28 東京行きの理由 【28-1】

『ザナーム』から来ていた花輪の態度を知って、

岳が『リラクションルーム』に顔を出してくれたことがわかり、

あずさはあらためて岳を見る。


「岳さんは、優しいですね」


あずさは敦から様子を聞いて、飛んできたという岳に口元が動く。


「どうしてそこで笑うんだ」

「笑っているつもりではないんです。
ずっと『アカデミックスポーツ』が迷惑をかけてきたのに、
こうして心配してもらって」


強さと厳しさの裏側には、いつも優しさがあったのだと、あずさはあらためて思い、

そばに立つ岳に『ありがとうございました』と頭を下げる。


「小原さんもほたるちゃんも、そう言っていました」


あずさはみんなが『BEANS』には感謝をしていると、そう話し、

またテーブルを拭き始める。


「大丈夫か……」


岳の言葉に、あずさは黙ったまま首を縦に振る。


「……そうか」


岳はそういうと、あずさを見る。

あずさは岳の視線を感じながらも、あえて顔をあわせないようにした。

顔をあわせてしまうと、岳への思いが表情に出てしまう気がする。

岳のポケットに入れていた携帯が鳴りだし、相手が武彦だとわかった。


「何かあったら、俺でも敦にでも、必ず」

「……はい」


あずさの返事を聞いた後、岳は『リラクションルーム』を出て行った。





悟は、出来上がった靴を持ち、逸美の教室に向かった。

すでに指導の時間は終わっていたのか、教室内には誰もいないように見える。

車を降り、そのままインターフォンを鳴らすと、逸美の声がした。


「室伏です」


『どうぞ』という声の後に、ロックが解除されるカチンという音が聞こえた。

悟は扉を開き、中に入る。


「こんばんは」

「こんばんは。教室が暗いから、いないのかと思ったよ」


悟はそういうと、靴が出来ましたと箱を2つ置く。


「……お父さんは」

「父は検査の入院をしたの。……と本人には言ってあるけれど、
少し寒さに体力が落ちているみたいで」


逸美は、早く温かくなって欲しいけれどと、箱を受け取っていく。


「そうなんだ……」


悟は袋を畳むと、逸美の顔を見る。


「大変だね、色々と。こういうとき、背負うものがあまりない自分が、
気楽な人生だと、つくづく思うけれど」


悟の声に、逸美は軽く笑う。


「ねぇ……岳には会っている?」


逸美の質問に、悟は、ここのところあいつも忙しいのか会えていないと話す。


「親しくしている『アカデミックスポーツ』が問題を起こして、
色々と大変みたいだから、たまには話でも聞いてあげたほうがいいわよ」


逸美はそういうと、悟が持ってきた靴の箱を開け、履いてみた。

足を入れた瞬間、サイドもトップも、ぴったりとくる。


「はぁ……今までオーダーはしたことがなかったの。でも、こういうものなのね」


逸美は、靴を履いたまま、数歩教室内を進む。


「すごい室伏君。正直、ここまでだと思っていなかった」


逸美は一生の宝物になると、楽しそうに笑う。

悟は、以前サイズ合わせに来たときよりも、逸美が明るく変わっていることに気付く。


「感動してもらえて、よかったよ」


逸美は、愁矢が東京に来る日、一緒に食事でもしないかと、悟に言った。


「3人で?」

「そう……愁矢さんに一度『オーダー』で靴を作ってごらんと言われたときには、
どうかなと半信半疑だったの。でも、本当に感動したから。ね……」


悟は、昔から知っている愁矢と、大学の同級生の逸美なのだからと、

それならまた連絡しようと、話しをあわせた。





『誕生日の日には、予定を開けておくから』


誕生日を意識したメールを送った梨那のところに岳から戻ってきたのは、

その返事だった。『予定を開けておく』という嬉しい言葉に、

梨那は、近頃少し、『結婚』を前に出しすぎたことを反省する。

岳についていきさえいれば、いずれそういう時が来るのだからと、前向きに考え、

時間を確認すると仕事を終えた。

タクシーを呼び、かおると会うために会場となるレストランに向かう。

後部座席に乗り、スマートフォンで自分好みの店を選びながら、

岳と過ごせる日のことをあれこれ考えた。



「美味しい……」

「単純ね、『誕生日』を祝ってくれるからって、浮かれるなんて」


梨那は、岳からメールが届いたことをかおるに語った。

かおるは、ここのパスタは有名なグルメ雑誌で、金賞を取った店だと教えてくれる。


「確かに美味しい」

「でしょ……お父さんの付き合いで、そういう情報は早いのよね、私」


かおるはこれは白ワインが会うといい、ウエイターを呼ぶ。


「誕生日のプレゼント、何をもらうつもり?」


かおるは、自分は彼と別荘にいく旅行を計画したと、そう話す。


「誕生日の日はいつも一緒にいるの……プレゼントは後から」


少し酔いがまわり、気分のよかった梨那は、かおるにそう答えた。

かおるはそうですかと、からかうように答えを返す。


「旅行か……いいな。私も行きたいけれど、岳、いつも忙しそうだし」


梨那は、落ち着いて数日間過ごすことなど、一度もないとそう話す。


「ねぇ……そういうところが不安だって、言ってみればいいじゃない。
もっと一緒にいたいから、『結婚』を前向きに考えてくれって。
相原さんだって、気付いてくれるわよ。あ、そうか、『結婚』しておけば、
旅行だの面倒なことは言われないなって」


かおるは自分の意見はどうだと、笑ってみせる。


「何それ。言い方がおかしいでしょう、かおる」


梨那は、近頃、少しすれ違っているような気がするから、

あえてあれこれ言わないでおきたいのだと言うと、グラスに口をつける。


「物分りのいい女……梨那はそれがいいと思っているんだね。
そんなのはね、条件のない女が、捨て身に頑張るやり方だよ」


かおるは、自分の境遇は、最大限の武器にしないとと言い、パスタを口に運んだ。



【28-2】



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コメント

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ありがとう

ぽこさん、こんばんは

>あずさの恋が実るように、願いながら応援します

ありがとうございます。
楽しく読んでいただけて、こちらも嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします。