27 氷の男 【27-5】

「『ザナーム』さんが『アカデミックスポーツ』の事業を引き継がれることは聞きました。
しかし、こちらには『Sビル』全体の管理業務もお願いしていましたので、
そちらの資料もあります。勝手な持ち出しは控えていただきたいのですが」


昼食を終えた敦が、『アカデミックスポーツ』にやってきて、

花輪に対して、身勝手な行動はしないでほしいと、そう話した。

花輪は面倒だという顔をした後、それならば『BEANS』側が先に、

必要な資料を持ち出して欲しいと言い始める。


「そうですね……」


敦は、それならば数日間、『BEANS』側の人を入れるので、

『ザナーム』側の人間の出入りは控えて欲しいと提案する。


「控える?」

「はい。このビルは『BEANS』のものです。管理資料もうちの会社の財産ですから。
外部の人間に出入りされている状態では、何かが起きたときに責任問題となります」


敦は、怪訝そうな顔をする花輪に対して、強気な姿勢を貫いた。

花輪はそれならば、1週間後には全てこちらの自由にさせてもらうと言い残し、

全員を撤退させる。

『アカデミックスポーツ』には、いつもと同じような、空気が戻ってきた。


「あ、すみません」

「いえいえ、お茶くらい何杯でも……」


小原は、敦のおかげで、少し気持ちが楽になったと笑顔を見せる。


「結構厳しそうだね、あの花輪さんって人」

「厳しいというより、冷たい氷のようです」


ほたるはそういうと、あずさに向かってダンボールを投げつけたと、敦に報告する。


「ダンボールを?」

「あ……たいしたことではないですから」


あずさは、最初が肝心だと思って、去勢を張っているのではないかと花輪の分析をする。


「とにかく1週間あるから……実際には、資料なんてたいしたことないし、
まぁ、ここから見ても、黄色のファイルだけ抜き出せばいいからさ」


敦は、これから研修も始まるし、

みなさんで『Sビル』との別れを惜しんでくださいと言いながら、

お茶を飲み干すと、本部を出て行こうとする。


「敦さん……ありがとうございました」


あずさの声に、敦は振り返ると、軽く首を振った。





岳が提案した埼玉の土地購入の計画は、実際にプロジェクトが作られることになり、

泰成たちが抱えている『岸田』の物件とは別扱いで、『豆風家』を引き込み、

スタートを切ることになった。

岳は資料を持ち、3階にある『豆風家』のスタッフのところに向かう。

するとちょうど、敦が『Sビル』から戻ってきた。


「今頃昼食か……」

「いや、違うんだ。今、『Sビル』にいた」

「『Sビル』?」


敦は、『アカデミックスポーツ』から事業を引き継ぐ『ザナーム』が、

資料整理を始めだしていて、

あずさが持ち出されては困るものもあるのではないかと心配し、

敦に声をかけてきたことを話す。


「資料を持ち出すのか」

「まぁ、『アカデミックスポーツ』に関しては、こちらがあれこれ言えないからさ、
ただ、『Sビル』本体のものに関しては、うちのものだし」

「当然だな」


岳は、そうしてくれてよかったというように、頷いていく。


「花輪って人が、どうも責任者みたいだけれど、ちょっとクセがありそうな人だった。
僕がうちにもと口を出したら、ハッキリと嫌そうな顔をされたし、
事務の北島さんが、宮崎さんにはダンボールを投げたとか言っていたし……」


岳は『どういうことだ』と敦に聞きなおす。


「よくはわからないけれど、まぁ、予想通りだよね。
『アカデミックスポーツ』という名前は残るけれど、会社は変わるんだろうなって。
あの社員の人たち、頑張れるのかな」


敦は、ここまで決定したのかと声を出す。

岳は来週、最初の打ち合わせを行うので、『豆風家』の担当者にも出て欲しいと言うと、

資料を敦に渡し離れていく。

敦が岳の行方を追うと、その姿はエレベーターホールの前にはなく、

階段を下りていく音だけが聞こえてきた。


「そうなると思ったけどね……」


敦は、岳が『Sビル』に向かうのだと思い、口元が軽く動いた。





敦の予想通り、岳は『Sビル』に向かっていた。

エレベーターに乗り、3階で降りると足は一度本部に向かおうとするが、

右側の部屋を先にのぞく。

そこには、あずさが一人入っていて、テーブルを拭いていた。

CDラジカセの音量が気になるのか、少し調節した後、あずさは動かずに、

その曲を聞き続けている。

岳は、扉をゆっくりと開ける。

流れていたのは、『Just The Way You Are』ビリージョエルの素顔のままでだった。

あずさの視線の隅に、岳の姿が入り込む。

あずさが横を向くと、岳は『リラクションルーム』の扉をちょうど閉めたところだった。


「……どうしました」

「敦から『ザナーム』のことを聞いた。大丈夫なのか」


岳はそういうと、柴田社長は来ていないのかと、あずさに尋ねた。


「社長は、向こうの社長と会っているそうです。
それに、『アカデミックスポーツ』の各ジムにも、挨拶をしたいらしくて」


あずさはCDラジカセを止めようとする。


「止めなくていい。その曲には、思い入れがあるのだろう」


岳は、以前、ここに来た時にもその曲を聴いていたことがあるのではと、

あずさに言った。あずさは、祐との思い出の曲を聴いてしまい、

涙ぐんでいる顔を見られたくなくて、飛び出したことを思い出す。


「……そうでした。でも……」

「今日は、飛び出さないのか」


岳はそういうと、一歩ずつ部屋の中に入ってくる。

あずさは音を止めた。


「先輩が教えてくれなければ、『クラリネット』が好きにはなれませんでした。
自分には難しかったし……でも、失敗しても、出来なくても、
いつも、次にはって励ましてもらって」


あずさはCDを見ながら、色々なことを思い出すのか、柔らかい笑みを浮かべる。


「でも、この曲は覚え切れませんでした……なんだか吹こうとすると、
いつも胸がいっぱいになって……」


岳は、祐との思い出を語るあずさを見ながら、

あのお墓の中に眠る人が、どれほど強い思いを残しているのかと、そう思ってしまう。


「岳さん、先輩のお墓、ご存知なんですよね」

「……あぁ」

「場所、教えてもらってもいいですか。私、お墓参りをしたいので」


あずさはそういうと、岳を見る。

岳は、以前も墓参りの提案をしたのに、その時はすぐに断られたことを思い出す。


「行くのか」

「……はい」


『祐の死』をあずさが受け入れるつもりになれたのだと思い、

それならば連れて行ってやると、そう話す。


「いいですよ、自分で」

「次の分譲マンションを建てる候補地が向こうなんだ。現場の視察も出来るし、
ついでに行くから気にするな」


あずさが絶対にそう言うだろうなと思い、岳は『仕事のついで』だと言う。


「……本当についでですか?」

「あぁ」


あずさは、それならと笑い、ありがとうございますと頭を下げた。





【ももんたのひとりごと】

『恋するあずさ』

恋をする前、恋をしているとき、そして恋が実ったとき……
もしくは、気持ちが伝わらず破れてしまったとき……
恋愛ものを書くとき、こんなシーンが色々と登場します。
みなさんもお気づきの通り、あずさは岳に『恋』をしているようです。
少し切なくて、少しドキドキするようなシーン、書けていたら嬉しいな。




【28-1】



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