29 予想外の未来 【29-5】

勢いのまま、会社を飛び出した岳だったが、

実際、『岸田』まで来ると、そこからどうしたらいいのかわからなかった。

地図で場所を確認したからといって、『ザナーム』は『アカデミックスポーツ』と違い、

『BEANS』とは何も縁がない。研修がしっかり行われているのかと、

勝手に会社を訪ねるわけにもいかず、岳はとりあえず建物の存在を確認すると、

近くの喫茶店に入ることにする。

『BEANS』が手がけている『岸田』の分譲マンションの場所も、

ここからそれほど離れているわけではないが、時間も昼どきなので、

今行くのは、社員や作業メンバーの休憩時間を奪ってしまうことになると思い、

あえて避けることにした。

すると、店の扉が開き、数名の女性たちが楽しそうに笑いながら入ってくる。

岳の隣のテーブルが空いていたため、そこに3名が座った。

よく来る客なのか、店員がそばにいくと、指を3本出しただけで注文が完了する。

出されたお冷に口をつけた女性が、最初に口を開いた。


「ねぇ、あの人きっと、いびられるわよ」

「だね。お局ったら、久しぶりに入ってきた後輩って感じで、生き生きしてたもの」


岳はコーヒーを飲みながら、自然と隣から入ってくる会話を聞くことになった。

特に評判がいいわけでもない、町の喫茶店。

岳が頼んだブレンドも、それほどコーヒーの香りがあるわけでもなく、

いつもならすぐにでも出てしまうタイプの店だったが、そうは行かなくなる。

少し年配の女性は、通販事業部にいる『お局』と表現した人の真似なのか、

体を斜めにする。


「もしもし、あなた、そこはもう少し丁寧に……」

「そうそう、そう言いながら、お辞儀の下げる角度が違うのよって、
頭をグイッと押さえるのよ。なんなのあれ」

「そう……電話の前でお辞儀なんかしたって、向こうに伝わらないって言うの。
なんだろうね、お局、若い子には特にそういうことをするのよ」


もう一人の女性は、新しい人も長く持たないのではと、同じようにお冷を飲む。


「あぁ、なんていったっけ、あの人」

「……宮崎さんとか言っていたわよね」


岳はその名前を聞き、隣の3人を見たが、すぐに顔を元の位置に戻す。

『宮崎』という名前で、あずさだと決めつけるわけにはいかないが、

可能性は十分過ぎるくらいあった。

岳は、関係のない会話に聞き耳を立てていると思われないよう、

予定表を開き見ているふりをしながら、誤魔化そうとする。


「通販対応の人だって言われて来ているのに、勝手にクレーマーの対応にしたでしょ。
あれ、絶対にいびりだよ。やることが違うじゃない」

「そうそう……。以前も、新人担当者が来たとき、クレーム対応やらせていたもの。
いつまで引きずるのかしらね、昔のこと」


一人の女性が、昔のこととは何かと、先輩に質問する。


「昔のこと? あぁ、うん。ここに管理長って人がいたの。
元々、あまり男性がいない場所でしょ。お局がその人を好きになったのだけれど、
その人を好きだった先輩に、いびられていびられて……」


