28 東京行きの理由 【28-2】

「武器?」


梨那は、自分の境遇を改めて考えた。

『三国屋』という、全国的にも数本の指に入る百貨店経営の親を持ち、

親戚にも、政治家や経済界の人間が多く存在した。

元々、梨那が岳と出会ったのも、『慶西大学』の学生の中にいた、

親がゴルフ場経営をしている、友人の誕生会に呼ばれたことがきっかけだったため、

互いに『武器』のことを、意識していて当然だという思いも湧き上がる。


「私をつかまえていないと、人生損するわよくらいの脅し、かけてやればいいのよ。
ただ、待っているだけだと、都合よく振り回されるから」


かおるは、イニシアチブを取らないとダメだからねと梨那に念を押す。

梨那は、『そうかな』と首を傾げながら、また一口ワインを飲んだ。





駐車場に車を置き、敦は部屋に入ると、上着を脱いだ。

キッチンはあるものの、ほとんど使ったことがない。

冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、すぐにPCを立ち上げる。

敦が開いたのは、『伊豆』にある、ある『染物アトリエ』で修行をする、

女性のブログだった。



『古賀涼子』



『野口敦』ではなく、『相原敦』とは、お付き合いが難しいと言われ、

自分のそばを離れていった涼子に、敦はしばらく連絡を取ることが出来なかった。

絶対に大丈夫だ、自分は『相原家』に埋もれないと宣言したものの、

あの時にはまだ家にいたし、仕事のことも完全に動いてはいなかった。

それがしっかりと動きだし、あらためて涼子のことを考えたとき、

偶然、このブログを知った。



『染物の先生が、教えてくれました』



『翠の家』に来ていた、近所の高校生が、染物に本格的な興味を持ったと話したことで、

涼子はアドバイスなどが出来ればいいと思い、その生徒にブログの存在を教えていた。

敦は、仕事で『翠の家』を訪れたとき、偶然それを知り、アドレスをメモに取った。



『青い空と綺麗な水が、創作意欲を広げてくれます』



涼子が前向きに頑張っているというのを知り、自分もまた明日、

頑張ろうと思うことが出来た。

だからこそ、毎日のように家に帰るとのぞいているのだが、

もう1週間以上も、更新がない。

過去のものを見ても、多くて3日、それくらいの間隔が当たり前だった。

敦は、涼子自身に、何か起きたのではないかと、心配になる。



『あつくん』



敦は、もう少し様子を見ようと思いながら、PCの画面を閉じる。

カーテンを開くと、高速道路を走る車のライトが、光りの鎖のように見えた。





その週末、逸美は教室での仕事を終えて、愁也と待ち合わせをした店へ急いでいた。

『パワフリズムストーン』が狙った相手が、梨那ではないことを知り、

あの、あずさの周りで大変なことが起きていることも知った。

あくまでも人の不幸だと、どこかで『終わり』の判断をしようと思うものの、

『もう少し先』を知ってみたくなり、その決断が出来ずにいる。

愁也が『ザナーム』との提携事業のため、東京に来たことを知ったので、

逸美は悟の靴が出来たことも話し、一緒に食事をする計画を立てようかと思っていた。

すると、愁矢から『ザナーム』の関係者に、逸美も一緒に会わないかと連絡をもらい、

会う約束の時間を早めた。

『アカデミックスポーツ』のこれからを握る男だと思うと、

それがまたどこか岳にもつながる気がして、逸美は好奇心の塊のまま、

大通りでタクシーを止めると、すぐに飛び乗った。



「すみません、お忙しいのに」

「いえ……上野さんのお誘いですし、それに素敵なお相手だと、
散々のろけられましたから、ぜひぜひ、お会いしたいと」


愁也と逸美の前に座るのは、『ザナーム』の統括部長を勤める花輪だった。

ウエイターの登場に、手際よく注文を済ませると、3人はワイングラスをあげて、

乾杯をする。


「逸美さんが、中村流を引き継がれるとか」

「はい……父の血を引くのは、私しかいませんので。
やはり伝統を無くしてしまうのは、自分でも辛いものですし」


逸美は、そういうと隣にいる愁也を見る。


「『エントリアビール』の経営は、兄がいますので。
僕はあくまでも兄の下で動くだけですからね」

「いえいえ、愁也さんの先を見る目は、本物ですよ」


花輪はそういうと、これからは異業種同士の組み合わせが、

行き止まりかもしれないと思えるビジネスを広げていくものだと、そう語り出す。


「うちは、元々が、通販から始まった企業ですので、視覚への訴えを大切にしています。
『エントリアビール』さんと作り出す商品もそうですし、
『アカデミックスポーツ』もそうです。消費者が自分の目で感じて、効果を考える。
そこがこれからのうちに必要なもので」


花輪の発言に、逸美はあずさのことを思い出す。


「『アカデミックスポーツ』さんは……どうなるのですか?」


逸美の質問に、花輪は『どうなるとは』と聞き返した。

逸美は、思っていたよりも花輪の視線が鋭いことに気付く。

何か探っていると思われたら困ると思い、言い方がおかしいですねとすぐに反応した。


「ごめんなさい。私、ビジネスのことはよくわからないのに。余計なことですね」


逸美はそういうと、わかりもしないのに口を出してと、愁也を見る。


「『ザナーム』には展開していたジムも、いくつかありますよね。
関西の方で確か……」


愁也は、同じ業種で2つのネーミングを持つ必要があるのかと、

逸美の質問をフォローするような問いかけを花輪にした。


「はい。まぁ、いずれは1本化するつもりです。居抜きで買い占めたと思えば、
安い物だと思いますし」


花輪は、そういうと、交渉がうまくいっているからなのか、

機嫌良くワインを飲み干していく。料理が運ばれると、さらにその口は滑らかになった。

逸美はその語りを聞きながら、

『ザナーム』側が『アカデミックスポーツ』をどう考えているのかを感じ取る。

3人の食事は、1時間を超す長さになった。



『居抜きで買い占めたと思えば……』



『ザナーム』は『アカデミックスポーツ』の出来上がっている形が欲しいだけで、

その流れや、歴史を残すつもりなどまるでないことは、逸美にもよくわかった。

社員として仕事をしているあずさも、同じように扱われることが予想できる。

扱いが荒ければ、そばにいる岳にとっては見ぬふりは出来ないはずで、

そうなってあずさに深く寄り添おうとすると、さらに追い込むことになってしまう。

『パワフリズムストーン』の威力と、マダムの言葉を借りると、

そんな負のスパイラルが予想できた。

ホテルの窓から見える、きらびやかなライトを見ながら、

逸美は『岳が追い込まれるもう少し先まで』と、気持ちが動く。

その逸美の背中を、愁也が後ろからそっと抱きしめた。



【28-3】



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