28 東京行きの理由 【28-4】

勤務地は、本社の府川ではなく、通販事業のある岸田。

あずさは、『岸田』までの通勤時間を考えた。

相原家を出て、しばらく世話になろうと思っていた杏奈のいる西日暮里は、

『岸田』とは方向が違っている。どちらかといえば、

今住んでいる相原家のある東青山からの方が、近いくらいだった。


「あなたに、関わって欲しくないと……言われていることもあってね」


花輪は、仕事はチームワークなのでと口にする。


「関わって欲しくないと……誰が」

「あなたをよく知る人たちからですよ」


あずさはそれを聞き、群馬の同僚達がそう言ったのだと、理解した。

あずさが東京に行くということを知り、『頑張って』と声をかけてくれた人もいたのに、

そんなふうに疑われているのだという現実が、重くのしかかる。


「経理の小原さん、事務の北島さん。彼女たちがここにいる理由はわかります。
それぞれその分野の仕事を、されてきたわけですし。
しかし、今の『アカデミックスポーツ』を見ても、
宮崎さんが群馬から来なければいけなかった理由が、そう……見つからないんですよ。
つまり、疑いを晴らす材料がない」


花輪は、お給料は変わらない金額が払えますのでと、そう言ってくる。


「花輪さん」

「はい」

「正直に言ってください。私は、花輪さんに事件の共犯者だと思われているのですか」


あずさはそういうと、花輪を見る。

花輪はカップを手に取ると、残っていたコーヒーを飲み干してしまう。


「それは、宮崎さん自身が、仕事の中で感じることでしょう。今の私には、
あなたを疑ったり、信じたりする、材料が何もないですから」


花輪はそういうと、研修にはしっかりと出てくださいねと、話を終えてしまった。





本部に戻っても、『ザナーム』の社員達がいたため、

小原やほたると、細かい話は出来なかった。

しかし、いつものように出かけた『BEANS』の社員食堂で、

2人とあずさが、研修場所が違うことを知る。


「どうしてですか」


ほたるは、3人一緒ではなかったのかとそう言った。

小原も、そう思っていたと、寂しそうな顔をする。

あずさは、ここで花輪と話したことを披露してしまうと、

妙な噂のことを語らなければならなくなるため、言えなくなる。


「お二人のように、私は専門分野がなかったでしょ。
仕事はさせてくれるのだから、贅沢は言えないですよ」


あずさは、また連絡を取り合いましょうと二人に声をかける。


「私……辞退するわ」

「小原さん」


小原は、年齢を重ねた自分が行くよりも、あずさがその分頑張ってくれた方がいいと、

席を譲ると言い始める。


「ダメですよ、小原さん。長い間、会社の経理を見てきたわけでしょう。
そんなふうにしてもらっても、あの花輪さんはこちらの思い通りにしませんって」


あずさは、あの人は合理的に仕事を進めたい人だからと、小原に言い、

自分は『岸田』の通販事業で大丈夫だからと、心配そうな二人に宣言した。





車内から見える景色は、いつもと変わらないはずなのに、

あずさにはどこか曇りがちに見えた。乗客達が混雑した電車の中で、

何度も窓ガラスに手をついたからなのか、遠い場所まで見えないような気がしてしまう。

どこでも大丈夫だと胸を張ったものの、そんな自信はどこにもなかった。

それよりもさらに、東京へ来たというこの事実が、自分を追い込んだのかと思うと、

『なんだったのか』と叫びたくもなる。

それでも、電車が『東青山』に着いたところから、あずさは懸命に顔をあげる。

ため息をついたり、愚痴など語るものなら、岳や東子に、心配をさせてしまう。

いつもの場所にいる警官に挨拶をして、そのまま横断歩道を渡ると、

あずさは知っている曲をなんとか頭から呼び出し、口ずさみながら玄関を目指した。


「お帰りなさい」


あずさは滝枝の出迎えを受けると、そのまま階段を上がり、部屋に入った。

それまで張り詰めていたものが、一瞬で取れてしまったように、肩も足も、

体の全ての部分が重く感じてしまう。

着ている洋服を脱ぐことも忘れたように、ベッドへ全身を放り投げ、

ただ何も考えない時間を得ようとするが、

頭はこんなときにも、あれこれ策を練ろうとする。


「持ち逃げなんて……知らないってば」


あずさはそうつぶやくと、先の見えない状態に、大きくため息をついた。





あずさたちが面接を受けた次の日、『アカデミックスポーツ』の社長、

柴田順也は、府川にある『ザナーム』の本社に向かっていた。

というのも、昨夜、小原からの電話を受けたからで、

柴田が会社を受け渡す決意をしたのは、

全ての従業員を受け入れてくれることを条件にしていたことを、

あらためて確認するためだった。

社長と面会をするために、受付を通ると、すぐに部屋に案内される。

柴田が頭を下げて入ると、そこには社長と一緒に花輪の姿があった。


「おはようございます、柴田社長」

「花輪さん……あなた」

「話しは落ち着いてから聞きましょう」


花輪はそういうと、目の前のソファーへと、柴田に手で合図した。

柴田は、『アカデミックスポーツ』の3名の中で、

なぜあずさだけが『岸田』の通販部門なのかと、疑問をぶつけていく。


「私が責任を負って経営から身を引き、それでいいと、最初の約束でしたよね」

「はい、私もそれを社長から聞きましたので、その通りに……」

「いえ、そうではないですよね。宮崎さんだけが、『岸田』だと、昨日」


柴田は、あずさには後から入ってもらっているので、

それほどのポジションを与えていなかったが、元々、色々な仕事が出来るのだと、

そう説明する。


「柴田社長、宮崎さんが仕事が出来るのだと、そう言われたいのはわかります。
わざわざ地方のジムから、東京の本部に異動させたわけですしね」


花輪は、この機会なのでと言い、

『あずさが東京に来た理由』をあらためて聞きだそうとする。


「どうして宮崎さんを東京へ……」

「どうしてって……」

「そこをしっかり聞かせていただきたい。
今、柴田社長は、宮崎さんは仕事が出来るとそう言われました。
でも、『アカデミックスポーツ』の長い歴史の中でも、地方から東京へという異動は、
初めてではないですか」


花輪は、昨日、それをあずさに尋ねたが、本人はわからないとしか言わなかったと、

『ザナーム』側の社長に、話していく。

柴田は、そこまで勢いよく開いていた口を、一度閉じる。

もちろん、柴田はあずさが東京に来た『意味』を知っているが、

それをここで明らかにしてしまっていいのかと、勢いがそがれてしまう。


「疑いは噂の範疇だと、私もそう思っています。責任者の江原さんが、
事務の宮崎さんに、持ち逃げのことを語っていたとも思えませんし、共犯というのも、
無理があります。しかし、『東京に異動』の理由が、説明できない。
そうなると、同僚の人たちから向けられた視線を、私自身、どうかわしたらいいのか、
それがわからないのです」


花輪は、仕事はチームワークだからと、柴田を見る。

柴田は、初出勤以来、常にあずさが『アカデミックスポーツ』と『Sビル』のため、

頑張ってきたことを思い出す。

こうして最終的には崩れてしまったが、それでも、借主たちが不満もなく、

ビルから卒業していけるのは、間違いなくあずさの手柄だった。


「……わかりました、彼女が東京に来た本当の理由を、お話しします」


柴田がそういうと、花輪は『何があるのか』と真剣なまなざしを向けた。



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