女の嫉妬は見苦しいと、先輩たちは笑い出す。


「だからといって、年頃の女性が来ると、同じようにいびるって言うのは、
性格が曲がっているわよ」


最初に口を開いた女性は、以前、食事を終えて戻ったら、

すでにいなくなっていた新人もいたよねと、隣の女性の肩を叩く。


「まぁ、どっちだっていいんじゃないの? いびられるの私じゃないのだから」


3人は『日替わり定食』を頼み、それから数分後にはテーブルに色々な器が並べられ、

食事の方が忙しくなり、『お局』の話題はされなくなった。





『お局のいびり』



岳は、自分が出て行く立場にはないこともわかっているし、

無駄な行動ではないかと、心の底では気付いているにもかかわらず、

ここまで来たという事実に逆らうことが出来ず、

とりあえず『ザナーム』の建物前まで車を進めた。

正門をくぐるつもりもないし、電話をかけてあずさを呼び出すこともない。

ただ、確かに建物がここにあり、新しい日々が動き出したという事実だけを受け入れ、

その場を離れようとした。

家に戻ればあずさも帰ってくるわけで、そこでどうだったのか聞くことも出来る。

岳は踏んでいたブレーキを離そうとした。

すると、普段なら近寄らない車に気付いた警備員が、手を挙げ向かってきた。

岳は、自分に対しての行動だと思い、窓を開け、すぐに離れますのでと説明する。


「いやいや、この先は通行できないので、
向こうに戻るとなると一度うちの敷地内に入らないと、大通りにいけないよ」


警備員は、社に用事があって来た人は、

中を通り抜けて、反対側の道路に出て行くのだと、向こう側にある出口を指していく。

岳は座ったまま話しを聞くのは失礼だと思い、エンジンを止めた。

とりあえず外に出て、警備員の言ったことを確認する。

周りを見ると、確かに道が狭くなっていて、

道路の端には、一方通行の出口だとわかる標識も立っていた。


「あぁ……そういうことですか、すみません。このあたりをあまり知らなくて」


岳は警備に立つ男性に、名刺を渡すと、

『岸田』のメイン通り近くに、分譲マンションを建て始めたことを話す。


「そういえば見えるよね。『BEANS』って看板」

「はい。色々と地域を知るのも、必要で」


『いつもと違う』という雰囲気は、門の横にいた警備員だけではなく、

あずさの側に立ち、指導という役割にまい進する京子のところにも伝わってきた。

窓から何気なく外を見ると、いつも挨拶をしてくれる警備員が、

見たこともない人と、何やら会話を続けているのがわかる。


「あら……」


警備員はこのあたりまで車の頭を入れて、そのまま後ろへ下がればいいと、

体全体で岳に説明を続けている。京子はそんな警備員ではなく、

視線はずっと岳に向けていた。

通販用につながっているPC電話の、メンテナンスに来る男性の顔は知っているし、

女性社員が多いので、色々なセールスがあるのも知っている。

しかし、今日の顔はどちらでもない。

腰が低く、いつも早足で進むセールスマンとは決め付けられないような、

そんな雰囲気を感じ取った。


「田中さん、読み終えました」


あずさは、『クレーム集』という今までのクレームをまとめた資料を見終えたので、

京子に声をかけた。しかし、京子は窓の外を見たままで、気付かない。


「田中さん……」


京子は精一杯首を動かし、窓の外を見ている。

あずさは立ち上がり、京子の側まで行って同じように外を見た。

警備員と話している人が、岳だと気付く。


「……岳さん」


京子は、あずさのつぶやきを聞き逃すことなく振り返った。

あずさは、聞かせるつもりのなかったセリフを、

聞かせてはいいけない人に聞かせてしまったと思い下を向く。


「がくさん……」

「……はい」

「あら、何、彼は宮崎さんのお知り合い?」


京子の問いに、あずさは『はい』と小さく頷く。


「あら、そうなの?」


京子は、ここまで来たと言うことは、何か用事があるのではないかしらと言いながら、

あずさに聞きにいくことを勧めてくる。


「いや……でも」

「勤務中なのはわかっていますよ。ですから、サッサと済ませてください。
『ザナーム』は、勤務中だと連絡すらもさせてもらえないのか、
融通性が無いと言われても困りますから、ほらほら」


京子は、あずさよりも先に部屋を出ると、入り口の方に向かっていく。

あずさは、この後、岳がどういう立場の人間かと、

あれこれ聞かれるのが面倒だと思いながら、京子の後を着いていった。





【ももんたのひとりごと】

『 『稲倉』と『岸田』 』

元々、小学校だったが、都心の統廃合で空き地になった『稲倉』は、
東京の中でも、23区ど真ん中という設定でした。
高級なマンションを目指した岳の思惑が外れ、『BEANS』が分譲地としたのは
『岸田』という場所。今回、あずさが勤めだしたのも、その場所になります。
イメージとしては、23区内でありながら、どこか町工場などが残っている、
大田区方面と思っていただけたら、なんとなくイメージできるかな……




【30-1】



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