』の社員食堂に向かった。

話題は、突然現れ、横柄に振舞った花輪のことになる。


「岳さんも、冷たいなと思うことがありましたけれど、花輪さんって人は、
その数倍もですね」


ほたるはそういうと、ドリアをすくって食べる。


「あら、『ケヴィン』は愛想がないのよ。真面目で厳しいから、冷たく見えるけれど、
あの花輪さんみたいに、人をバカにしているようなことはしないわ。
ダンボール……宮崎さんに向かって、あんなふうに放り投げて」


小原は、手渡しすればいいことなのにと、腹を立てる。


「引き継いでくれたなんていうのは、表向きで、
ようは『助けてやったんだ』ってところなのでしょうね」


ほたるはそういうと、小さくため息をつく。

あずさは二人の会話を聞きながら、

花輪が自分に向けた『君か……』のセリフが気になっていた。

花輪に会うのは初めてなのだから、何も情報など知らないと思うのに、

どうして何かを知っているような態度を取られたのだろうかと、あれこれ考える。


「宮崎さん、彼のこと知っていたの?」

「いえ」

「でも、『君か……』って言われていたわよね」


あずさの疑問符を、小原も同じように感じ取っていた。

あずさは、花輪には一度も会ったことがないと首を振る。

すると、3人の目の前を、敦が数名の社員と通り過ぎていくのがわかった。

あずさは立ち上がると、敦に声をかける。


「すみません、食事の前に」

「いや、いいけれど、何かあった?」


あずさは、『ザナーム』側の社員が本部に入ってきたこと、

引継ぎ以外の資料は不要だからと、ゴミ箱に捨ててしまおうとしたことを話す。


「ゴミ箱?」

「はい……この後、資料も持ち出しになるのかもしれませんが、
何を取っておくべきなのか、聞いておいたほうがいいかと思ったので」


あずさはとりあえず『貸しスタジオ』の資料はダンボールに入れたことを話す。


「わかった。後で『Sビル』に顔を出すから。『BEANS』側の担当者が来るまで、
持ち出しはしないでと伝えてくれるかな」

「はい」


あずさは敦に頭を下げると、小原とほたるが待つテーブルに戻り、

ランチの続きを始めた。



【27-5】



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コメント

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ありがとう

拍手コメントさん、こんばんは
気付くのが遅れて、ごめんなさい。

>あずささんが、小さい嫌がらせやいじめにあわなければ いいけどな。
 読んでいて 胸が痛むの。 今年もお疲れ様でした。
 来年もよろしくお願い致します。

人の気持ちは屈折しているので、まだまだ色々とありそうな気配ですが、
持ち前の明るさで、頑張ってくれる……はずかなと。
こちらこそ、いつもありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。